ゴブリン飯

布施鉱平

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第三章

52話 黒い液体

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「…………」

 孤独死して、そのまま誰にも見つけられずに腐敗してしまった老人を彷彿ほうふつとさせるようなムンクさんの姿に、チロは無言で後ずさった。

 目や口から黒い液体を垂れ流す植物など、もはやファンタジーではなくホラーである。
 
 ヒルヒルを食したチロすらも引かせる、生理的な嫌悪感。
 人型ひとがたであるというその一事だけでも食欲を減退させるには十分な理由だというのに、さらにダメ押しで襲いかかってくる恐怖の感情。

 もはや目の前の物体を『食べ物』として認識することは、さすがのチロでも不可能だった。

「チロ、どうしたの…………ひぃっ!?」
「キュアッキュ…………キュアッ!?」

 動きを止めたチロを心配してヒナとキングが近寄ってくるが、チロと同じ光景を見てしまったふたりもまた、声を上げて硬直する。

「チ、チロ…………わたし、こわい…………」
「キュ、キュアァ…………」

 そしてヒナはチロの腕に、キングはチロの頭にしがみつき、声と体を恐怖に震わせた。
 そうなっても仕方がないと思うほど、ムンクさんの姿は不気味だったのだ。

 チロはふたりにしがみつかれながら、未だに黒い液体を垂れ流し続けるムンクさんを見下ろす。

 今まで採取したものを食べずに捨てたことなどないが、ムンクさんの場合はうまいとか、まずいとか、体に悪そうとかいう次元ではなく、食べたら魂が呪われてしまいそうだった。

「これは、外に捨ててくるね…………」 

『制土』で皿を作り出し、チロは黒い液体にまみれたムンクさんを指先でつまむと、その皿の上に乗せた。

 チロの鼻先に、黒い液体から放たれるにおいが漂ってくる。

「────っ!?」

 そして、そのにおいを嗅いだ瞬間、チロの目は驚愕に見開かれた。

「チ、チロ……?」
「キュッ、キュアァ……?」

 ヒナとキングが心配そうに声をかけてくるが、それを答える余裕はチロにはない。

「…………」

 無言のまま、チロは震える指をムンクさんから流れ出た黒い液体に近づけ、なぞった。

 そして、指の腹についた黒い液体をジッと見つめたかと思うと────



 ────それを、舐めた。



「チロっ!」
「キュアァ!」

 ヒナとキングが、常軌を逸したチロの行動に声を上げた。

 慌ててヒナがチロの手を掴み、口から引き離す。
 だがチロは驚愕の表情を浮かべたまま、凍りついたように固まってしまっていた。

 もう、遅かったのか。

 すでにチロは、呪われてしまったのか。

 ヒナとキングが恐怖を宿した目で見守る中、チロの口が、ゆっくりと動いた。

 そして、



「しょ……………………醤油だ…………」



 ふたりには理解できない言葉を、ぽつりと呟いたのだった。

 

 
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