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第73話 銀狐、向き合う 其の七
しおりを挟む何も悪くないのに泣いて欲しくなくて、目蓋に、涙の跡に接吻を落とす。
「お前は何も悪くない。悪いのはお前の気持ちを考えずに逃げた俺だ」
紫君とその番以外、誰にも知られずに自分の心と向き合う為の『逃げる』旅だった。覚悟を決める為の旅だった。それでも帰るのは銀狐の里だと、白竜の元だと決めていた。
紫君の作った式が見破られるなど、思ってもみなかった。そしてまさか白竜がこんな想いを抱えながら、姿を変えて自分を追い掛けてくるなど想像もしなかったのだ。
「悪かった……白竜」
そう言って晧は愛しい気持ちのままに、触れるだけの接吻を白竜の唇に落とす。気付けば白竜の腕が晧の細腰を抱き締める様に、晧はひどく安堵した。
拒まれてしまったら、耐えられない。
だが白竜はそれこそ、あの婚儀の相談の場から同じことを思っていたはずだ。
「ごめん……」
唇を離して吐息混じりにそう呟きながら晧は、白竜の上に腰を下ろした。腰に回されたままの白竜の腕が、丁度尻尾の上部辺りで手を組む。
白竜の気持ちを考えたら、触れられていることが堪らなく嬉しいなどと、思ってはいけないはずだ。だがどうしても嬉しくて、ぱたぱたりと銀灰黒の尻尾が動く。
「……お聞きしてもいいですか?」
涙の止まった白竜の、真摯に自分を見つめる瞳に晧はこくりと頷いた。
「どうして……私から逃げようと?」
「……っ」
晧はじっと白竜を見つめたあと、再びあからさまに視線を逸らした。何故姿を変えて自分を追い掛けて来たのか、白竜がここまで話してくれたのだ。だから自分も話さなくてはと思うのだが、理由が理由なだけに言い淀む。
「私の人形が怖かった……?」
「……」
無言のまま晧が首を横に振る。
確かに怖いと思った。だが白竜が思っている『怖さ』とは、また違うものだ。きっとこの怖さは強い者に隷属する、本能的な悦びに屈服することへの怖さだ。
そして何よりも一番が……。
「晧……私はですね、貴方が南の国にいる友人に会いに行くと聞いた時、その方が……貴方の本当に好きな方なのではないかって思ったんです」
「え……」
晧は耳を疑った。
逸らしていた視線を白竜に向ける。
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