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しおりを挟む第一章 春告げキノコは、美味しいです
ある春の日の早朝、デルフィーナ・スウェンは自宅の裏山へキノコ狩りに出かけた。
彼女は、癖のある栗色の髪に灰色の瞳を持つ、十八歳の娘だ。
ことキノコ狩りにおいて、この地域で彼女の右に出る者はいない。
彼女にとって、生まれ育ったこの山は、自分の庭のようなものだった。足取りも軽やかに、迷いなく奥へ進んでいく。
(ふ……ふふふのふ。ほかの食べ物はどうだか知らないけど、キノコ狩りに関しては、地元民以上に有利な人間はいないんだよね! この間山に入ったときに、たくさん見つけた小さいキノコ、そろそろ採り頃に育ってるだろうなぁ。楽しみー!)
ここは、リナレス王国の王都から少し離れたところにある、自然の恵み豊かな山だ。その山間の小さな村が、彼女の故郷。デルフィーナはそこで、両親と三歳年上の兄とともに暮らしていた。
兄妹揃って独身だが、田舎の婚期は総じて早めだ。スウェン一家が暮らす村も、その例にもれず、女性の結婚適齢期は十五歳から十九歳。二十歳を過ぎれば、立派な行き遅れと言われてしまう。
よって十八歳のデルフィーナは、本来ならばそろそろ婚活に本腰を入れるべきである。
しかしデルフィーナに、結婚を焦る気持ちはまったくなかった。
なぜなら、彼女はひとりで立派に生計を立てられている上に、結婚したいと思えるほど好ましい相手がいないからだ。
炭焼き職人の父を持ち、彼の所有する山林に生えているキノコを採り放題の彼女は、キノコハンターとして収入を得ている。
ここ数年、王都では空前のキノコブームが続いており、キノコが飛ぶように売れたため、デルフィーナは今やちょっとした財産持ちであった。自分ひとりの食い扶持くらい、余裕で稼いでいる。
そして、幼い頃から父について山歩きをするのが大好きだった彼女は、村に住む同世代の男性陣から、『山猿』だの『野性児』だのとからかわれていた。
最近、デルフィーナのキノコ富豪ぶりに目をつけて求婚してくる男もいたが、金目当てなのがあからさますぎて、うんざりするだけだ。甲斐性なしが口にする薄っぺらな求婚の言葉など、バカバカしくてまともに取り合う気にもなれない。
結局のところ、結婚というものになんの魅力も感じていない彼女は、日々キノコハンターの仕事に励んでいる。
そんな彼女の今日のお目当ては、山で暮らす人々から『春告げキノコ』と呼ばれるキノコである。ミルク煮にすると素晴らしく美味しいデルフィーナの大好物で、ちょうど今頃が狩りのシーズンだ。
デルフィーナはわくわくしながら、慣れた山道を進んでいく。やがて自宅から三十分ほど歩いた頃、彼女の前に『春告げキノコ』の群生地が現れた。
(宝の山、見ーつっけたー!)
彼女は心の中で歓喜の叫び声を上げ、いそいそとキノコを採りはじめる。
――ほんの数時間で、彼女が背負っている籠は『春告げキノコ』でいっぱいになった。
空を見上げると、太陽がだいぶ高くなっている。
今日、家に残っているのは母だけだ。出がけに、昼までに戻ると言ってある。母は、デルフィーナが持って帰る採れたてのキノコを楽しみにしているのだ。あまり遅くなっては、申し訳ない。
今から戻れば、昼食の支度に間に合う時間に帰れるだろう。
デルフィーナはほくほくした気分で籠を背負いなおすと、帰路についた。
もう少しで自宅の屋根が見える、という辺りまで山を下りてきたとき、デルフィーナは見知らぬ男性に気づいて足を止めた。
(……ん?)
この辺りで村人と遭遇するのは、別段珍しくない。
しかし、彼女の視線の先――もう少し進めば崖があるという場所に佇んでいるのは、この場にまったくふさわしくない男性であった。
近隣では見かけない、華やかな赤い髪。すらりとした長身に、長い手足。細身ながらも、弱々しさをまったく感じさせない体つきをしている。
彼が身につけている服は、遠目にも仕立てのよさが見て取れる、上質なものだ。この辺りではお目にかかれない、シンプルでスタイリッシュなデザインである。
こういった服を着ている人間は、王都では珍しくないのかもしれないけれど、この田舎の山中ではものすごく違和感があった。
もしかして貴族だろうか。
だが、この国では、貴族はその証である剣を常に携えているものなのに、彼は帯剣していない。
とはいえ、その立ち姿は凜としていて品があった。高貴な身分の御仁であることは、間違いなさそうだ。
しかし、デルフィーナが相手の身分以上に気になったのは、彼の頭に包帯がぐるぐると巻かれていたことだ。しかもその包帯で、男性の両目は完全に隠されている。
どんな事情があるのか知らないが、この山は盲目の人間がひとりで歩けるほど安全な場所ではない。今の季節だと、冬ごもり明けの熊と鉢合わせしてしまう可能性だってある。
彼の連れは、一体どこで何をしているのだろうか。どこかで用を足しているにしても、目の見えない人間をこんなところに放置するとは、不用心にもほどがある。
彼女は、相手を驚かさないよう、できるだけ朗らかな声で呼びかけた。
「あのー、そこの方。何か、お困りですか?」
「……お?」
デルフィーナの呼びかけに、男性は気の抜けた声をもらして、ゆっくりと振り返る。
――包帯のせいで顔つきはわからないが、結構若そうな男性だ。おそらく、彼女とそう違わない年頃だろう。多く見積もっても、二十五、六歳。若ければ、二十歳前後といったところか。
(あ。ひょっとして、かなりお金持ちな貴族さまなのかな?)
青年の額にあるサークレットに気がつき、デルフィーナはそう見当をつける。
細かな紋様が彫り込まれた幅広のそれは、使いこまれた品らしく、少し黒ずんだ鈍い銀色。その中心に飾られている丸い宝玉は、見事な漆黒の輝きを放っている。これだけで一財産になりそうなシロモノだ。
キレイだなーと感心しながら、デルフィーナはにこりと笑いかけた。
たとえ目が見えない相手でも、初対面の挨拶をするときに笑顔を向けるのは、人としての基本である。
「こんにちは。わたしは、この近所に住む者なのですが……。もしかして道に迷ったのですか? よかったら、下の村までご案内しますよ。お連れの方は、どちらでしょう?」
「あ……いや。連れは、いねぇ。ひとりだ」
なんと、とデルフィーナは目を丸くした。
目の見えない人間が、ひとりでこんな山の中へやってくるとは――もしや、自殺願望でもあるのだろうか。この先の崖から身投げをするのは、死体を引き上げるのが大変なので、勘弁していただきたい。
一瞬、そんなことを考えてしまったが、それにしては青年の物腰はひどく落ち着いている。そういった物騒なお話ではなさそうだ。
とはいえ、現状彼の身が危ないことに変わりはない。デルフィーナは顔をしかめる。
「ひとりだなんて、危険すぎます。ご家族が心配していますよ」
「……心配? なんでだ?」
不思議そうに問い返してくる青年に、デルフィーナはあきれた。
「目が見えないあなたが、こんなところへひとりでのこのこやってきたら、みなさん心配するに決まっているでしょう」
そう言うと、青年は一拍置いてうなずいた。
「なるほど。それなら、大丈夫だ。オレは、目が見えないわけじゃねぇからな。おまえのことも、ちゃんと見えているぞ」
「へ?」
きょとんとした彼女に、青年は額のサークレットを親指で示しながら続ける。
「こいつは、視界補助用魔導具なんだ。この黒水晶を媒介にして、周囲の様子が見られるようになってる」
「はぁ……それは、すごいですねぇ」
魔導具というのは、魔力を孕んだ石――魔導石を使って作られた、不思議な力を発揮する便利な道具だ。一般家庭では、照明や暖房などの機能を持つ魔導具が使われている。
たしかに、裕福な人々が所有する魔導具の中には、びっくりするほど高度な技術が込められているものがあるらしい、と聞いたことがある。
しかしまさか、人間の目の代わりをしてくれるものがあるとは――一体、どれほど高価なシロモノなのだろう。想像するだけで、ちょっと恐ろしくなる。
それはともかく、青年のサークレットについている黒水晶が、彼の瞳代わりということらしい。
デルフィーナは、黒水晶を見つめて笑いかけた。他人様と相対するときは、きちんと目を見て話すべし、だ。
「お節介を言ったようで、すみません。昨日、少し雨が降りましたから、足元にお気をつけて。それでは」
ささやかなアドバイスを別れの挨拶代わりにして、デルフィーナは家に向かおうとした。
そんな彼女に、青年がふと思いついたように口を開く。
「すまん。ひとつ、聞きたいんだが――」
「はい。なんですか?」
デルフィーナは、振り返って青年を見上げる。彼は、それまでと変わらない様子で彼女に尋ねた。
「最近この辺りで、魔獣が人間を襲ったという話を聞いたことがあるか?」
「……そんなことが起こったら、とんでもない騒ぎになっていると思います」
魔獣。それは、魔導を操る獣のことである。
人間の中でも、魔導を扱える魔導士になれるのは、ほんの一握りの者たちだけ。持って生まれた魔力の保有量が大きく、その魔力を操る素質――魔力適性が高い者のみが、魔導士となる教育を受けられるのだ。彼らは己の体内や、この世界に満ちる魔力を導いて収束し、ひとつの術として顕現させる。
魔獣は、魔導士と同じかそれ以上に高度な魔導を操る、知性とプライドが非常に高い生き物であるらしい。彼らは人間と関わり合うことを厭い、己の世界で生きているという。
そんな魔獣たちが、人間を襲うなんてことがあるのだろうか。
不思議に思って首をかしげたデルフィーナに、青年はほっと息をつく。
「そうか。なら、いい」
彼はどこか安心した様子だが、デルフィーナは逆に不安になった。
多くの種が空を駆ける術を持つ魔獣たちにとって、一夜で一国を駆け抜けるというのは、さほど難しいことではない。
もし人間を襲う魔獣が本当に存在するのなら――この大陸のどこにも、安心して暮らせる場所などないということだ。
「いえ、あんまりよくないです。まさかどこかで魔獣が人間を襲ったんですか?」
デルフィーナが問いかけると、青年は軽く首をかしげた。
「襲ったというか、暴走した」
「は?」
目を丸くした彼女に、青年は淡々とした口調で言う。
「なんの前触れもなく人里に現れ、物騒な魔導を無軌道にぶちかます魔獣が、今のところ国内で八体確認されている。出没ポイントはてんでバラバラで、規則性がねぇ。事前に対処したくても、なんの手がかりも掴めていない状態だ。ただ、魔獣の巣は、この山みたいな魔力に満ちた山や森の中にあることが多いからな。警戒がてら、様子を見に来たんだが……どうやら、今のところここに危険はなさそうだ」
デルフィーナは、思い切り顔を引きつらせた。
「うちの山が魔力に満ちているなんて、聞いたことありませんけど……」
「そうか? おまえが首にぶら下げている魔導石の原石は、ここらで拾ったものじゃないのか?」
意外そうに問いかけられ、デルフィーナは勢いよく自分の胸元を見下ろす。
そこには、彼女が子どもの頃にこの山で拾った、きらきら輝く透明な石があった。あんまりきれいだったので、革ひもでくくり、オリジナルの首飾りにしたのだ。
ほかにも似たような石をいくつか拾って、机の引き出しにしまってある。
デルフィーナは、おそるおそる青年に問うた。
「あの……これって、魔導石の原石だったんですか?」
「そうだ。なんだ、知らずにぶら下げてたのか。よく今まで襲われなかったな。人も魔獣も喉から手が出るほど欲しがるシロモノだぞ」
感心したように言われたが、嬉しくもなんともない。
魔導石の原石は、豊かな自然の中で、そこに満ちる魔力が結晶化したものだ。人々から、魔導具の素体となる貴重な資源として扱われている。
一方、魔獣たちにとって、魔導石の原石は大変魅力的なエサであるらしい。そのため、力の強い魔獣の巣は、魔導石の鉱脈のそばにあることが多いという。
デルフィーナは、無言で首飾りを服の下にしまった。
今まで山歩きをする際に必ずお守りとして持っていたものだが、これからはつけるのをやめておこう、と決める。
「参考までにお尋ねしたいのですが……この首飾りって、出すところに出したら、結構なお値段がついたりするのでしょうか?」
青年は、少し考えるようにしてから答える。
「その純度と大きさなら、オレなら最低でも金貨百枚は出す」
「きんか、ひゃくまい」
デルフィーナは呆然と繰り返す。
彼の言うことが本当なら、デルフィーナが今までキノコ狩りで稼いだ金など、はした金に思えるほどの大金だ。金貨が百枚あれば、一家四人が二年は遊んで暮らせる。
デルフィーナは、しみじみとため息をついた。
「あなたがいい人で、本当によかったです……」
もしこの青年が悪人だったら、今頃首飾りを強奪された上、口封じに殺されていただろう。
彼女の言葉を聞いた青年が、ぼそりとつぶやく。
「そんなこと、はじめて言われた」
「そうですか? あなたは、いい人だと思いますけど。高貴な身分の方なのでしょうに、平民の小娘相手に威張り散らすでもなく、普通にお話ししてくれていますし」
少しの間、なんとも微妙な間があった。
それから青年は、意外そうな声で言う。
「おまえ、女だったのか。ずいぶん声が高いとは思ったが、声変わり前の少年かと思った」
(なんだと、コイツ)
相手の言いようにカチンとしたが、デルフィーナはふと自分の格好を見直す。
彼女は今、山歩きのために男物の服を着ている。日焼け対策の大きな帽子に加え、野良仕事用の手袋もしていた。
腰まである癖っ毛は、編みこんで帽子の中にしまっているので、きっと短髪に見えるだろう。常日頃から山歩きをしているため、顔はよく日焼けしている上、そばかすまである。
……客観的に見て、今の彼女は完全なる山男スタイルだった。
たしかに、少年に見えてもおかしくないかもしれない。
そう考えて、デルフィーナが相手の言葉に腹を立てたことを反省していると、青年がじっと顔を向けてきた。
「悪い。まさかこんな険しい山の中で、若い女がひとりでキノコ狩りをしているとは、思わなかったんだ」
(はぅっ)
言われてみれば、その通り。
春の山は、幼い子どもを連れた野生動物が闊歩しているため、結構危険なのだ。そんな中、ひとりでキノコ狩りをする若い娘など、デルフィーナくらいのものである。
彼が勘違いをするのも、まったくもって仕方がないことだった。
青年は、それまでと変わらない、淡々とした口調で言う。
「おまえこそ、ひとりで危なくないのか。家まで送るか?」
「いいい、いえいえいえ、ご親切にどうも! ありがとうございます! でも、本当にすぐそこですので、大丈夫です!」
やはり彼は、高貴な身分の御仁のようだ。デルフィーナが女だとわかった途端、きっちり紳士対応を繰り出してきた。
心臓に悪いが、ちょっと嬉しい。デリカシーに欠けたところのある村の若い男たちに、少しは見習っていただきたいものだ。
デルフィーナは深呼吸をしてから、赤い髪の青年を見上げる。そして、これだけは確認しておかねば、と彼に問うた。
「あの……もし、うちの村に暴走した魔獣が現れたら、どうしたらいいですか?」
「現在、魔導騎士が国中を巡回している。魔獣が現れたら、そう時間がかからず救援に来るだろう。それまで、家の中でじっとしてろ。何があっても、絶対に外へ出るな」
王室に忠誠を誓う騎士の中で、高度な魔導を操る魔導士でもある者たちを、魔導騎士という。
彼らが国民のために王国中を巡回してくれているとは、ありがたいことである。
そして、そんな軍部情報を知っているということは、この青年は王城勤めの魔導士なのだろう。
目が不自由なのに大したものだと感心しつつ、彼の額にある『目』を見る。
「わかりました。ご忠告、ありがとうございます」
「……あっ」
青年が、固まった。
何やら、狼狽しているようだ。一体どうしたというのだろうか。
「どうかしました?」
一拍置いて、彼がうなずく。
「失敗した。住人がパニックになったらマズイから、魔獣の暴走については他言するなと言われていたのを、忘れてた」
デルフィーナは、半目になった。
どうやらこの青年は、彼女が思っていたよりうっかりさんであったようだ。デルフィーナは、つい文句を言う。
「ちょっと、どういうことですか? みんなに危険なことを黙っておいて、実際に魔獣が襲ってきたときには、おとなしく食い殺されろとでも?」
「いや。正直に言えば、対処のしようがねぇんだ。魔獣の中には、攻城級魔導具レベルの力を発揮するやつらもいる。もしそういう魔獣が暴走をはじめたら、一般の民家に隠れた程度じゃ、まるで意味がねぇ」
なんだか、さらりと恐ろしいことを言われた。
攻城級魔導具といえば、国家間の戦争が起こったときにしか使われないという、とても強大な力を持つ魔導具のはずだ。
各国の防御技術の粋を集めた城塞を、破壊しうるもの。そんな魔導具レベルの力を持つ魔獣に、普通の人間が太刀打ちできるはずもない。
つまり、一般市民が魔獣の暴走に遭遇したら、逃げようもなくあの世へ一直線、ということだろうか。
顔を引きつらせたデルフィーナに、青年は告げる。
「だったら、いっそのこと何も知らせないほうが、少しでも長く平穏な時間を過ごせるだろう。パニックになった連中が騒動を起こして、人的被害が出たりしても困る。――魔導士は、万能なんかじゃねぇんだ。救える命には限りがある」
「それは……そうかもしれませんけど。でもそうなると、つるっと口を滑らせたあなたに、魔獣の暴走のことを教えられてしまったわたしは、ものすごく不運だったということになりませんか?」
じっとりと睨みつけると、青年が再び「……あっ」と声をこぼす。それから彼は、会釈するように軽く頭を傾けた。
「悪い」
「謝罪が軽い!」
デルフィーナはつい、青年を怒鳴りつけてしまった。そして、がっくりとうなだれる。
(ああぁ……。これからわたしは、お父さんやお母さんやお兄ちゃんに、こんな恐ろしい秘密を黙っていなければならないのかな? イヤ、無理でしょ。人間、できることとできないことがある!)
可愛い末っ子として甘やかされて育った彼女は、今まで何か困ったことがあれば、なんでも家族に相談してきた。両親や兄に、これほど重たい隠し事をできるはずもない。
少し考え、デルフィーナは「よし」とうなずく。
次いで、キリッと表情を引き締めて、青年を見上げた。
「とりあえず、帰って家族に相談します」
「……できれば、他言無用で頼みたいんだがな。ただ、いきなり魔獣の暴走がどうのと言っても、信じてもらえないんじゃねぇか? 下手すりゃ妄言だと思われるぞ。家族に話すなら、説明の仕方をしっかり考えてからにしたほうがいいと思う」
「はぅっ!?」
デルフィーナは、声をひっくり返した。
たしかに、いかにも身分が高そうで、高価な魔導具まで装備している青年の語ることだから、彼女は素直に信じた。
だが、その話の語り手が、しがないキノコハンターの彼女であった場合、信憑性は著しく下がるに違いない。
たとえ家族でも、デルフィーナの話をすぐに信じてくれるだろうか。
……一生懸命話せば、最終的には信じてくれるかもしれない。しかし、そこに至るまでに、ものすごく長い時間と、膨大な体力、精神力を消耗しそうな気がする。
ぐぬぬぬ、と悩む彼女に、青年が言う。
「おまえに魔獣の暴走のことを話しちまったのは、オレのミスだ。家族に相談したいなら、オレが説明するぞ」
「本当ですか!?」
なんていい人なんだ、とデルフィーナは感動した。
彼女の苦悩は、彼のうっかりに一因がある。けれど、その結果に真摯に向き合う姿勢は、ものすごく立派だ。
そもそも、魔獣が暴走しているのは、この青年のせいではない。こうしてその対処に動いてくれている彼に、しつこく文句を言うのは筋違いだ。
何はともあれ、家族とこの秘密を分かち合えるのなら、少しは心が軽くなる。
デルフィーナは、ほっとしながら青年を見上げた。
「ありがとうございます! あ、わたしはデルフィーナ・スウェンといいます。家族に説明していただくお礼に、我が家自慢の『春告げキノコ』のミルクリゾットをご馳走させてください。一緒にうちへ来てもらえますか?」
「……『春告げキノコ』ってのは、ひょっとして、その籠に入ってるキノコか。食えんのか?」
若干、腰が引けた様子の彼に、デルフィーナは胸を張ってうなずく。
「見た目は少々アレですが、美味しいですよ! ……いえ、好みがあると思うので、無理にとは言いません。えっと、キノコは抜いて、チーズリゾットにしましょうか?」
『春告げキノコ』は、大きな傘の部分が網目状になっていて、はっきり言ってあまり可愛らしい姿ではない。味は抜群なのだが、この見た目をいやがる人間がいることは知っている。
「見た目はどうでもいい。でも、そのキノコには毒があるだろ。まぁ、死ぬようなモンじゃなさそうだが……いくら美味くても、わざわざ食うことはないんじゃねぇのか」
当たり前のように断定されて、少し驚く。
たしかに、生の『春告げキノコ』を食べると、腹痛や眩暈といった中毒症状が起きる。
それを、およそキノコの種類に詳しいとは思えない、身分の高そうな青年が看破するとは――そう思ったところで、ぱっとひらめく。
「あ! ひょっとして、その視覚を補助する魔導具って、毒を見分けることもできるんですか?」
咄嗟の思いつきを口にしたデルフィーナに、青年が首を横に振る。
「これに、そんな機能はねぇ。ただの勘だ」
「なんと!? それは、すごいですね! 羨ましい!」
デルフィーナは心の底から感嘆した。
今でこそ彼女は、立派なキノコハンターとして一人前に働いている。
だが子どもの頃は、食用キノコとそれによく似た毒キノコを、しょっちゅう間違えていた。当時は両親がきちんと目を配っていてくれたから問題はなかったけれど、それらの中には、人が死んでしまうほどの猛毒を持つキノコもあったのだ。
この青年のような勘のよさが彼女にもあれば、そんな危険とは無縁でいられただろう。
非常に羨ましく思いながら、デルフィーナはにこにこと笑って言う。
「大丈夫ですよー。このキノコの毒は、茹でれば消えてしまいますので! うちのキノコは、王都でも美味しいと評判なんです。キノコが嫌いではないのでしたら、きっと気に入ってもらえると思いますよ」
「そ……そうか」
青年はあらぬ方向を向くと、「生だと毒のあるキノコを食べる方法がわかってるってことは、誰かが実験したんだろうな……」とつぶやく。
応援ありがとうございます!
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