【R18】渾沌の七竅

無憂

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四竅

6、順親王の新秀女

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 隣の舟では、順親王、文郡王、穆郡王、襄親王の年嵩の皇子たちが秀女を侍らせて昼間っから酔っぱらっている。わざとらしく皇子たちにしな垂れかかり、甲高い嬌声をあげて媚びを売る秀女たちの中に、一人隅っこでひっそり座っている大人しそうな女がいた。年の頃はまだ十五、六、真っ直ぐな黒い髪を背中まで垂らし、爽やかな青い襦裙じゅくんに赤い細帯、白い領巾ひれが鮮やかである。
 それを遠目に見た廉郡王が、恭親王の耳元で囁いた。

「ユエリン、あれが、例の茶番で順親王の宮に引っ張られた気の毒な新秀女だぜ。悪かないが、ちょっと地味だな」

 俺の好みじゃなかった、と廉郡王が片眉をあげる。

「例の……って、あの、ソルバン家の次男の側室の妹ってやつ?」
 
 恭親王がはっとして廉郡王に尋ねる。

「そうそう。さすがに堅物のユエリンでも憶えてたか。でも、順親王は今、あの女に夢中で、他の秀女を側に寄せ付けないらしい。今回の離宮でも、規定通りに秀女を二人連れて来てはいるが、もっぱら寝所のお召はあの女ばかりなんだそうだ」

 だが、その順親王は他の化粧の濃い年かさの秀女たちに取り巻かれ、ゲームか何かしているのか、大声で「罰杯、罰杯!」と騒いでいる。

「……他の女を寄せ付けないふうには見えないけど……」

 胡散臭そうに恭親王が言うと、廉郡王笑った。

「順親王の横でべったり張り付いている女が、もう一人の秀女だろう。何とか、皇子の目を向けようと必死だ。見ろよ、順親王の右手が女の襦裙の裾に入り込んでる。昼間一生懸命にああやって誘惑しても、夜のお召は若いのに取られちまうんだ。古参の秀女には仲間もたくさんいる。数を頼んだ嫌がらせなんかも、結構あるらしいぜ」
「よくそんな情報を……」

 恭親王が目を眇めて見ると、確かに、順親王の右手は真横の女の赤い襦裙に吸い込まれている。女の顔が妙に赤いのは、そういう理由だったのか。

 普段は各宮に厳密に分かれている秀女たちも、離宮では交流する機会が多い。とんとお召のない気の毒な秀女に同情が集まるのも当然なのだ。奇妙に浮かれ騒ぐ一段の隅で、所在なさげに一人、ぽつねんと座っている例の新秀女が、やけにか弱げに見えた。

「でもそれだけ寵愛を独占しているのなら、遠からず側室に上げられるのじゃないの?それなら……」
「ところがどっこいだ。どうやら、内々に決まったらしいんだ、順親王の正室が。おそらく年明けにも新邸を建てて結婚するんじゃないかって言われている。順親王の宮の秀女は、その時に一切整理することになりそうだぜ。相手の娘はラバ家の公爵令嬢で、母親は館陶かんとう長公主、結婚前に側室なんて置かせてもらえないらしいぜ」

 長公主とは今上帝の姉妹、公主が娘になる。つまり順親王の正室候補は恭親王らの従姉妹ということだ。

「じゃあ、あの秀女も……」
「たぶん、年明け早々に儲秀宮ちょしゅうきゅうにお払い箱じゃねーか? 少なくとも、順親王のおっかねぇ母親の淑妃はそのつもりだと思うぜ」
 
 さすがの恭親王もしばし絶句した。秀女になる必要もない娘を無理に宮中に入れておきながら、側室にも上げずに一年ちょっとで宮下がり(秀女を儲秀宮に返すこと)させるというのだ。女にしてみれば、純潔を奪われ、まともな結婚の機会を奪われただけに等しい。

 嫌な気持ちになった恭親王は鷺の数を数える作業に没頭した。数えた個数を素早く胸元に入れた帳面に書き込む。

「そうだ、ユエリン、今夜は俺の宮で麻雀マージャン骨牌カルタでもしねぇか?」
「今夜は斗宿(いて座)のあたりに流星群が出るはずだ。それを観察するから駄目」
「おめぇ、離宮に何しに来てんだよ」
「……自然観察……かな」

 だが結局、骨牌よりも流星観察の方が面白そう、という廉郡王の気まぐれにより、なぜか一緒に天体観測をすることになった。もちろん、廉郡王の子分である肅郡王と成郡王も一緒である。

 一緒に夕食を取った後、四人と護衛のゾーイとゲルフィン、あと肅郡王の侍従武官を伴い、離宮内の少し小高くなった鐘楼に行く。ちなみにゲルフィンは流星群が視たいと言って、自発的についてきたのである。
恭親王の侍従武官であるゾラは、夜は随行の侍女や下級の女官を口説くのに忙しいので、絶対に付いてこない。

 真っ暗な庭を角灯カンテラの灯りを頼りに七人で鐘楼に行き、見晴らしのいい場所に恭親王と成郡王の二人で魔導望遠鏡を設置する。

「よく、こんなもの持ってきたよなあ」

 廉郡王が感心して見ている横で、恭親王が照準合わせなどをしている隙に、小用を催した肅郡王が侍従武官と二人楼を降りて行って、しばらくして泡を食って戻ってきた。

「な、な、な、なんか、ガタガタと変な音がするんだよぉ!」

 それなりに鍛錬を積んでいる侍従武官も青い顔をしているので、肅郡王の弱気ではないらしい。全員で一階に降りて行って隅の物置部屋のようなところに行くと、かんぬきの架かった扉の向こうから、確かにガタガタと音がしている。

「何だ、誰かいるのか?」

 ゾーイが声をかけると、中から女の涙声がして、成郡王と肅郡王の二人がひっと言って抱き合った。

「救けて! 閉じ込められて、出られないの! お願い!」

 その切羽詰まった声に恭親王が手を出そうとするのをゾーイが制して背中に庇い、皇子たちを後ろに下がらせてから、ゲルフィンが閂を外して扉を開けた。中から転がり出てきたのは、昼間船の上で見た、順親王の新秀女であった。
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