【R18】ゴーレムの王子は光の妖精の夢を見る

無憂

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Shem HaMephorash

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 Shem HaMephorashシェムハメホラシュ

 俺の頭の中を呪いの文句が過る。そう、これはどう考えても呪いだ。俺は呪われている。
 
 
 

 今世紀に入って科学文明はますます発達を遂げた。呪いだの魔術だののまやかしが明らかになりつつあるこの世の中で、いったい何を言っているのだとバカにされるのを承知の上で、俺は断言する。

 俺は王妃に呪われている。

 そうでなければ、こんな絶望的な状況になり得ない。王妃は俺を呪っている。俺が死ねば、息子のジョージの病が癒えると信じている。手段はともあれ、俺の死を願い、呪い殺そうとしている。

 今まで平和だった山間やまあいの村に、突然、敵兵が湧いて出て、罪もない村人もろとも、俺たちを皆殺しにしようとしている。機関銃の音が絶え間なく聞こえ、暗闇の中にいくつも炎が散らつく。敵が村に火を放ったのだ。悲鳴、銃声、子供の泣き声――。

 虐殺ジェノサイドだ。
 
 言葉は知っていたが、本当にやるやつがいるとは思いもしなかった。 





 俺のいたシャルロー村は、祖国ランデルと隣国グリージャ、そしてシュルフト帝国の三国の国境が入り組む山岳地帯の小さな村だ。酪農と葡萄の栽培で細々と暮らす村は、秘密の暗号解読本部を置くのにちょうどよかった。数人の将校に率いられた二百人ほどの部隊で、周囲の基地と連携しながら複雑な暗号の解読にいそしむ。部隊の三分の一が暗号解読の専門家。無線は傍受されると厄介なので使用できない。少し離れた基地との連絡要員と護衛。そこに、第三王子である俺と護衛たちを放り込んだ。

 本来なら、王子こそ前線に立ち、自国の兵士を鼓舞してしかるべきだ。でも、開戦から間もなく、第五位の王位継承権を持つ若き公爵嫡男が戦死した。一種の見せしめのように狙い撃ちにされたのだ。

 昔は、戦争で王族を殺すなんてもったいないことはしなかった。
 王族は、捕虜にして身代金を絞り取ったり、交渉を有利に進める恰好の手駒だ。戦争は、戦う人貴族が命を賭けた、名誉あるゲームだった。

 だが、今次の大戦は違う。
 戦車、飛行機、機関銃、毒ガス。貴族の名誉など、最新兵器の前では意味をなさない。身分に関係なく踏みつぶされ、焼き尽くされる。大量動員、大量虐殺の終わりなき連鎖。

 いったい、どうなれば勝利なのか? 敵国民を一人残らず殺して、ようやく終わるのか?
 こんな泥沼の中で、敵国の王族の命なんて、自国の民の戦意を鼓舞する一滴の美酒でしかない。


 多くの若い貴族が名誉と関係なしに殺され、兵士は機関銃と地雷に吹き飛ばされる中、王家だけが息子を温存するなんて、許されない。戦況の悪化とともに、父である国王は苦渋の決断を迫られ、俺を戦場へと送り出した。

 ――こうして、王妃の呪いが発動した。


 

 それでも、比較的戦況が落ち着いている西部戦線に派遣された。秘密の暗号解読部隊の一将校として。平民の数学者や言語学者も加わる暗号解読チームは、少しばかりオタクでおとなしい男ばかり。連絡係の兵士は頑丈で質朴な、忠誠心の篤い者がとくに選ばれている。管理職は、特務将校・リンドホルム伯爵マクシミリアン・アシュバートン中佐を中心に、貴族出身の若者が占める。俺が王族であることは極秘とされ、とにかく出征したという実績だけは作る。
 
 激戦地の東部戦線では山のような戦死者が出ている。そんな中で、王子を安全な場所に送るのは卑怯だが、俺の所在を明らかにすれば敵の標的になり、結果的に、周囲の兵士を危険にさらす恐れがあった。王家には王太子のフィリップ王子と第二王子のジョージ、そして俺、第三王子のアルバートしかおらず、ジョージは死病に冒されている。王太子には最近、三番目の王女が生まれて、国民は少なからず落胆した。我が国では、王女は王位を継承できない。俺に死なれると王家は存続の危機に立たされる。

 なんでもいいから戦争が終わるまでひっそり生き抜き、無事に王都に戻ってこい。――これが俺に与えられた、後ろ向きな命令ミッション。だから多少の不自由はあれ、死ぬような目には遭わないはずだった。




 にもかかわらず、俺は今、敵の奇襲にさらされている。
 油断もなにも、そもそも実戦部隊じゃないし、襲撃される理由がない。――俺の存在を除いては。
 兵士が宿舎にしていた木造の建物は炎に包まれている。突然の襲撃に逃げ出すヒマもなかっただろう。

 マクシミリアン・アシュバートン中佐の部隊はさすが優秀な特務で、襲撃の気配を察知して、俺たち将校はギリギリで宿舎を脱出することができた。

「こっちです!」

 右も左もわからない闇の中、踏みしめる枯れ葉の音と枝のざわめきから、ここが森の中だとわかる。闇に紛れて、どこに行くつもりなのか。
 俺にはまったく見えない暗闇の中で、特務の男たちはよほど夜目が利くのか、周囲の状況を判断していた。

「この先はダメです。敵に押さえられています、別の場所に――」
「わかった、ここからだと――Cプランに変更する」
「了解」

 アシュバートン中佐が素早く部下に指示を下し、俺の耳元で言った。

「万一に備え、村の住居を数か所、隠れ家に決めておいたのですが、敵の侵入ルートに当たっていたのか、使えないようです。森の奥から村の外に逃げましょう」
「マックス、それでは村人は見殺しにするのか?」

 巻き込むだけ巻き込んで、自分たちだけ逃げることを俺が躊躇すると、アシュバートン中佐は暗闇の中でかすかに、首を振った。

「あなたが死なないことが一番重要なのです。我々が村に残ったところで助けられません」

 まったくその通りなので、俺は無言でアシュバートン中佐の指示に従う。
 だが、侵入した敵の数は俺たちの部隊の数倍はいたらしい。行く手を敵の集団に阻まれ、銃撃戦になる。出征して一年、実戦に遭遇するのは初めてのこと。味方が目の前で撃たれ、うめき声をあげて動かなくなる。

「ジョナサン!」

 至近距離の銃声の直後、隣にいた護衛の侍従官、ジョナサン・カーティスが脚を押さえて蹲る。硝煙と、血の匂い――。

「俺の肩に掴まれ!」
「いけません、僕に構わず先に――」
「そんなことできるか!」

 Shem HaMephorash――。

 王妃が口にした呪いの言葉が俺の脳裏をめぐる。
 これが俺への呪いなら、部下たちが殺される必要はないはずなのに。

 俺が、俺が死ねば、部下たちは助かるのか?

 目の前に敵兵が躍り出る。アシュバートン中佐が拳銃を撃ち、一人斃れるが、次の男が銃を構える。アシュバートン中佐が俺を背中に庇い、前に立ちふさがる。

 数発の銃声。俺の脇腹を何かが掠めた。熱い――? アシュバートン中佐の大きな背中がぐらりとくずおれる。


 真実emethの一文字が消えてmethに変わり、土に返るのは俺のはず――。  
 
 
「マックス!」

 思わず駆け寄ろうとする俺の腕を、背後の誰かが掴む。ようやく追いついた護衛たちが走り出て、機関銃を掃射する。幸いにも前方の敵は斥候のような少数部隊で、殲滅させることができた。でもマックスが――。

「り、じー……」

 俺が抱き起せば、マックスは数発の銃弾を受け、だがまだ微かに息があった。

「リンド、ホルムを――」
「マックス、しっかりしろ! マックス!」
「エルシー……」

 それが最期の言葉だった。

「殿下、早くここを離れましょう、すぐに敵が!」
「わかっている、少し待て」

 俺はまず、マックスのサファイアのタイピンを外し、それを軍服のポケットに入れ、まだぬくもりのある軍服のジャケットを探る。――マックスは内ポケットに大切なものをしまっているはずだ。内ポケットに入っていたのは、何かが挟まった手帳。数発、銃弾が貫通し、マックスの血でぬるぬるした。

 俺は、その血塗れの手帳を、自分のジャケットの内ポケットに、押し込んだ。



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