家政夫は大変です

蒼龍葵

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第一部 久住家にようこそ

視界が遮られると?

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「うっ……」

 完全に落ちていたらしい。ちらりと姿勢を動かすと、重だるい躰から渉の指が抜けていた。
 よし、これで逃げられる!
 と心の中でだけガッツポーズをして、とにかく慎重に少しずつ身体を動かす。

「ふぅー……」

 夜勤明けと言っていたのは間違いではないのだろう。渉は綾人が動いて離れてもぐっすり眠ったまま目を開けることはなかった。
 しかし問題は目の前にある。手錠の鍵が見つからない。そもそも、この手錠に鍵なんてあるのだろうか。彼が最初から外す気もなくつけたと想像すると恐ろしい。
 手は使えなくても、口は使える。肘や腕、口をうまく使いドアノブを回して部屋の外へ飛び出した。

 左よし、右よし。

 他の兄弟がいないことをしっかり確認してから、こっそりと自分に与えられているプライベートルームへと足を向ける。

「あの渉から逃げられるなんて、お前すげーな?」
「う、わあああっ!?」

 やばい、見つかった。
 楽しそうな笑い声に勝利を確信していた身体が一気に怯んだ。

「えっ……?」

 錆びついた人形のように不審な動きでゆっくりと振り返ると、背中からふわりと大きなバスタオルがかけられた。

「こっちにおいで」

 肩を優しく抱かれ、甘い声で囁かれる。

「別に、怖いことしないから」

 いや、絶対何かされる。これはもうこの兄弟を一通り見てしまい、そう思わずに居られない。
 爽やかな青年は軽く怯えている綾人をくつくつ笑ったまま見下ろしていた。

「あのぉ……とりあえず服着たいんですけど」
「ああ、まず手錠外してやるよ。それ、渉に使う俺の玩具だし」
「はぁ!?」

 表情一つ変えずそう言う彼の発言に驚きを隠せない。大体、兄弟で玩具とかどういう神経してるんだ!?
 目の前の青年は細い針金を手錠の真ん中に通した。その後少し中をカチャカチャ動かすと、驚くほど簡単に手錠は外れた。

「あ……ありがとう、ございます」

 暴れて抵抗したせいで手首が擦れたらしい。白い手首には赤い痣がくっきりと残っていた。

「可哀想に、綺麗な腕なのに。後で渉にはたっぷりお仕置きしておくよ」
「いや、それもそれで……怖いと言いますか……」

 俺の為に渉さんが襲われるのは忍びない。また頭が痛くなりそうな内容に追い討ちをかけるように彼はまたとんでもないことを話した。

「大丈夫だよ、渉は俺が12年間抱いてるんだから。今更一つお仕置きが増えた所であいつ悦ぶだけだし」

 12年。
 じゅうにねん!?
 はああああ!? 一体何がどうなると兄弟でそんなことになるんだ。そもそも、両親は何やってんだよ、思春期の子供たち放置プレイ? 普通捕まるだろ、こんな家。ネグレクトにも程がある。
 それに、そんな数字をあっさり言う彼も怖いけど、長年狂った愛情を従順に受け入れていた渉さんも十分変態だ。

「ああ、そういえば、お前に会うの初めてだよな。俺は久住匠真(くすみたくま)。錠前破りとハッキングが得意な自宅仕事のプログラマー」
「よ、よろしくお願いします……俺は、篠原綾人です……」
「綾人、ね」

 なんだか、匠真さんは4兄弟の中で一番謎めいているが、ぱっと見た感じごくごく普通で、派手さや変態のような空気は一切ない。
 さらにおかしなことに、プログラマーと言う割に知的な雰囲気も感じられない。ただ、話し方と声が何とも言えずエロくてぐらっときそうになる。
 この声で囁かれたら腰が砕けそうになってしまうかもしれない。

「とりあえず、服、着たいんですけど」
「まあ、着てもどうせすぐに脱がせるんだけどいいよ、部屋に戻って」

 や、やっと話が通じた。
 一応助けてもらったことに対して俺は一礼して全力で自分の部屋に戻った。幸いなのはやはり他の使用人とすれ違わないこと。俺が全裸であちこち歩いている姿なんて滑稽でしかない。

「はぁ……やっと戻れた」

 朝っぱらから渉に捕まり、今度はその兄貴の匠真に捕まってあわや連続で犯されるところだった。
 部屋のドアノブに手をかけ、中に入った瞬間、背後から近づいてきた気配に両手を後ろ手に拘束され、床にうつ伏せにされた。

「いっ、て……」

 背中の上にずしりと人の体重がのし掛かる。嫌な予感に冷や汗が伝い落ちた。

「な、なに……!?」
「何されるか分からない方が興奮するだろ?」

 俺の目を布で覆った声の主は匠真だった。また拘束……勘弁して欲しい。しかも今この人の甘い声で囁かれたら、イキそうだ。

「んんっ!?」

 口の中にテニスボールのようなものがついたものを噛まされる。
 まさか、猿轡!? これがアダルトサイトでしか見たことがない噂の……って、何考えてるんだよ俺!!

 この2日間、あまりにも変な兄弟達に関わったせいで、28年間生きてきたまともな神経が一瞬にして崩壊している気がする。

「綾人──」

 耳元で甘い声で囁いてくる匠真さんの声に、俺の脳が考えることをやめてしまっていた。

「手錠がいい? それとも……俺がこのまま両手を握ってようか?」
「んーんー!!」

 どっちも嫌です、と言いたいのに猿轡が邪魔で声がくぐもる。

「ほら、返事しないと犯しちゃうよ」

 耳の中までぺろぺろと舌先で舐め、耳朶の形をなぞるように唇でゆっくり音を立てて吸い上げていく。
 首筋から鎖骨のラインまでそっと指先で撫でられると、不思議なことに全身から力が抜けていった。

「綾人、どうしてほしい?」

 どう──と言われても口にこんなモン突っ込んでおいて同意を求めるとか、普通に考えておかしいだろ。

「答えないと……勝手にしちゃうよ」
「んん―!!」

 困る。それだけは絶対に困る!
 せめて、あと3時間くらいは寝かせてほしい。いや、どこまでが家政夫の仕事なのか分からないが、毎度毎度兄弟に会う度にこれじゃあ躰が持たない。

「ふふっ……やらしい子だね」

 冗談じゃない。やらしいも何も、全裸でこんな所に転がされたらそりゃあ外的刺激に反応するのは仕方がないじゃないか。

「こっちもびっしょり」

 どんどん触れられる所が熱くなる。うつ伏せになっているせいで、彼に突き出す形になっている尻にそっと温かい指先が触れた。

「ん、んんっ!」

 いれられる。そう身構えたが、匠真の指先は太腿と内股をつぅっと撫でて痕跡を残さずに去っていった。

 こ、怖い……怖い。怖い!
 何だろう、ナニをするっていう前兆を感じない分、本気(マジ)で怖い!
 何回もまた匠真の指が肛門から太腿の間を掠めては離れ、反応する幹をしごき離れるの動作を繰り返していた。

「ぷはっ」

 やっと口に突っ込まれてた猿轡が唾液でびしょびしょの状態で取り出された。顎が緊張のあまりガクガク震えた。
 顎を引き寄せられ、触れるだけのキスが落ちる。

「……いいね、目も、唇も…怖いって言ってる。もうちょっと時間をかけて、可愛いおねだりの仕方教えてやるからな?」

 じゃあな、とそれ以上何も仕掛けてくることなく去った彼を追う事も出来ず、俺はそのまま部屋のフローリングに突っ伏した。
 不覚にも、何かされるんじゃないかと本気で焦った自分が恥ずかしい。

「これは、自由ってレベルじゃないですよ愁一さん……」

 何よりも恐ろしいのは、まだ愁一と契約を交わしてたった2日目なのに、心が先に挫折しそうだった。
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