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第四章 嘘つき王子
呪詛
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レコンフィールド公爵とアイザック・グレンジャーに釘を刺してから、ステファニーからの接触はない。だが、王都の噂はますますひどくなっていた。
戦争の英雄だったアルバート王子は、けなげに帰りを待っていた公爵令嬢に見向きもせず、身分の低い蓮っ葉な女に入れあげ、ドレスやら宝石やら、さらには高級アパートメントまで貢いでいる。
――ドレスや宝石を恋人に贈るのは当然だし、アパートメントは俺の財産なのだが、新聞は勝手なことばかりを書き連ねる。婚約間近の公爵令嬢ではなく、謎の女に贈るのが批判の的になっているのだが、俺が投資で増やした財産をどう使おうが俺の勝手だし、エルシーが相続却下によって不当に奪われた財産に比べれば、微々たるものだ。おばあ様が退院した暁には、郊外の空気のいい場所に、ヴィラでも購入する予定だが、これだけ噂になれば、おばあ様の耳にも届くかもしれない。
俺は本気でエルシーと結婚するつもりだ。結婚前から体の関係ができてしまったことを、おばあ様が知ったら怒り狂うに違いない。さらにエルシーが愛人のように噂されて、おばあ様はそれこそ心臓が止まるレベルで激怒するだろう。――めちゃくちゃ叱られるのを覚悟で、とにかく許しを乞うしかない。
それに――一応、外に射精してはいるが、そんなんじゃ避妊にはならない。何のかんの言って、俺はいっそ子供でもできてしまえば、ステファニーやレコンフィールド公爵も諦めるのでは、とどこかで思っていた。もし、エルシーが妊娠して、それで彼女の立場がさらに悪くなるようなら、国外亡命も覚悟している。ただし、その場合はおばあ様を連れての駆け落ちっていう、ひどく間抜けなことになってしまうけれど。
エルシーと再会して四か月。関係ができて二か月。早くこんな宙ぶらりんな状態から抜け出し、エルシーとの結婚を決めたいのに。二月の王家主催の舞踏会までにはケリをつけ、できればそこでエルシーをパートナーとして伴い、彼女と結婚するという、俺の意志を表明したい。せめてステファニーとの婚約はあり得ない、という件だけでも確定したいと、俺は少しばかり焦り始めていた。
エルシーとの結婚の、最大の障壁は身分差だ。リンドホルムの先代伯爵の娘とはいえ、現在、城も領地も追い出されて王都で事務員をしている、ってのは状況として絶望的だ。第三王子とはいえ、王子妃ともなればそこそこの格式が求められる。誰か高位貴族の後見を受けられれば、と思うのだが、幼少期からの実質的な婚約者で、戦争中も俺を待っていたレコンフィールド公爵令嬢との結婚は、貴族社会で圧倒的な支持を得ていて、彼女を棄てて他の女と……というのが、まず歓迎されない。自分の娘を俺の妃に押し込もう、という貴族すらいないのだ。没落した元伯爵令嬢を後見しようなんて物好き、ほぼ見当たらなかった。
――全くアテがないわけではない。レコンフィールド公爵ともともとあまり仲のよくない、マールバラ公爵オズワルド卿なら、もしかしたらと思うのだが、あいにく、講和会議の全権大使として長期出張中で王都に不在だ。マールバラ公爵は特務を仕切っていて、エルシーの父、マックス・アシュバートンのかつての上司。なんとなくだが、ローズの件には彼が関与しているのでは、と俺は疑ってもいた。マールバラ公爵が帰国してくれれば協力を要請しようと思うものの、講和会議は各国の思惑が絡んで難航中で、帰国は年末になるのではと言われていた。
どっちにしろ、エルシーは本来なら問題なく継承できたはずの、城も爵位も不当に奪われている。すべて、マックスが俺を庇って戦死したせいだ。エルシーとの関係を抜きにしても、リンドホルム城は俺にとっても思い出の場所。なんとか取り戻したい。
が、相続は不備が明らかになっても、原則、遡及しない。一度認めた継承を取り消すのは、継承において相当重大な瑕疵があった場合に限られる。たとえば、現在の継承者が正当な継承者を殺害していたのが発覚する、そんなレベルの重大な事件性がない限り、相続のやり直しはしないらしい。――後から本来の継承人だの、その子孫だのが名乗り出て、何代にもわたって揉めることが多いせいだ。
リンドホルムの場合は、ビリーが急死してエルシーの代襲相続が却下された結果、全く予想外に現伯爵のもとに爵位が転がりこんだ。……もとは町医者だというから、たいそうな出世だ。
俺は特務やロベルトから上がってきた、リンドホルムの現状報告書を見て、頭を抱える。
領地の経営状態は最悪。元町医者である、現伯爵、サイラス・アシュバートンは領地経営の才能がまるでなく、投資詐欺に引っかかって破産寸前。このままでは遠からず、城や庭園を含む不動産を手放すことになるだろう。
――ローズの庭が……。
何とか城館と庭園だけでも、維持できないか。ローズの庭は、俺にとっては母親の唯一の形見のようなものだ。
俺はロベルトに命じ、リンドホルム城や敷地が一部でも売りに出たら、すぐに押さえるように言った。
――絶対にバラ売りさせるわけにいかない。俺の全財産をはたいても、絶対に。
俺は父上の居間に伺候するたびに、エルシーと結婚したいと訴え続けたが、父上は苦い表情を崩さなかった。
父上の投薬の時刻が来て、俺が御前を辞去して赤い絨毯の敷き詰められた廊下に出ると、控えていた王室長官が一礼する。
「……アーサー卿。少し、聞きたいことがあるんだ」
王室長官は俺を見て、頷く。
「こちらの、控えの間でよろしければ」
「ああ構わない、失礼する」
俺は侍従たちの控えの間に通され、ソファに腰を下ろし、脚を組んだ。
「煙草を吸っても?」
「どうぞ。……私にも一本、いただけますかな?」
「もちろん」
俺が煙草入れを差し出すと、王室長官は美味そうに一本吸った。
「パイプを持ち歩くわけにも参りませんでな、王宮ではなかなか、一服できないのですよ」
「紙巻煙草ならパイプはいらない」
「便利なものですな。……葉巻は匂いがきつうございましてね」
こんな話をしてから、俺が切り出した。
「――王妃、いや、母上はどうしているかと思って」
俺の問いに、王室長官が一瞬、灰色の瞳を見開いた。
「王妃陛下は、バールの離宮で、ジョージ殿下のお側についていらっしゃいます」
「それは知っている。……でも、三年前からは、バールに引きこもっていると聞いた」
王室長官がじっと、俺の顔を見た。
「シャルローで俺が死にかけたころと一致すると思ってな」
俺が煙を吐き出しながら言えば、王室長官は困ったように眉尻を下げた。
「……私がどこまでお話していいか――」
「話せるところまででいい」
「ジョージ殿下の状態は非常に、お悪い。意識がないならばまだ、マシなのですが、どうやらその、苦痛がひどいようで」
「……そうか」
俺は眉を顰めた。
ジョージは俺がほんの幼い頃は、まだ立ち歩くこともできて、庭園を散歩しているのを見たこともある。そばに寄せてもらったもこともないが。
ジョージの病の原因は不明だ。遺伝的要因があるとも言われ、ただしだいに進行し、最後には死に至る。苦痛があるのなら、辛いことだとは、思う。
「苦痛を和らげるために、さまざまお薬も試したようでございますが――それで、数年前から、モスカネラ正教のとある僧の祈祷がよく効くとのことで、王妃陛下がずいぶんと信頼しておられました」
「なるほど、非科学的だが、祈祷でも効果があるなら――」
「シュルフトの、間諜だったのですよ」
今度は俺が目を見開く番だった。
「ニセモノかよ。なぜそんな奴が。身元調査くらい、したのだろう?」
「……モスカネラ正教会の資格というか身分証明書はホンモノでしたが、中身が入れ替わっていたのです」
「ひどい話だな。敬虔な坊さんを殺して、成りすましていたのか」
「そのようで。……その一件に絡んで、離宮の人員を極秘に調査し、すべて秘密裡に処理いたしました」
王室の離宮が他国の間諜を飼っていたなんて、国民に知られたら大変なことになる。すべては闇から闇に葬られた。
「それで、王妃も?」
「――国王陛下は離宮に押し込めと命じられました」
「騙されていたのか、それとも――」
祈祷僧というのが、非常に気になる。
王妃は常々言っていた。俺が死ねば、ジョージの病は癒える、と。王妃が命じたジョージ快癒の祈祷とは要するに――。
王室長官は俺の顔色をうかがうようにして、小さな声で言った。
「数百年も前の法律ではありますが、一応、呪詛を禁ずる法もございます。だが、仮にも母が子を呪うというのは、あまりに外聞も悪く、表沙汰にはできません」
……世の中には腹を痛めた我が子を殺す女もいないわけじゃないが、俺の出生に疑問を持たれたくないのだろう。
「そうか。……それはシャルローの奇襲には――」
「私の口からはご勘弁願います」
――王室長官が口を閉ざす。つまり、そういうことなのだ。
「一つ、聞いていいか?」
「お答えできることでしたら」
「呪詛の方法は?」
王室長官は肩を竦め言った。
「バカバカしい話でございますよ。昔の律法学者が作った、土くれの人形を動かす魔法だとかで。……ゴーレムって言いましたかね。何でも、聖典のとある章の文字を、一定の決まりで並べ替えてできた言葉が、ゴーレムを操る呪文になるのだとか」
「ShemHaMephorash 」
俺の言葉に、王室長官は驚いて目を丸くした。
「ご存知でしたか」
「まだやってたんだな。いい加減、効果がないって気づけばいいのに。きっとまだやってるぞ?」
「――離宮は厳重な監視をつけてございます」
「いや、効果がないし、気が済むようにさせておけ」
俺が二本目の煙草を吸いながら言えば、王室長官も頭を下げた。
「ジョージ殿下が神の身許に召されました暁には、王妃陛下には修道院にお入りいただく手はずになってございます」
「なるほど。……よく話してくれた」
俺は王室長官に礼を言うと、煙草をもみ消して立ち上がった。
戦争の英雄だったアルバート王子は、けなげに帰りを待っていた公爵令嬢に見向きもせず、身分の低い蓮っ葉な女に入れあげ、ドレスやら宝石やら、さらには高級アパートメントまで貢いでいる。
――ドレスや宝石を恋人に贈るのは当然だし、アパートメントは俺の財産なのだが、新聞は勝手なことばかりを書き連ねる。婚約間近の公爵令嬢ではなく、謎の女に贈るのが批判の的になっているのだが、俺が投資で増やした財産をどう使おうが俺の勝手だし、エルシーが相続却下によって不当に奪われた財産に比べれば、微々たるものだ。おばあ様が退院した暁には、郊外の空気のいい場所に、ヴィラでも購入する予定だが、これだけ噂になれば、おばあ様の耳にも届くかもしれない。
俺は本気でエルシーと結婚するつもりだ。結婚前から体の関係ができてしまったことを、おばあ様が知ったら怒り狂うに違いない。さらにエルシーが愛人のように噂されて、おばあ様はそれこそ心臓が止まるレベルで激怒するだろう。――めちゃくちゃ叱られるのを覚悟で、とにかく許しを乞うしかない。
それに――一応、外に射精してはいるが、そんなんじゃ避妊にはならない。何のかんの言って、俺はいっそ子供でもできてしまえば、ステファニーやレコンフィールド公爵も諦めるのでは、とどこかで思っていた。もし、エルシーが妊娠して、それで彼女の立場がさらに悪くなるようなら、国外亡命も覚悟している。ただし、その場合はおばあ様を連れての駆け落ちっていう、ひどく間抜けなことになってしまうけれど。
エルシーと再会して四か月。関係ができて二か月。早くこんな宙ぶらりんな状態から抜け出し、エルシーとの結婚を決めたいのに。二月の王家主催の舞踏会までにはケリをつけ、できればそこでエルシーをパートナーとして伴い、彼女と結婚するという、俺の意志を表明したい。せめてステファニーとの婚約はあり得ない、という件だけでも確定したいと、俺は少しばかり焦り始めていた。
エルシーとの結婚の、最大の障壁は身分差だ。リンドホルムの先代伯爵の娘とはいえ、現在、城も領地も追い出されて王都で事務員をしている、ってのは状況として絶望的だ。第三王子とはいえ、王子妃ともなればそこそこの格式が求められる。誰か高位貴族の後見を受けられれば、と思うのだが、幼少期からの実質的な婚約者で、戦争中も俺を待っていたレコンフィールド公爵令嬢との結婚は、貴族社会で圧倒的な支持を得ていて、彼女を棄てて他の女と……というのが、まず歓迎されない。自分の娘を俺の妃に押し込もう、という貴族すらいないのだ。没落した元伯爵令嬢を後見しようなんて物好き、ほぼ見当たらなかった。
――全くアテがないわけではない。レコンフィールド公爵ともともとあまり仲のよくない、マールバラ公爵オズワルド卿なら、もしかしたらと思うのだが、あいにく、講和会議の全権大使として長期出張中で王都に不在だ。マールバラ公爵は特務を仕切っていて、エルシーの父、マックス・アシュバートンのかつての上司。なんとなくだが、ローズの件には彼が関与しているのでは、と俺は疑ってもいた。マールバラ公爵が帰国してくれれば協力を要請しようと思うものの、講和会議は各国の思惑が絡んで難航中で、帰国は年末になるのではと言われていた。
どっちにしろ、エルシーは本来なら問題なく継承できたはずの、城も爵位も不当に奪われている。すべて、マックスが俺を庇って戦死したせいだ。エルシーとの関係を抜きにしても、リンドホルム城は俺にとっても思い出の場所。なんとか取り戻したい。
が、相続は不備が明らかになっても、原則、遡及しない。一度認めた継承を取り消すのは、継承において相当重大な瑕疵があった場合に限られる。たとえば、現在の継承者が正当な継承者を殺害していたのが発覚する、そんなレベルの重大な事件性がない限り、相続のやり直しはしないらしい。――後から本来の継承人だの、その子孫だのが名乗り出て、何代にもわたって揉めることが多いせいだ。
リンドホルムの場合は、ビリーが急死してエルシーの代襲相続が却下された結果、全く予想外に現伯爵のもとに爵位が転がりこんだ。……もとは町医者だというから、たいそうな出世だ。
俺は特務やロベルトから上がってきた、リンドホルムの現状報告書を見て、頭を抱える。
領地の経営状態は最悪。元町医者である、現伯爵、サイラス・アシュバートンは領地経営の才能がまるでなく、投資詐欺に引っかかって破産寸前。このままでは遠からず、城や庭園を含む不動産を手放すことになるだろう。
――ローズの庭が……。
何とか城館と庭園だけでも、維持できないか。ローズの庭は、俺にとっては母親の唯一の形見のようなものだ。
俺はロベルトに命じ、リンドホルム城や敷地が一部でも売りに出たら、すぐに押さえるように言った。
――絶対にバラ売りさせるわけにいかない。俺の全財産をはたいても、絶対に。
俺は父上の居間に伺候するたびに、エルシーと結婚したいと訴え続けたが、父上は苦い表情を崩さなかった。
父上の投薬の時刻が来て、俺が御前を辞去して赤い絨毯の敷き詰められた廊下に出ると、控えていた王室長官が一礼する。
「……アーサー卿。少し、聞きたいことがあるんだ」
王室長官は俺を見て、頷く。
「こちらの、控えの間でよろしければ」
「ああ構わない、失礼する」
俺は侍従たちの控えの間に通され、ソファに腰を下ろし、脚を組んだ。
「煙草を吸っても?」
「どうぞ。……私にも一本、いただけますかな?」
「もちろん」
俺が煙草入れを差し出すと、王室長官は美味そうに一本吸った。
「パイプを持ち歩くわけにも参りませんでな、王宮ではなかなか、一服できないのですよ」
「紙巻煙草ならパイプはいらない」
「便利なものですな。……葉巻は匂いがきつうございましてね」
こんな話をしてから、俺が切り出した。
「――王妃、いや、母上はどうしているかと思って」
俺の問いに、王室長官が一瞬、灰色の瞳を見開いた。
「王妃陛下は、バールの離宮で、ジョージ殿下のお側についていらっしゃいます」
「それは知っている。……でも、三年前からは、バールに引きこもっていると聞いた」
王室長官がじっと、俺の顔を見た。
「シャルローで俺が死にかけたころと一致すると思ってな」
俺が煙を吐き出しながら言えば、王室長官は困ったように眉尻を下げた。
「……私がどこまでお話していいか――」
「話せるところまででいい」
「ジョージ殿下の状態は非常に、お悪い。意識がないならばまだ、マシなのですが、どうやらその、苦痛がひどいようで」
「……そうか」
俺は眉を顰めた。
ジョージは俺がほんの幼い頃は、まだ立ち歩くこともできて、庭園を散歩しているのを見たこともある。そばに寄せてもらったもこともないが。
ジョージの病の原因は不明だ。遺伝的要因があるとも言われ、ただしだいに進行し、最後には死に至る。苦痛があるのなら、辛いことだとは、思う。
「苦痛を和らげるために、さまざまお薬も試したようでございますが――それで、数年前から、モスカネラ正教のとある僧の祈祷がよく効くとのことで、王妃陛下がずいぶんと信頼しておられました」
「なるほど、非科学的だが、祈祷でも効果があるなら――」
「シュルフトの、間諜だったのですよ」
今度は俺が目を見開く番だった。
「ニセモノかよ。なぜそんな奴が。身元調査くらい、したのだろう?」
「……モスカネラ正教会の資格というか身分証明書はホンモノでしたが、中身が入れ替わっていたのです」
「ひどい話だな。敬虔な坊さんを殺して、成りすましていたのか」
「そのようで。……その一件に絡んで、離宮の人員を極秘に調査し、すべて秘密裡に処理いたしました」
王室の離宮が他国の間諜を飼っていたなんて、国民に知られたら大変なことになる。すべては闇から闇に葬られた。
「それで、王妃も?」
「――国王陛下は離宮に押し込めと命じられました」
「騙されていたのか、それとも――」
祈祷僧というのが、非常に気になる。
王妃は常々言っていた。俺が死ねば、ジョージの病は癒える、と。王妃が命じたジョージ快癒の祈祷とは要するに――。
王室長官は俺の顔色をうかがうようにして、小さな声で言った。
「数百年も前の法律ではありますが、一応、呪詛を禁ずる法もございます。だが、仮にも母が子を呪うというのは、あまりに外聞も悪く、表沙汰にはできません」
……世の中には腹を痛めた我が子を殺す女もいないわけじゃないが、俺の出生に疑問を持たれたくないのだろう。
「そうか。……それはシャルローの奇襲には――」
「私の口からはご勘弁願います」
――王室長官が口を閉ざす。つまり、そういうことなのだ。
「一つ、聞いていいか?」
「お答えできることでしたら」
「呪詛の方法は?」
王室長官は肩を竦め言った。
「バカバカしい話でございますよ。昔の律法学者が作った、土くれの人形を動かす魔法だとかで。……ゴーレムって言いましたかね。何でも、聖典のとある章の文字を、一定の決まりで並べ替えてできた言葉が、ゴーレムを操る呪文になるのだとか」
「ShemHaMephorash 」
俺の言葉に、王室長官は驚いて目を丸くした。
「ご存知でしたか」
「まだやってたんだな。いい加減、効果がないって気づけばいいのに。きっとまだやってるぞ?」
「――離宮は厳重な監視をつけてございます」
「いや、効果がないし、気が済むようにさせておけ」
俺が二本目の煙草を吸いながら言えば、王室長官も頭を下げた。
「ジョージ殿下が神の身許に召されました暁には、王妃陛下には修道院にお入りいただく手はずになってございます」
「なるほど。……よく話してくれた」
俺は王室長官に礼を言うと、煙草をもみ消して立ち上がった。
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