【R18】ゴーレムの王子は光の妖精の夢を見る

無憂

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第五章 〈真実〉か、〈死〉か

議会の動き

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 やはり、王妃は例のシャルローの奇襲がらみで、バールの離宮に押し込めになっている。つまり、さしあたって、あの雪の女王がしゃしゃり出てくる恐れはないけれど、俺とエルシーの結婚への、壁はまだまだ高い。

 やはり、何よりも爵位だ。リンドホルム伯爵の位と、あの城はどうしても取り戻したい。

 俺は、特務に命じてビリーの死因から探ることにした。ビリーが通っていたのはロックウッドのハリソン・スクール。理系の強いところだ。ビリーは第二学年で、大人しいけれど成績は優秀だった。意外なことに、授業の出席状況はけして悪くなかった。運動は得意ではないものの、そこそこ健康的な学校生活を送っていたらしい。

「ロックウッドって、ヴァーン河の畔だな」

 俺が報告書を読みながら言えば、ロベルトが応じた。

「ええ、そうっすよ。前、行ったことあるんですけど、やたら河エビがでてきて……俺、エビはそんなに好きじゃないから、ちょっと参ったんすよね」
「エビ……」

 俺は、ビリーの死因がアレルギーによるショックだというのを思い出す。アレルギーは最近、明らかになったが、まだわかっていないこともたくさんある。たしか、落花生、ソバ、甲殻類なんかが強いアレルギー源だと聞いたが……。
 俺は報告書に挟んであった、寄宿舎の献立一覧表を見る。

「……河エビ料理多いな……」
「郷土料理か知りませんが、ほんと、一日一食は出てきますよ」

 ――もし、甲殻類アレルギーだったら、ここの寄宿舎じゃ生きていけないな。

 俺はそこにチェックを入れて、ビリーのアレルギーについて、さらに調査を進めるように命じた。

「ああ、そうだロベルト、お前の姉貴にエルシーの冬服を注文したいんだが。適当に見繕って――」
「それはいいですけど、勝手に決めないで、エルシーたんの希望も聞いた方がいいんじゃないっすか。湯水のように与えるだけじゃ」
「……そうなのか。別にエルシーは何も不満を言わないが……」
「不満を口にしないだけで、ないとは限らないでしょ」

 俺はそう言われて、ミス・リーンのメゾンに予約を入れ、エルシーと二人で訪れることにした。そしてそのついでに思いついて、ミス・リーンには電話で伝えた。

『もしかしたら、長期の旅に出ることになるかもしれない。少しかっちり目のスーツと、夜会服も数着、用意して欲しい』
『長期の旅? もしかして、豪華客船で新大陸に駆け落ちかしら。……すごーい噂になってるわよ? 殿下がにうちのドレスを贈ってるって、記事が出てから、問い合わせがすごくって!』
『……あんまり大げさじゃないのがいいな。派手に着飾ってる、なんて陰口聞かれると困る』
『そこはまあ、シックな感じで? この前、東洋から素敵な絹がたくさん入ったのよ! 黒地に豪華な鳥の刺繍やら、いろいろ。エルシーちゃんには似合いそうよ?』
『じゃあ、それで頼む。マダムのお見立てに間違いはないと信頼しているから』

 俺が言えば、ミス・リーンはころころと機嫌よさそうに笑った。

『でも一度連れていらしてよ。女性の体形は変わるのよ?……特に男性に愛されるとね』
『わかった。……下着や靴、装飾品までトータルでお願いする』
『毎度、お買い上げありがとうございます! 上得意ね、殿下』

 電話を切ってから、俺は思いつく。……旅券パスポートがいるな。

「ロベルト、エルシーの旅券を用意してくれないか」
「……エルシーたんの? いいですけど。でも、本人に無断で?」
「おばあ様をこっちに残して、外国に渡るのを、エルシーは承知しないだろう。だが、現状、事態がどう動くかわからない。できる手は打っておきたいから」
 
 ――俺の最終的な目標は、リンドホルムを取り戻し、あの庭でエルシーと過ごすことだ。でも、それにこだわり過ぎて、エルシーを傷つけたくはない。国外にわけじゃない。戦略的な一時撤退だ。

 ――外国で秘密裡に結婚してしまうのも、手だ。

 少なくともエルシーに対し、俺の本気度は理解してもらえるはず。でもなく、にするつもりもないと、はっきりと表明できるはず。

 俺はそんなあとから思えば能天気な計画を立て、ハンプトンの港を出る、新大陸行の客船を、ひそかに調べたりした。でも俺の考えはどうしようもないくらい甘かったと、この後、突きつけられる。

 要するに俺は、恋焦がれたエルシーを手に入れて、その肌に甘えて、蜜のような甘い日々に漬かっていただけだ。
 砂糖の塊のようなキンダーのミント・ケーキに蜂蜜を塗り付けて、歯が溶けるようなその甘さに酔っていたにすぎない。

 所詮、俺は王家のために作られた、泥でできたゴーレムに過ぎないのだと、嫌でも思い知らされることになる。






 その日、俺はエルシーとともに十番街のミス・リーンのメゾンに出向き、エルシーの冬のコートを選んでいた。サロンに並べられた色とりどりのテキスタイルをエルシーの肩にかけ、比べて。
 オペラに出掛けるためのドレッシーなケープ。郊外のドライブにも耐えられる、防寒性の高いコート。何枚もいらないと遠慮するエルシーを無視して、俺はミス・リーンの薦めるままにあれこれと選ぶ。そんな時。

 ロベルトが急ぎ足でサロンにつながる螺旋階段を上がってきた。普段のひょうひょうとした雰囲気はなく、眉間にしわが寄っていた。

「殿下――」

 俺の耳元に顔を寄せ、言った。

「議会が、殿下の婚約を議題にかけました」
「え?」

 俺が顔を上げ、ロベルトの顔を見る。

「なんだそれは――」
「とにかく、すぐに王宮に。おそらくこのままだと――」

 婚約が承認される。ロベルトが声に出さず、口だけを動かす。

 何のことか咄嗟にわからなかった。だが、ロベルトの表情と、「議会パーラメント」という単語が、ただ事ではないと俺に教えた。

 俺は立ち上がり、エルシーとミス・リーンに断りを言い、急いで螺旋階段を下りる。途中で、ジョナサンに言った。

「少し外す。――エルシーを頼む」

 ジョナサンが緊張した面持ちで頷き、俺とは入れ替わりに螺旋階段を上っていった。





「どういうことだ」

 歩きながら俺が問えば、ロベルトは周囲を気にしながら小声で言う。

「俺も最初は意味がわからなかったのですけど、首相が議会に、殿下の婚約の承認決議をかけたらしいっす」
「首相――ウォルシンガムが?」

 ロベルトが頷く。ウォルシンガムの双子の妹がレコンフィールド公爵夫人、つまりステファニーの伯父にあたる。ウォルシンガムは昔から、ステファニーをやたら可愛がっていたはずだ。

「勝手に承認ってどういうことだ。俺はステファニーとの婚約を了承していないぞ?」
「俺も、王族の婚約に関わる、上院の手続きまでは詳しくないんすけど、国王陛下の勅書があれば、議会にかけるのは可能みたいっす。詳しい人に聞いたら、王太子殿下の婚約の時は、当事者二人の自筆の承諾書が提出されたらしいっすけど」
「……俺はそんなのは書いてない。口頭でも何度も、拒否しているはずだ」
「王宮に出入りできる閣僚レベルならともかく、議会の爺さんがそんなの知るはずないでしょ」

 俺は眉を寄せる。――俺はステファニーの名誉のことを思い、大々的に結婚するつもりはない、と表明するようなことはしてこなかった。相思相愛だなんて噂があったのに、俺の帰国早々、そんな声明を出されたら、ステファニーのメンツは丸つぶれだからだ。行き違いがある、というステファニーに対し、すべて終わったことで話し合う余地すらないと、俺はすべて拒絶してきた。いい加減諦めろと思っていたのに。

「……まさか、俺の了承も取らず、勝手に議会にかけたのか? 嘘だろ?」
「そのまさかでしょ。それ以外に何があると?」

 ――父上が、俺とステファニーの婚約の許可を出した? 議会にかけることを認めた? なぜ?

 俺の意志は十分すぎるほどに伝えていたはずなのに。
 


 俺の心臓が、ドクドクと外にまで聞こえるのではというほど、激しい動悸がした。

 
 結局、父上にとっても、俺は魂のないゴーレムだということなのか――? 
 
 
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