【R18】ゴーレムの王子は光の妖精の夢を見る

無憂

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終章 ゴーレムの王子は光の妖精の夢を見る

エピローグ*

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 ルーセン共和国の首都、アデレーンの駅に俺とエルシーは並んで降り立ち、三日ぶりに外の空気を吸った。

 大陸を縦断する国際寝台車会社ワゴン・リの本社がある大陸有数の巨大な駅。高い鉄骨を組んだ屋根、何本もの線路とプラットホーム、ざわめく乗客の喧騒、さまざまな外国語が飛び交い、発車のベルや車掌のホイッスルが響く。

 エルシーと二人、狭い個室コンパートメントでくっついているのも悪くはないが、少しは空気の入れ替えも必要だ。活気に溢れた駅と斬新な真新しい駅舎、異国的な情緒が、退屈で凝り固まった体と心をほぐしてくれた。

 グリージャの王女との縁談の件で、またエルシーに余計な心労をかけてしまった。俺が王子でさえなければ、こんな厄介事に悩まされなくてもいいのに――。
 
 俺はエルシーと手をつないで、ゆっくりとホームの端まで歩く。東へと続く線路の向こうには、大陸の南北を分かつクレヴァネス山脈が、真っ白な雪を戴いて青い山塊を横たえ、上空は白くけぶっていた。エルシーは山を見つめて言った。

「山の上にはもう、冬が来ているのね……」
「そうだな。次の日曜は待降節アドベントだ。……エルシーと聖誕節を過ごすのは初めてだな」

 エルシーが俺を振り向いて微笑んだ。――少し、寂しそうな笑み。そうしてまた、山へと視線を移す。

 ――聖誕節を一緒に過ごせるはずがない、と思っているのかもしれない。実際、ステファニーとの婚約が議会を通過してしまった以上、俺の婚約者はステファニーということに、公式にはなっている。婚約者を捨て置いて、と休暇を過ごせば、世論の批判を浴びる。……俺もだが、非難はエルシーに向かうことは容易に想像できた。

 でも――俺が愛しているのはエルシーただ一人で、俺が結婚するつもりでいるのも、エルシーただ一人なのに……。

 俺は、山を見つめているエルシーのこめかみにキスを落とす。

「エルシー……その……お前がまだ喪中だってのはわかってるんだが……」
「……リジー?」

 エルシーが不審げに俺を見上げる。

「……愛してる。……したい」
「……ここで? 今?」

 いくら何でも、こんな衆人環視の場でエルシーを抱くようなマネをするわけない。自分の信用のなさに、内心、がっくりする。……エルシーのあられもない姿を人にさらすわけがないじゃないか。俺だけのものなんだから。

「いや、今じゃなくて……その、夜に」
「……でも、あそこで?」

 エルシーが目を剥く。

 王族専用車両の個室コンパートメントは普通の個室の倍ぐらいはあるが、ベッドは普通のシングルサイズだ。無理矢理、添い寝しているけれど、セックスするには狭い。

 でも、俺の我慢もそろそろ限界だった。おばあ様がなくなってから、もう、二週間近くエルシーに触れていない。

「無理強いはしたくない、でも……不安なんだ。お前が、俺から離れてしまうんじゃないかって……」

 エルシーがブルーグレーの瞳を大きく見開いて、俺を見つめた。

「不安だなんて、そんな……」






 その夜、狭い個室コンパートメントのベッドの上で、俺はエルシーに愛を乞うた。

 ――俺が、王子だという理由で、俺を棄てないでくれ。俺は、王家の血筋を伝えるスペアとして作られた泥人形ゴーレムに過ぎないけれど、でも心はある。俺は生涯、エルシーだけを愛しているから――。

 エルシーはゴーレムの呪いのことも、呪文のことも、額の文字を一つ消すと俺が粘土に戻ることも、知らない。

 そんな禍々しいものとは無縁に育ったから。だから俺の、不安にも気づかなったのかもしれない。
 
 俺が、何もかも失い、経済的にも追いつめられた、エルシーの苦境に気づけなかったように――。

 エルシーが、俺に抱き着いて言った。

「リジー……全部、忘れてしまったわたしを、許してくれるの?」

 俺はエルシーを抱きしめ返す。

「当たり前だ。……忘れられてショックだった。でも、俺こそ、正体も明かさずに、力ずくでお前を抱いて、傷つけた。でも愛してる、お前だけが、俺がゴーレムじゃなくて人間だと証明してくれる。エルシー……」

 エルシーが俺の身体を押し返し、不思議そうに言う。

「……ゴーレムって、いったい何のことです?」
「ゴーレムは土でできた人形だ」
「……は?」

 俺は上手く説明できなくて、しどろもどろになる。

「その……魔術で作られて、魔術師の言うままに動くんだ。……額に〈emeth〉って文字が書かれていて、その最初に一文字を消すと〈meth〉になって、粘土に返る」
「……意味がわからないわ」
「〈emeth〉は真実、〈meth〉は死だ。〈eアーレフ〉は最初の、一番大切な文字」
 
 エルシーはしばらく、至近距離で俺を見つめて、瞬きをした。

「殿下の額には何も書いてないわよ? 誰がそんなくだらないことを」
「……王妃が……俺は呪われたゴーレムだからって……」

 エルシーは大きく目を見開くと、背伸びをして俺の額に口づけた。

「リジー、わたし、あなたが好き。昔のあなたも、今の、殿下も。――たとえ、土でできたゴーレムだとしても」

 俺はその言葉を聞いて、すぐさまエルシーの唇を塞ぐ。もうそれ以上我慢なんてできなくて、さんざんに唇を貪ってから、エルシーを無理矢理ベッドに押し倒しす。当然、エルシーが抵抗した。

「ダメ……やっぱりまだ、喪中で……」 
「エルシー……ビルツホルンについたら、大聖堂で一緒に懺悔しよう。だから……」
「な、そういう問題じゃ……」
「聖ゲオルグ大聖堂は世界三大大聖堂の一つで、ゴシック様式の尖塔と内部のステンドグラスが有名だ。見たいだろう?」
「そ、それはもちろん見たいですが……」
「内陣にある聖母像も有名だ、近くて見たいだろう?」
「そ、それも見たいですが……」
「じゃあ、決まりだ……脱がすぞ?」
「ちょっと……!リジー、だめっ、ああっ……ゴーレムだったら、少しは言うこと聞いてよ!」

 しばらく禁欲を強いられていた俺は、かなり強引にエルシーのドレスを剥ぎ取ろうとしたが、ドレスを破く人は嫌いと言われて、しぶしぶゆっくり脱がし、さらにドレスをクローゼットに仕舞にいかされた。――エルシーはゴーレムを小間使いか何かと勘違いしている。

 が、クローゼットから戻った俺は、エルシーのガーターベルトとかいう下着を見て、いきなりテンションが上がった。なんだこの、最高にエロい下着! 発明した奴は天才だ!

 ――今まで、速攻で全裸に剥いて悦に入っていた俺はとんだ大バカ者だ。本当になんてもったいないことを。

 俺は絹のスリップをたくし上げ、エルシーの膝裏を掴んで、ストッキングを穿いたままの両足を広げる。黒いレースのベルトからつながる黒いリボンが、黒いストッキングを留めている。エルシーの白い太ももに黒いリボンとレースが映えて、あまりのエロさに鼻血を噴きそうだった。

「ストッキングを脱がないと……」
「いや、今夜はこのままヤる。エロ過ぎてもう、我慢できない……」

 俺はエルシーの脚の付け根に顔を埋め、敏感な場所を舌で愛撫する。シャワーを浴びていないとかなんとか騒いでいたが、そんなことよりも早く飢えを充たしたかった。俺の舌であっさりとエルシーは陥落して、やすやすと俺の侵入を許す。痛いほど昂った剛直をエルシーの中に突き立てれば、久しぶりの交接にエルシーが悲鳴をあげた。信じられないほど中は狭くて、熱くて――気を抜いたら一瞬で果ててしまう。でもできる限り長くつながっていたくて、俺は奥歯を噛みしめて射精を堪えた。

「あああっ……」
「ううっ……エルシー……好きだ、本当に好きなんだ……」
「んっ……ああっ……り、りじっ……ああっ、あっ……」

 規則正しい列車の音と、ベッドの軋む音。エルシーの中が俺を締め付け、俺を包み込む。交わる体、触れ合う肌、絡まり合う吐息。細く折れそうな身体を抱きしめ、俺はエルシーの中を穿つ。

 ――わたしもあなたが好き。昔のあなたも、今の、殿下も――

 エルシーはいつも、暗闇で迷う俺に、一番欲しい言葉をくれる。俺が生きる道を照らす、小さな光。
 過去の俺も、現在の俺も、出会ったあの日からずっとエルシーだけを愛してきた。

 未来の幸せはまだ、約束されてはいない。でも――。

 俺がエルシーただ一人を愛し続けることは、きっと変わらない。ずっと、ただ一人だけ。

 たぶんそれが、俺の額に刻まれた〈emeth真実〉。
 いつの日か、それが〈meth〉に変わるその時まで――。 


 

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