エミリオとアリエッタ

柴咲もも

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 腕の中で凍えるように震えるアリエッタを、エミリオはただ抱き締めていた。
 季節は真冬で深夜ではあるものの、暖炉の火はまだ燃えていて、ぱちぱちと火の粉が爆ぜる音が耳に心地よく響いている。窓枠には雪が積もり、ときおり窓硝子がカタカタと風に震えていたけれど、部屋のなかは寒くはなかった。
 いや、寒かったのかもしれない。ただ、エミリオのからだは既に熱を帯びていて、寒さを感じることがなかったというだけで。

 アリエッタの身を包む白い綿紗のナイトドレスは襟ぐりが広く、ショールという目隠しを失った今、ほっそりとした首筋から鎖骨の浮き出た薄い胸元までがエミリオの目に晒されていた。
 緩く編んだ赤い髪が辛うじてうなじから肩の一部を隠してはいたけれど、燭台一つを手に階下からあの冷たい廊下を歩いてきたのであれば、凍えてしまうのも無理はないことのように思えた。

 だから、この震えはこれから起こり得ることへの恐怖とか、不安とか。そういった類のものではないはずだ。
 アリエッタはたった今、エミリオに全てを委ねると宣言したも同然なのだから。


「ほんとうにいいの?」

 胸に縋りつくアリエッタの顔を覗き込むようにしてエミリオが訊ねると、アリエッタは頬を赤らめて顔をあげ、恥らうように視線を落とした。

「はじめてエミリオ様がキスしてくださったときに、お伝えできたと思っていました。……わたしは、あなたのものだって」

 そう囁いてエミリオの顔を見上げると、アリエッタは祈るようにまっすぐな瞳で告げた。

「今までもこれからも、あなたをお慕いする気持ちは変わりません。わたしは他の誰のものにもなりません。わたしはずっと、あなたの幸せだけを願い、あなただけを想い続けて生きてゆきますから……どうか、わたしの最後のお願いを聞き届けてください」

 アリエッタの顔には優しい微笑みが浮かんでいた。声は少し震えていたけれど、きっと問い質したところで寒さのせいだと誤魔化されるに決まっている。

 今夜、エミリオがアリエッタを抱けば、その一度きりの情交の記憶があれば、幸せになれるのだとアリエッタは言いたいらしい。

 納得がいかなかった。けれど、そう思うのはエミリオの我が儘なのだろうか。
 アリエッタの言うとおり、エミリオが縁談を受け入れてしまえば、全てがうまくいくのだろうか。アリエッタとのことも、幼き日の淡い初恋の想い出に変えてしまえるのだろうか。

 潤んだ瞳を瞬かせてエミリオの顔を見上げるアリエッタの唇に、エミリオは軽い口付けを落とした。
 アリエッタの柔らかな赤い髪、宝石のような翠色の瞳も、穏やかな優しい声も、胸を揺さぶるあまい匂いも。アリエッタの全てが大好きだった。
 物心ついたときにはアリエッタがそばに居て、エミリオの幸せな思い出には必ずアリエッタの姿があった。
 アリエッタがいない人生なんて、エミリオには考えられない。

「このままお前を抱いて「はい、さようなら」って。本当に、お前はそれで満足なのか? 俺が知らない女と子供を作ってお前の前に現れても、お前は平然としていられるのか?」

 アリエッタの細い肩を両手で掴み、エミリオは嘆きにも似た声をあげた。アリエッタの眼が見開かれ、その翠の瞳に、今にも泣き出しそうなエミリオの顔が映り込む。

「言えよ、アリエッタ。我慢なんかしなくていい。正直に言えばいいんだ。お前にはその権利があるんだよ。――本当はどうして欲しい?」

 声を荒げたエミリオをまっすぐにみつめたまま、アリエッタの唇は憐れなほどに震えていた。眦に涙を滲ませて、哀しみに眉を垂れて。

「……エミリオ様……わた…、わたし……」

 それはきっと、アリエッタにとっては決して許されないことで。決して口にしてはならない願いだったに違いなかった。
 その願いを、想いを認めてしまえば、アリエッタが今までに築いてきた信頼や人々との絆が、その全てが壊れてしまうような、悪しき祈りだったに違いない。
 けれど、アリエッタは告げた。弱々しく儚い、耳を澄ませでもしなければ聞き取れないような声で。エミリオの寝間着の胸元を指先で握り締めて。
 震える声が、静寂に溢れ落ちた。

「わたしを、放さないで……」


 一瞬の間も与えなかった。
 怯えた仔犬のような目を向けるアリエッタの華奢なからだを、エミリオは掻き抱いた。
 強く、強く、その細いからだを逃すまいとするように。

「放さない! 離れたくない! 大好きなんだ、アリエッタ、愛してる!」

 止め処なく溢れ出すその想いを、胸に刻むように口にする。

 アリエッタが家族との絆を取れと言うのなら、アリエッタの望む未来がエミリオが望むものとは違うのならば、諦めようと思っていた。
 けれど、今の言葉がアリエッタの本当の望みなら、迷う必要なんて何処にもない。

「この家にとっては醜聞になるのかもしれない。でも、父さんも母さんも兄さんも、俺たちのことを頭ごなしに否定する人なんて、誰ひとりこの家にはいないよ。それに、俺はお前を好きになったことを恥ずかしいことだなんて、これっぽっちも思わない」

 言い終えたと同時に、エミリオがアリエッタの吐息を奪う。唇を重ね合わせたまま細い腰に腕を回し、そのからだを抱き上げて、ベッドの上に横たえた。
 軽くはずんだアリエッタのからだが柔らかな寝台に沈む。そのうえにエミリオが覆い被さった。

「願いごとをきくよ、アリエッタ。お前を俺のものにする。他の誰のものにもなれないように、お前の身体に俺を刻み付ける。でも間違えないで。これが最後だから抱くわけじゃない。これからもずっと、お前を放さないために抱くんだから」

 鼻先が触れる距離でそう告げると、エミリオはアリエッタの手を取って、手の甲から指先へと愛おしむように口付けていった。

「指……今年は大丈夫だと思っていたんですけど、あかぎれてしまって……かさかさで、恥ずかしい……」

 薄紅色に頬を染めて、アリエッタがはにかむように微笑んだ。唇に指先を寄せたままエミリオがくすりと笑う。

「頑張ってくれてる証拠じゃん。母さんに言って、ワセリンと手袋を用意してもらえばいいよ」

 そう言って、指先から腕、肩、首筋と、順に口付けていく。
 アリエッタの胸元を飾るりぼんがエミリオの指先に引かれ、しゅるりと音を立てた。弛んだ襟ぐりから手のひらを滑り込ませ、肩を撫でるようにしてドレスを脱がすと、エミリオは雪のように白い素肌に唇を寄せた。
 暖炉の灯りに照らされた、みずみずしく潤った肌は、しっとりとなめらかで、手のひらで撫でると吸い付くようだった。
 白い綿紗の下から露わになった、ふっくらと膨らんだふたつの乳房は、手のひらにちょうど収まる大きさで驚くほど柔らかく、指先にほんの少しちからを加えるだけでやわやわとかたちを変えた。
 ほんのりと紅いその頂きも、指先で摘むのは気がひけるほどに柔らかい。

 エミリオの喉が、ごくりと鳴った。
 それに気付いてか否か、アリエッタが手の甲で口元を押さえたまま顔を背ける。

 異常なまでに興奮しつつある自分が恥ずかしかった。けれど、ここまできて退くことなどできるはずもない。
 壊れ物を扱うように、手のひらでそっと乳房を掬い上げ、エミリオはその頂きにかぷりと喰らいついた。
 アリエッタがぴくりと身を震わせて、瞬く間にその肌を薄紅色に染めあげる。舌先で撫でまわすうちに、そこは少しずつしこりを帯びていった。左右の乳房の頂きを順々に口に含み、先端が実を結ぶまで丁寧に舌先で転がしていく。

 早鐘のように胸を打つアリエッタの鼓動が、絶えず耳に届いていた。溢れる吐息も不規則に乱れ、ときおり微かな喘ぎが混じっていた。

 少しでも長く、愛しいひとのからだに触れていたいのに。そのからだの隅々まで、余すことなく識りたいと思うのに。
 エミリオの雄は、すでにがちがちになって首をもたげており、意識は秘められたあの場所へと向かっていた。

 片方の乳房を咥えたまま、エミリオはアリエッタの脇腹を撫で、薄布を下ろしはじめた。ドレスを脱がしやすいようにアリエッタが身を捩って腰を浮かしたので、そのまま足元まで引き抜いた。
 小柄なわりにすらりと細い肢体のすべてがエミリオの前に晒された。
 自身のからだを抱き締めるように、アリエッタが身をくねらせる。その片脚を持ち上げて、エミリオはつま先から足の甲、脛、膝、そして内腿へと唇を這わせた。
 アリエッタのからだが示す過敏な反応を見逃すまいと、その瞳を輝かせながら薄い茂みをかき分けて。アリエッタの秘めたる場所へと辿りつくと、エミリオはそこを蜜に濡れた花びらごとを口に含んだ。

「んうっ……!」

 じゅるりと音をたてて吸い上げると、アリエッタはびくりと腰を浮かせ、はじめてあまい声をあげた。

「やっ……あ……エミリオ様っ……」

 びくびくと腰を震わせながら、アリエッタは手を伸ばし、エミリオの黄金色の髪に細指を絡ませる。
 けれど、アリエッタのか弱い抵抗は功を為さず、エミリオは溢れ出す蜜を飲み干して、今度は舌先で軽く内側をなぞりはじめた。

 アリエッタははじめてだから、出来る限りほぐしてやらなければ。
 けれど、エミリオにとってもこの行為ははじめてで、彼は目の前の誘惑に抗えるほど冷静でもなかった。
 まだそのときではないのだと、頭では考えているのに、エミリオのからだは着々と次の準備をはじめていた。

 蜜に濡れた口元を袖で拭い、勢いよく寝間着を脱ぎ捨てる。裸体を晒したエミリオに気がついたアリエッタは、瞳を大きく見開いて顔を真っ赤に染めあげた。

「あ……あの……」

 潤んだ瞳と震える唇が、堪らなくエミリオの情欲を煽る。
 
「ごめん、アリエッタ」

 呻くように呟いて、エミリオは桃色のひくつく割れ目にゆっくりと腰を沈めた。
 アリエッタが両手両脚を突っ張らせ、その指先が白いシーツに皺を刻む。

「んんっ……!」
「きっつ……」

 腰をひねりながら、じわじわと怒張をなかへと捩じ込んでいく。紅く染まっていたアリエッタの顔は今や蒼白で、痛みのあまり息も絶え絶えになっていた。

「あ……、はっ……」

 ぱくぱくと口を動かしながら必死に息をするアリエッタを、エミリオはちから強く抱き締めた。細切れになった吐息が首筋に触れる。肌と肌が隙間なく合わさって、心臓の鼓動までひとつに溶け合うようだった。

「ごめん……ごめん、アリエッタ。もう大丈夫、大丈夫だから」

 宥めるように背中をさすり、エミリオは何度もアリエッタに謝った。
 潤んだ瞳をまぶたで覆い隠して、アリエッタがエミリオの首に細腕を絡ませる。涙に濡れた彼女の頬に、エミリオは出来る限りの優しい口付けを落とした。

「……謝らないでください。わたし今、とても幸せですから……」

 震える声でそう囁いて、アリエッタは微笑んだ。
 蒼白だった頬はふたたび赤みが差し、そのうえをぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。けれど、そこに痛ましさはどこにもない。
 どちらからともなく、ふたりは唇を重ね合わせた。吐息を奪い、互いに舌を絡め合う。それに合わせるように、エミリオの腰がゆるゆると動きはじめた。
 
 アリエッタのなかはあたたかくぬめりを帯びていて、ほんの少し身動ぐだけでエミリオに快感をもたらしてくれた。
 次第に濡れはじめた蜜壺が、ぐぷ、ぐぷと音を立てる。柔らかくほぐれた内壁がエミリオの雄を愛おしむように締め付けていた。

「アリエッタ、アリエッタ……!」

 譫言のようにその名前を繰り返し呼んだ。
 痛みを堪えるのに必死なのだろう。アリエッタの口からは乱れた吐息が溢れるだけだったが、それでも離れまいとするように、アリエッタはエミリオのからだに縋り付いていた。

 律動的な抽送が徐々に速まっていく。暗がりのなか、荒げた息を吐く音だけが響く。エミリオが達するその際に、アリエッタがエミリオの名前を呼んだ気がした。

 暖炉の火は消えていて、煙突に続く吹き抜けに向かって細い煙が立ち昇っていた。
 窓に吹きつける風はいつの間にか止んでいて、空にはぽっかりと月が浮かび、星の海がきらめいていた。
 エミリオのベッドは酷く乱れ、血と体液で汚れていたけれど、ふたりはそのまま折り重なるように抱き合って眠りについた。
 繋いだ指先が、決して離れることがないようにと祈りながら。


 その日、ふたりははじめて共に夜を明かした。

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