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第60話 銀狐、思い知る 其の七

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          ***
   
  
「──え」

 
 こうは飛び起きた。
 何が起きたのか分からなかった。
 いま自分のいる場所すら、分からなくなって戸惑う。
 知らず知らずの内に、詰めてしまっていた息を吐き出して呼吸を整えれば、少しずつだが晧は落ち着きを取り戻した。

 
(そうだ……昨日は)

 
 霽月さいげつの家の離れに泊まらせて貰ったのだ。
 そのことをようやく思い出して、晧は隣の寝台を見る。
 すでに白霆はくていは起きてしまったのか、寝台は蛻の殻だ。
 だが今は白霆がいなくて良かったかもしれない。
 もしここにいれば何も考えなしに、問い詰めてしまったかもしれない。

 
「……まさか、そんな……」

 
 有り得ない。
 有り得ないというのに、あの香りをどう説明すればいいのか分からない。
 たかが夢だ。
 しかも覚えのない記憶だ。
 だが部屋に残された香りが少しずつ、記憶を断片的に引き連れてくる。
 あの時、熱出したことは覚えている。白竜ちびが寝台のそばにいたことも覚えている。
 その理由があの夢の通りなのだとしたら。
 白霆は……。

 
「──晧?」

 
 呼ばれて晧はびくりと身体を震わせながら、敏速に声のする方を見た。
 すでに着替えを終えた白霆が、引き戸を開けて部屋の中に入ってくるところだった。彼もまたびっくりした表情で晧を見ている。

 
「……おはようございます。どうしました? 晧」
「──っ、いや何でもない。おはよう」
「朝餉の用意が整ったと、家の者が教えて下さいました。行きましょう」
「……着替えたらすぐに行く。先に行っててくれないか?」 
「部屋の外で待っていても? 一緒に行きましょう」

 
 白霆がにこりと笑って、そんなことを言った。
 これ以上強く言う理由もなくて、わかったと応えを返す。白霆が部屋を出て、引き戸を閉めたのを確認してから、晧は深い深いため息をついた。
 眠衣を脱ぎ、いつも着ている旅装束に着替えながらも、晧の頭の中は色んな感情が入り混じる。
 全てが憶測でしかない。しかも根拠が曖昧な記憶と泡沫のような夢だ。だが自分の思っていることが真実なら、この香りと霽月の言っていた縁に納得がいく。

 
(……話を、しよう)

 
 順調に旅路が進んだなら、今晩は紫君しくんが勧めてくれた温泉のある宿に辿り着くだろうから。

 
(そこで、ちゃんと……話をしよう)
  
  
 晧は寝台を整えると、眠衣を綺麗に畳んでその上に置いた。
 いつも通りを装って部屋の外で待つ白霆に声を掛ける。
 どこかいつもと違う彼の表情に、晧は安心させるように微笑んでみせたのだ。    
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