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Ⅴ 千岐大蛇(チマタノカガチ)

仮宮殿崩壊…… ②

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『現当主は猫弐矢ねこにゃ、お前だ。猫弐矢が決めるならそれで良い』
『はい……分かりました。速やかに住民避難を開始します』

 だが心の中ではまだまだ父上が当主という意識があった。

『しかし派手に避難する訳には行かないな。早速有能メイドさんよ』

 貴城乃たかぎのシューネが言った直後に、有能メイドさんが遠慮しがちに手を上げた。

『信頼のおける司令部の有能なメイドさんが何か言いたい様だが……』
『うむ』
『いいよ、聞いてみようよ』

 猫弐矢がヌッ様の魔法モニター越しに許可した。

『有難う御座います。この仮宮殿を放棄する……という事で非常に悔しいですが、この際この仮宮殿を千岐大蛇チマタノカガチに与えてしまって、此処を砂緒さまの落下地点に指定されてみてはどうでしょうか?』

 ネコミミを付けた可憐な有能メイドさんのあまりにも大胆な提案に皆一同あんぐりとした。

『ほほほ、大胆なメイドさんだことよ』
『お前に聞いてるか犯罪者鳥仮面が』
『何!?』
『お願いセレネ余計な事言わないでー』

 またもやメランが首と手を振った。

『……面白い。どうせこの仮宮殿から住人が避難するなら、ここ程分かりやすい砂緒くんの標的は無いし、クラウディア・ラティス川から離れて水の供給も断てるな』

 先程仮宮殿を放棄する事を口惜しいと言っていた猫弐矢が、もう頭を完全に切り替えて有能メイドさんの考えに賛同した。

『やってみるか……私も有能メイドさんと魔戦車に乗りながら避難の全体の指揮をしよう』
『だとすれば手をこまねいている訳には行かぬ、早速カガチがこの地を通り過ぎて、内海湖まで川沿いに抜けてしまう事が無い様に見張って来よう……』

 ル・ツー漆黒ノ天に乗る大猫乃主おおねこのぬしが言うと、メランも頷いた。

『分かりました、作戦開始です!! シューネはすぐさま避難民の誘導を! 最後の一人の避難民が仮宮殿を出た所で一斉に攻撃を開始しよう!!』
『避難民の数が多いので大変ですが、やるしかありませんね』

 有能メイドさんが頷いた。そしてシューネと彼女は早速避難民の移動の為に司令部を飛び出たのだった……

『では僕からヌッ様を使って、砂緒くん達に知らせよう……届くかな』

 
 ―クラウディア王国の遥か上空、宇宙空間高度三万八千Nキロメートル。

『する事無いですねフルエレ……』
『待つ事も仕事よ』
『貴方にそんな事を言われるとは』
『そう? 私は真面目キャラよ』
『……』

『ピーピーガーガー』

 話す二人の耳に雑音が飛び込む。

『お、通信が来ましたね』
『はい……待っていました! どうされましたか?』
『……良かったまだ通じるね、実は君達の落下ポイントが決まったよ、良く聞いてね』
『おお……とうとう。重さが無くなったとは言え、このうっとうしい鎧が脱げる』

 スナコは無重力空間でふわふわ浮きながら鎧をガシャガシャ鳴らした。

『どこなのですか!?』
『実は、僕達のヌッ様が今立っている横の仮宮殿にカガチを誘引して、そこに落下してもらう事になった』
『え!?』

 雪乃フルエレ女王は余りの事に一瞬絶句した。

『安心してくれ、避難民達は今真っ先に再避難してもらっているよ』
『そうなのね……辛い決断ね。でも分かったわ、凄く分かりやすい標的ね』
『猫弐矢にしては大胆な作戦ですなあ』

 魔法モニター画面にスナコの兜の顔が割り込んだ。

『スナコちゃん、前みたいに兄者と呼んで欲しいな。でも全ては君に掛かっている、頼むよ』
『おー』

 砂緒スナコは浮きながら頭に後ろ手に組んで適当に返事した。

『砂緒なんて返事なの!?』

 砂緒はまだわだかまりがあるのか、以前の様に兄者兄者と笑顔で呼ぶ事は無くなった。こうした所はセレネの影響をおおいに受けている。

『おーいい砂緒生きてるかーーっ!? 死ぬなよ、生きて帰って来たら、な、何でも一つ言う事聞いてやるよ』

 今度はヌッ様側で少し赤面したセレネが割り込んだ。

『おおでは巨乳になって下さい』
『無理』
『では、カガチを誘引出来た時点でもう一度通信をしよう』
『分かったわ……』

 フルエレは神妙な顔で返事をした。

『ちょっとお、今の砂緒さんとセレネの会話聞いた!? 何でスルー出来るの?? こんな緊迫した場面で今の会話聞いたあ?』

 メランが唾を飛ばしながら叫んだが、皆は聞かない事にした。

『ではワシらは、クラウディア・ラティス川に進出してカガチの接近を待とう。この機体もカガチを誘引する可能性があるからな……』
『その前に私、魔砲ライフルを在り弾全弾撃ち尽くしたいわ』
『駄目であろう、そんな事をしたら赤い怪光線で』
『あら、こっちが撃たなくとも、あっちから先に撃って来るかもよ?』
兎幸うさこ殿、大丈夫であろうか?』
『う、うん、なんとか跳ね返してみるよ、それよか会った事あるー?』

 兎幸がフェイントでまた同じ質問を繰り返した。

『無いですぞ。では行こうか……』

 大猫乃主は視線を逸らした。

『致し方ありませんな、我が桃伝説ももでんせつも行きましょうぞ』

 こうして猫乃のル・ツーと、男六人限界の限界を越えた夜叛やはんモズの桃伝説がゆっくりと出撃した……

『では我らのヌッ様も前進しようか』
『はい! 行くよヌッ様!!』
『おお』
(砂緒死なないよな)
『そうだね』
美柑ミカどこに行った?)

 フゥーが返事して、セレネと紅蓮アルフォードも続いた。


 ―仮宮殿内部。
 大勢の避難民がゾロゾロと階段を降りて再避難を始めている。シューネの目にその窓の外から、移動する巨大なヌッ様の姿が見えた。

「有能メイドくん、今こそ以前奏でていた演奏が必要な場面だな」
「シューネさま、ヌッ様が動いています」
「うん、再避難が完了するまでに此処が真っ先にカガチに狙われない様に、場所をズラしてくれているのだろう」
「はい、いよいよですね」

 なおも二人の目の前では多くの人々が困惑しながら、クラウディア王国と神聖連邦帝国両方の軍から避難誘導をされていた。

「もう私は此処で良いです。動きたくありません」
「そうだ、わしらは此処で死んでも良い」
「そうだそうだ!」
「なんで村を追い出され、また此処からもう一度動かなきゃならん!?」
「もう全てに疲れたわ」

 と、いきなり老人達を中心に避難を渋り始めトラブり始めた。それを見て、突然人々の中心に進み出る有能メイドさん。

「お願いします! 此処はもうすぐカガチに襲われて戦場になります、皆さんの安全は必ず守りますからっどうか今は誘導に従って速やかに移動して下さい、お願いします……」

 有能メイドさんはネコミミの頭を深く下げた。

「私からもお願いする。どうか従ってもらいたい……」

 シューネも微妙な角度で少しだけ頭を下げた。それを見て周囲の神聖連邦帝国軍は驚いた。普段の彼なら魔銃を撃ち鳴らして脅してでも強制退去させる様な場面であった。

「……メイドさんが頭を下げておる、行ってやろうか」

 老夫婦のお爺さんがお婆さんの腕を引いた。

「ふぅ……不満が消えた訳では無いけど、仕方が無いわね」

 渋々という感じで動かなかった老人達も退去を始めた。

「これで間に合いましょうか?」

 一人の兵士がシューネに聞いた。

「間に合わせるのだ。しかし有能メイドさんよ助かった」
「い、いいえ、シューネ様のお役に立てるなら」

 自分を引き立ててくれた貴城乃シューネの少しでも役に立ちたい有能メイドさんだった。

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