【R18】ゴーレムの王子は光の妖精の夢を見る

無憂

文字の大きさ
36 / 68
第四章 嘘つき王子

ずっと好きな人

しおりを挟む
 食事を終え、俺がひと風呂浴びて出てくると、エルシーは寝室の暖炉マントルピースの前で、俺の下手くそな絵を眺めていた。

 はっきり言うが抽象画まがいのヘタクソな絵で、それを後生大事に飾っていたのかと、嬉しい反面、黒歴史を見せられるようで恥ずかしくてたまらない。

「またその、素人のヘタクソな絵を見ているのか。審美眼がおかしくなるぞ」

 俺が照れかくしに悪態をつけば、エルシーはムッとした表情で俺をにらむ。

「放っておいてください」
「……その絵を描いた男のことは覚えているのか?」
「さあ。……殿下には関係ないことですから」

 俺だよ。関係ないわけないだろうが。

「そこまで大事にする絵なんだから、作者だって気になるだろう」

 俺は絵を眺めているエルシーを背後から抱きしめ、こめかみにキスを落とす。甘い髪の香りと柔らかな身体に、俺は一気に欲情して、エルシーの体のラインを掌でなぞった。折れそうに細い腰、平らな腹、柔らかな胸――。

「やめてください、そんな毎晩……」

 逃れようと身を捩る動きに、俺はますます体を密着させる。

「したい……毎晩でも足りない」
「だめ……」

 十二年分だぞ。どれだけ俺が恋焦がれたと思ってる。俺は強引にエルシーの体の向きを変え、唇を奪う。

「んんっ……」

 俺の分身はすでに臨戦態勢に入っているから、俺は片腕を細腰に回して下半身をエルシーに擦り付け、もう片方の手でうなじを押さえつけ、唇を蹂躙する。エルシーの両手が俺のタオル地のバスローブを掴み、逃げようとしているのか、縋り付いているのか、わからなくなるくらい抱きしめる。呼吸の苦しさでぼうっとしたエルシーが力を抜いた瞬間を狙いすまし、素早く膝の裏に腕を回し、軽々と抱き上げた。

「だめ……」
「だめじゃない」

 俺はエルシーの反論を無視して、ベッドにエルシーを運びこむ。

「婚約間近なくせに、他の女と遊びに行くなんて、最低です」

 俺がいつ、他の女と?と、一瞬、エルシーの言う意味がわからなかったが、婚約間近な女がステファニーで、他の女がエルシーだと気づき、俺はさすがに呆れた。

「婚約する気はないと、俺は何度も言っているんだ。俺が誰と寝ようが俺の勝手だろ」
「でも――」

 俺の腕に抱かれてエルシーが至近距離から俺をにらんだ。

「ずっと殿下のことが好きで、ほとんど婚約者のつもりだったのでしょう。裏切られたように思っていらっしゃるわ」

 エルシーはステファニーという婚約者がいながら、エルシーと関係した俺を詰っているのだ。いやいや、おかしいだろう。

「お前、俺の恋人のくせに、あの女の肩を持つのか?」

 俺が言えば、エルシーは俺から目を逸らして、言った。

「わたしはただの秘書官ですもの――」

 エルシーはまだ、俺が浮気してアクセサリーにしていると思っているのか――。

 俺はベッドにエルシーを横たえると、室内履きを脱いでエルシーに圧し掛かるようにして、言った。

「俺はただの秘書官とこんなことはしない」

 エルシーを抱いたのは愛しているからだ。なのに――。
 俺の口づけを、エルシーは顔を背けて拒んだ。

「いや……不実な方は嫌い」

 嫌い。
 その一言が俺の胸を抉る。いや、ちょっとまて、エルシー。

「俺は少なくとも、お前に不実なことはしていないぞ?」

 少なくとも浮気はしていない。……いろいろと、言えないことはあるし、卑怯だとは思うけれど。

 俺がベッドについた両手に檻のように閉じ込められたエルシーが、俺を見上げて睨む。

「だって……なんで殿下がわたしのことを抱こうとするのか、わかりません」

 そんなのお前のことが好きだからだ――そう、言おうと思う俺の言葉を遮るように、エルシーが言う。

「わたしが処女で、都合がよかったから? たまたま祖母が病気で、お金を出せば言うことを聞きそうだったから?」

 なんでそんなことになっているのかわからなくて、俺が反論もできずに言葉に詰まっていると、なおもエルシーは言う。

「他に意中の方がいらっしゃったのじゃないの? だから、レコンフィールド公爵令嬢との婚約を拒んだ。そうなのでしょう?」
「……なんだそれは」
「殿下には戦争前からの恋人がいるはずだと、仰っていたわ」

 ――戦争前からの、恋人? 俺に?

 全く意味がわからなくて、昂っていた俺の息子もすっかり萎えてしまい、俺はエルシーに圧し掛かっていた体を起こし、ベッドの上に座る。……なんだってそんな――。

 そう思って、俺はふと、思いついて尋ねる。

「ステファニーが、お前にそう、言ったのか?」

 エルシーが寝間着の襟元を整えながら、ベッドの上に起き上がって、頷く。

「ええ。戦争前から好きだった人と結婚したいって、仰ったと」

 俺は王都に凱旋したときの記憶をたどる。――そんなようなことを口走った気がする。でもそれは――。

「ステファニー嬢はわたしがそうなのかと疑っていたみたいですけど、わたしは田舎育ちで、殿下にお会いしたのは二か月前ですって、はっきり否定しておきましたけど」

 いや、それは間違いなくお前なんだけど――お前が忘れているだけで。
 でも真実を語るわけにもいかず、俺は眉根を寄せてエルシーを見る。エルシーはステファニーにはお茶を淹れただけだと言っていたが、全く会話がなかったはずはない。俺はそれを聞いていなかった。

 ――レコンフィールド公爵は俺の恋人がマックス・アシュバートンの娘だと知っていた。

「ステファニーは、お前に何を言った?」
「殿下に恋人がいるらしいが、噂を聞いたことはないかって。殿下の私生活については知らない、知っていても言えない、って言いましたら、殿下のことじゃなくて、わたしのことが知りたいっておっしゃるから、名前と年齢と、出身地を聞かれました」
「話したのか?」

 俺の問いに、エルシーはためらいなくうなずく。

「だって、殿下については守秘義務がありますけど、わたしの名前や出身地に、守秘義務なんてありませんもの。偽名を使うわけにもいきませんし、正直に言いましたよ?」
「……何か言っていたか?」
「別に。……ストラスシャーは遠いのか、と聞かれたので、鉄道で一日かかると答えました。戦前に殿下にお会いしたことはないかって、神に誓えるかっておっしゃるから、もちろんです!って自信をもって誓っておきました」

 自信満々で頷くエルシーに、俺は複雑な気分であるが、覚えていないんだから、しょうがない。

「確かに、戦地から戻ってすぐに、俺はステファニーに向かって、結婚したい女がいるって言ったんだ。そうでも言わないと、納得しそうになくて。……ステファニーは俺が心変わりしたと言うから、心変わりじゃなくて、昔から好きな女がいるって答えた」

 その時は、エルシーが王都にいることは知っていたが、相続できなかった理由がわからなかった。マックスの詔勅もあるし、すぐになんとかなるのではと、甘く考えていた。だからあの場では、とにかくステファニーと婚約する気はないと、それをはっきり言わなければとそれだけ――。

 ステファニーは俺の態度と、王都の噂を聞いて、司令部まで俺に会いにきた。で、お茶を運んできたエルシーを見て、これが俺の恋人だと直感で理解した。それで、もしや戦前から関係があったのかと疑いエルシーの素性を尋ねた。だが、エルシーはずっとストラスシャーにいて王都にはほとんど出てこなかったし、アルバート王子との接点もない。アルバート王子とリンドホルム伯爵令嬢は、会ったこともないはずだから。

 だから――。
 素早く考えていた俺の耳に、エルシーのとんでもない発言が飛び込んできた。 
 
「――その方に失恋したから、わたしを身代わりにしたんですか?」


 
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

処理中です...