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I ニナルティナ王国とリュフミュラン国

ゴーレムさんに出会った!! 4 花びらのトンネル

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(なんだ……ここは)

 どれ程の時が経ったのか、それともほんの一瞬の事なのか、寝ている間に突然大爆発に巻き込まれ、いきなり訳も分からず死んだと思っていたが、気が付くと不思議な空間に居た。まるで消えかけのぼんやりとした銀河系の様な煌めきが、うっすらと遠くに見える以外、何も無い本当に深い真っ暗な空間だった。

(………………)

 突然目の前に、眩しく光る大きな光の玉が現れた。

『貴方のお名前は?』
(……砂岡デパート……建築物だが……)

 心の中に直接声が響き渡る。ニンゲンの若い女性の声の様だが。

『そうですね、貴方は百年もの長き間、人々の暮らしを支え続けました』

 混乱の中、色々分からない事が多すぎて、相手の言葉の内容が入ってこない。

『確かにそうですね、怪訝に思っても仕方がありません。これならどうでしょう?』

 そう心の中に聞こえ始めた途端、目の前の味気ない虚無空間と光の玉は消え、代わりに見覚えのある自分自身の建物内に装飾されていた大理石の石柱が、どこまでも無限に並ぶ空間の中に居て、光の玉はこれまた見覚えのある、昭和の頃に自身内のデパートで採用されていたエレベーターガールの制服を纏った、若い日本人女性に変化して佇んでいた。

「貴方が混乱しない様に、貴方に親しみのある風景のイメージを作成してみました。これで少しは信用して頂けますか」

 とても清潔感のある笑顔で話しかける。これが女神という物なら女神なんだろうという気がしてきた。

「ふぅ」

 今度は頭に被っていた、黒い帯の回ったフェルト帽子を脱ぎ去ると、ふぁっさっと艶やかな黒髪があふれ出し、同時に身体の衣服各所が複雑に織り込まれ、ギリシャのキトンとモダンなレディススーツをミックスした衣装にチェンジした。

「これで女神度がアップしたかしら」

 再び欠片も邪念の無い清潔感のある笑顔で話しかける。考える事全て筒抜けの様だ。

「貴方は百年もの間、人々の生活を支え暮らしを豊かにしてくれました。それがあの様な不幸な事故に巻き込まれてしまうなんて理不尽ですね。そこで貴方を人間に転生して差し上げましょう」

 さらに満面の笑顔で自信たっぷりに突然の発表。何を言っているのだという感情しか湧かない。

「え? 人間になんてなりたくないですって? 元の建築物状態に原状回復してくれれば良い? なんだか交通事故の後処理みたいな、味気ない事を言うわね」

 いやさっき不幸な事故と言ったじゃないか。

「そうだわ! 人間と大理石造りのデパート、両方の特性を持つ事にして差し上げましょうね。それにその特性が活かせる、素敵な異世界に飛ばして差し上げましょう!!」

 女神と思しき女性は笑顔で両手を合わせ、自分の提案にうっとり満足している様子だった。

(ニンゲンとデパート両方の特性て何なんだ? 素敵な異世界?)

 こちらの希望は完全に無視で、次々勝手に話を進める女神に愕然とする。頼むから止めてくれ、ただ元に戻せと必死に頭の中で願い続けた。ニンゲンに転生とか、静物から種を越えた凄い事より、ただ建物に戻す方が楽だろうにと。

「ではゆっくりと、目を閉じてごらんなさい」

 気付くと突然女神の体には、ハープが抱えられている。やはりこちらの希望は完全無視な様だ。

「え、ハープが出て来たですって? イメージの世界ですわよ?」

 どうでも良い質問には即座に答えながら、女神自身こそ目を閉じて、自分自身に酔う様に口元に笑みを浮かべ、ハープを掻き鳴らし始めた。辺りの空間には何も無いはずなのに、絃の一本一本から心を震わす音色が響き渡る。雪山遭難の様に目を閉じてはだめだ、目を閉じてはどうなるか分らんぞと自分自身に言い聞かせたが、存在しないはずの瞼が重くなり、ついには再びゆっくりと眠りの暗闇に落ちて行ってしまった。


 どこかの深い森の中、鬱蒼と茂った木々の枝葉の間から木漏れ日が差し込み、空気中の埃やら何かが冷たい空気を弾いて光線の中で煌めく。どこからともなく奏者も無く、木々の間から聞こえて来るハープの音色。旋律に導かれる様に小さなつむじ風が吹くと、ふわりと地面に散らばる落ち葉や花びらが舞い上がり、美しい音色の響きの中、一回転して花びらのトンネルを形作った。

「……ここは?」

 以前まで砂岡デパートと呼ばれていた建造物は、花びらのトンネルをくぐる様に森に出現すると、人間の姿となって静かに歩みを始めていた。

「これは手……?」

 視界には持ち上げられ、表裏くるくると回転させられる両掌があった。色合いは日本人の肌色であり、これまで普段見慣れた物だったが、サイズ的には華奢な少年の物ではと感じた。自己の精神的には立派な髭を蓄え、シルクハットを被った紳士の様な姿を想定していたが、どの様に見てもやはりひょろっとした、頼りない少年の手だった。

「足の裏が不思議な感覚がする。これが歩く……という事か」

 静かに歩みを進めながらも、森の中の湿った臭いを嗅ぎ、足裏の皮膚が、冷たい土や草や落ち葉や虫、時折ぱきっと折れる小枝、それら全てを複雑に重ねながら踏み締める感覚を、初めて味わっていた。

「……ぁーーー!!」
「……??」

 何か遠くで人の声か物音がした気がした。どうせ何の目的も無い、ここがどこかも判らない、恐怖も何も無く、興味本位のまま音がする方に向かってみようかと思ったのだった。


 ―そして先程助けた少女に出会った。

「……ぅ」

 少年は男のうめき声が聞こえて、意識を再び現在の異世界に戻した。
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