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21、再生の光

再生の光

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 冬至の長い夜、ソリスティアに帰る準備も終わった別邸の一行は、〈港街〉に繰り出すことにした。
 アンジェリカとリリア、ゾラ、ゾーイ、ランパ、そして唯一の納入業者である、セルフィーノ。彼はソリスティア港に降り立つ時のための、姫君の衣裳を持って来たのだ。

 街は冬至の夜を楽しむ人に溢れていた。今夜、神殿は祈りのために訪れる人のために一晩中開かれ、街では夜通し屋台が出る。

「あたし、串焼きケバブの屋台で食べ損ねてるんだ」
「冬至の夜の雪の飾り、買わなくっちゃ!母さんにお土産にするって約束したの」

 リリアとアンジェリカはそんな話をしながら、人込みの中を歩く。

「すごい人ね。冬至大祭の日ってこんなに賑やかだったんだ」

 毎年、冬至の日は家族と過ごしてきたアンジェリカは目を丸くする。セルフィーノが甘酒の代金を払っていると、屋台の親父が言った。

「今年は特別さ。何しろ二百年ぶりだからね。今夜は〈聖婚〉の松明たいまつが出るんだよ。この松明の前で愛を誓うと、生涯幸せになれるって言い伝えがあるのさ」

 〈街道〉は一定間隔ごとに薪が組まれており、街の広間の中央には、殊更に大きな松明が準備されている。その周囲で仲良さげなカップルが、しきりに北の山を気にしていた。

 今日はことに寒さが厳しく、聖地の南端の港でもちらちらと雪が降っている。

「陰陽宮って寒そうですよね」
「アリナさん、大丈夫かなあ。……ゾーイさん、一緒に松明に誓いたかったんじゃないですか?」

 アンジェリカがからかうように言うのに、ゾーイがぎょっとした。ゾーイは、松明に愛を誓うなんてこと、全く考えてもいなかったからだ。

 ゾーイにとっては、これは仕える主の結婚式である。特殊な儀式であるがゆえに、それに参列することができず、また側に付いていることもできない。むしろ妻であるアリナを護衛として付けることができて、まだしも心が晴れたくらいである。第一、殿下の結婚に便乗して愛を誓うとか、不敬ではないのか。

 今頃陰陽宮で何が行われているのか、ゾーイは不安で仕方がない。
 メイローズが付いているとはいえ、メイローズは土壇場では結構恭親王を守らないことを、ゾーイは知っている。すでに現在は側仕えではなく、陰陽宮の枢機卿であれば、なおさらだ。

 夜が更けてくるにつけ、まだつかない松明を見上げて、不安を口にするものも現れた。

「もしかして、総督閣下、緊張のあまりたないとか」
「あ、俺だったらありそう……この期待された状況、無理かも……」

 屋台の安酒を煽りながらの何とも下品な男たちの会話が耳に入り、やはり蒸留酒の小瓶をラッパ飲みしていたゾラが思わず吹き出した。

「ありえねぇ!うちの殿下に限ってそれはねーわ! つーか、俺はお姫様が処女のままこの日を迎えたことが、いまだに信じられねぇ!」
「まあ、隙あらば狙ってましたよね……メイローズさんの鉄壁の守りの前に撃沈していましたけど」

 セルフィーノもコップ酒を煽る。酒でも飲まないとやってられないくらい寒いのだ。ランパは黙々と、栗鼠りすか何かのように向日葵の種を食い散らしている。

「え、もしかしてあんたたち、総督府の人なのかい?」
「まあねー。殿下が初夜の間、こっちで待機よ」

 飄々と答えるゾラに、周囲の人垣がどよめく。

「ねえねえ、総督閣下ってさ、筋肉ムキムキの大男なんでしょ? お姫様大丈夫と思う?」

 赤い髪の少し蓮っ葉な女が尋ねるのに、ゾラもセルフィーノも、そして無言で酒を煽っていたゾーイですら、ぶほっと噴き出した。

「大男ってことはない。俺より背が低いからな」

 ゾーイが言うと、別の女が紙を取り出した。

「だってほら、総督はこんなだって」

 以前にゾラが恭親王に見せた、色絵版画である。

「ああ、その絵は全く似ていないよ。男の俺が見ても見惚れるような色男だよ」

 セルフィーノが言い、ゾラも頷く。

「中身はともかく、容姿の素晴らしさは折り紙付き。そして何を隠そう絶倫」

 ゾラの言葉に、周囲の女たちがキャーっと黄色い声を上げた。

「しかも、基本、蛇女としかヤんないっていう一種の変態だけどね」

 ぽそっと付け足したゾラのセリフにセルフィーノはついつい安酒を吹いてしまう。

「確かに殿下は百戦錬磨だが、最近、人間の女を抱いてないのが、一抹の不安材料だな」

 ゾーイがぼそりと言う。あとは何より、恭親王は処女にトラウマがある。

(しかし、あれだけ姫君にはまとわりついていたのだから……)

 メイローズに引き剥がされても、アデライードに密着するのを止めなかった。傍目にも呆れるほど恋い焦がれた姫と、今宵結ばれるはずなのだ。

(今度の結婚は、うまくいってくれるといいのだが)

 〈港街〉を寄り添って歩いていた二人の姿を瞼に思い浮かべる。 
 ゾーイが何となく、北の山に目を向けた時。山の、中腹辺りにチカチカと火が灯った。初め、一つの小さな点だったそれは、やがて光の筋となって麓へと降りてくる。

 アンジェリカが叫んだ。

「ああっ!見て!北の山に火がついたわ!」

 周りの群衆も北を見つめて歓声を上げた。

「いやっほー!さすが総督閣下!」
「すげぇ!これで世界も安泰だ!」

 北の山に火が灯ってから、半刻程で〈街道〉を通って松明が〈港街〉にも至る。中央の大松明に点火すると、街の興奮は最高潮に達した。
 見知らぬ者同士乾杯し、肩を組んで歌い踊る。海上にも松明を掲げた船が何艘も出て、港の船が一斉に霧笛を鳴らす。対岸のソリスティアでも松明が掲げられ、海沿いに東西へと伸びていく。
 広場のあちこちでは、松明を見上げながら寄り添いあい、愛の言葉を交わし合う恋人たちが見受けられた。中には、濃厚な口づけを交わしている二人もおり、ゾーイはちょっとむかついていた。

(殿下のご結婚に便乗して、何という破廉恥ハレンチな! 不敬だ!)

 そう思いながらも、ゾーイは山の中腹へ続く光の帯を見て、少し頬が緩む。
 愛を信じられなくなっていた青年が、愛を掴んだ。その祝福の光に、ゾーイには見えた。
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