【R18】ゴーレムの王子は光の妖精の夢を見る

無憂

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終章 ゴーレムの王子は光の妖精の夢を見る

楡の木陰

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 秋冬から早春にかけて、ストラスシャーの気候は不安定で、頻繁に嵐が来る。その夜もゴロゴロと雷鳴が響き、強い風が吹いた。

 こんな夜、幼いエルシーはいつも雷に怯えて一人で泣いていた。

 夜、俺はエルシーの部屋を訪れて、相変わらず雷の音に怯えて動けなくなっているエルシーを抱きしめ、そのままベッドに上がり込んだ。

 昔と同じ天蓋付きベッド。
 幼いエルシーには大きすぎるベッドも、今では普通の大きさ。大男の俺と二人には、むしろ狭く感じる。

「ああ、懐かしいな……」

 俺が天蓋を見上げて言えば、俺に腕枕された状態で、エルシーがためらいがちに尋ねる。

「……リジー、……なの? 本当に? でも、なぜ……?」
「その話をしにきた。……でもその前に。……お前、俺のこと忘れていただろう?」
「それは……」

 エルシーが気まずそうに顔を逸らそうとするのを俺は捕まえて、額に額をくっつけて、言った。

「俺はすぐにエルシーだとわかったのに……本当に忘れられていて、正直ショックだった」
「しかた、ないじゃないですか……小さかったし……おばあ様が、リジーの話は絶対にしてはダメって――」

 俺が去ってから、リンドホルム城では俺の存在はなかったことにされたのだろう。手紙のやり取りもなく、口に出すことも禁止。……幼いエルシーやビリーの記憶から俺を抹殺する方向に大人たちは動いたに違いない。

 王妃の子ではない庶子の俺を、嫡子と偽っている王家の重大な秘密。そのいったんを否応なく担わされたアシュバートン家にとって、幼い子の口を封じるのは死活問題だ。

 俺は、その秘密をエルシーに語った。
 ローズと、国王の関係。俺の出生。王妃との取引。俺とステファニーとの婚約と、ローズや俺への虐待まで。

 エルシーはただ、呆然と俺の話を聞いていた。
 それからリンドホルムに来た話をして――二人で昔の思い出話をした。エルシーは覚えていないこともあったが(むしろ俺が憶えてい過ぎなのかもしれない)、それでも昔のように俺に甘えて……やがて、俺の腕の中で眠りに落ちた。

 普段、王都のアパートメントで繰り返された、情交の後に気を失うような眠りではなくて、昔のような、俺に甘え、信頼しきったような眠り。

 俺は昔のようにエルシーの髪を撫でて、でも我慢できなくて、エルシーの鎖骨の下に口づけの痕を残した。


 痕を残したところで、エルシーを俺につなぎとめられるわけじゃない。でも、以前、この場所の口づけの痕がハートネルに俺とエルシーの関係を教えたように、これがエルシーを守る魔法の印になればいいと思いながら。



 

 翌朝、王都のジョナサンに電話をすると、さらにまずいニュースが入ってきた。

絵入り新聞イラストレイテッド・ニュースに出ました。リンドホルムや全国にも、今日明日中に広まると思います』

 先にエルシーの名を出した大衆紙タブロイドは所詮、三流紙だったが、絵入り新聞は全国に読者がいる。鉄道の主要路線には数日から一週間遅れで流通してしまう。

「わかった。明日の便で王都に帰る。明後日早朝に王都の西駅に着く。そこからまず東駅近くのホテルに移動して朝食を摂る。ミス・リーンとバーナード・ハドソンにも伝えてくれ」
『さすがに外遊前に王宮に顔を出さないわけにいかないですよ。特命全権大使の委任状すらもらっていないでしょう』
「……めんどくせぇな……わかった。顔だけは出す」

 俺は電話を切ると玄関前のホールで、盆の上に並んでいる新聞を点検した。……ローカル紙は今日付けだが、王都で発行された一日遅れのものがほとんどだ。

「おはようございます、オーランド卿?」

 ぷんと朝からキツい香水の匂いと、なんとも媚を含んだべたべたした話し方で声をかけられ、俺が振り返れば赤い髪の女がしなを作って近づいてきた。ジェーン夫人の姪のヴィクトリアだ。

「おはようございます。……新聞は一日遅れなのですか?」
「王都発行のはそうね。一日一便の汽車で運んで来るのよ。夕方までに出たものなら、翌日の午後に届くのよ」
「へぇ……」
「ねえ、王都で第三王子殿下の秘書官をなさっているんですって? アルバート殿下はすっごいハンサムだって噂だけど、あなたよりってことはないわよね? あなたみたいなキレイな男性、アタシ、初めて見たわ、ねえ……」

 そう言って俺の腕に腕を絡め、胸を押し付けてくるので、俺はギョッとする。
 ――こう見えても王子様育ちだから、ここまで明け透けに迫ってくる女には慣れていないのだ。

「王都では普通です……ちょっと離してもらえますか、困ります……」
「あら、王都の男性はもっと積極的かと思ったのに、意外と初心なのね?」
「いや、初心とかそういう問題じゃなくて――」

 やめろ、離せ、香水つけすぎだ! 俺がもがいていると、遅れてやってきたロベルトが鼻で嗤って、ソファに腰を下ろし悠然と新聞を読み始めた。バカ野郎、見てないで助けろ、と俺がロベルトに言おうとしたとき、階段を誰かが降りてきた。

 ――最悪のタイミングで、エルシーに見られた!

 エルシーは東洋の白い仮面のような無表情で俺を見ると、そのまま踵を返して出て行ってしまう。

「あら、何か不愉快だったかしら、彼女?」

 ふふふと笑うヴィクトリアを何とか振りほどき、エルシーを追いかける。

「やだ、待ってよぉ!」

 背後から聞こえる声すら気持ち悪い。あんな女との仲を疑われるなんて、すごい屈辱だ。誤解だけは解きたくて、俺は必死にエルシーの黒い喪服姿を探して、温室オランジュリーのそばの楡の巨木のところでエルシーを捕まえた。

 俺はエルシーの背中を楡の木の幹に押し付け、強引に唇を奪う。エルシーは俺を振りほどこうと必死に抵抗する。

「ん……離して! 誰かに見られたら!」
「エルシー! 誤解だ! あの女、やたら引っ付いてくるんだよ!」
「別にどうでもいいです! あなたとは終わったんだから!」
「俺は終わらせるつもりはない!」

 俺は楡の幹に両手をつき、俺の身体でエルシーの華奢な身体を隠すように覆いかぶさり、エルシーの唇をもう一度塞ぐ。舌を絡め唾液を吸い溺れるように貪れば、エルシーもまた、口づけに酔って力を抜き、俺の肩に縋り付いた。

「……妬くなよ、あんな女に俺が心を移すわけない」
「別に妬いてなんかっ」

 そんな風に強がりを言うエルシーが可愛くて、俺はつい、余計なことを言ってしまう。

「じゃあ妬いてくれ」
「どっちなの!」

 エルシーに睨みつけられ、気まずくなった俺は、まったくこの場にふさわしくない話を始める。

「その……ビリーの死因なんだが、前聞いた話ではエビのアレルギーだと」

 エルシーは俺の肩に両腕を回したまま、ブルーグレーの目を見開く。

「え、ええ……」

 ビリーの死因がエビ・アレルギーなのは奇妙だ。ビリーの寄宿舎では頻繁に河エビ料理が出たが、ビリーがアレルギーを起こしていた形跡はない。

 エルシーの話によれば、ビリーが倒れた夕食には、サイラス・アシュバートン夫妻が招待されていた。ビリーが突然倒れ、主治医のサイラスが診療にあたるも治療の甲斐なく死亡した。……つまり、死亡診断書もサイラスが書いたのだ。
  
 俺の疑惑は確信に変わっていた。
 ビリーは、毒殺だ。居合わせたサイラスは故意にアレルギーと診断し、病死として死亡診断書を提出する。
 
 ――どうやって毒を、それもビリーの皿にだけ混入するか――

 俺はエルシーにキスをしながら、楡の木越し、温室オランジュリーの影から、執事のアーチャーが俺たちを見ているのを視界にとらえる。

 主人一家の食事の給仕をする執事なら……。

 俺はアーチャーの目をまっすぐに見て、挑発するようにエルシーの唇を奪い、耳元で囁いた。

「スミス夫人は味方だろうが、アーチャーはわからない。警戒はとくな。一人では動くな。……俺かロベルトがそばにいられないときは、マクガーニのそばを離れるな。……いいな?」
 
 
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