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第2話 天使と小悪魔
③
***
居館と別棟を繋ぐ長い渡り廊下にふたり分の靴音が響いていた。
セルジュの私室は別棟の騎士団宿舎にある。護衛騎士を務める以上、早急に部屋に戻り、身支度を整えて王太子の私室の隣に設けられた控えの間に戻らなければならない。
護衛騎士の任務は忙しい。だから先ほどから絡んでくる小煩い小動物に構っている暇はないというのに。
大きく溜め息を吐くと、セルジュは足を止めて後ろを振り返った。
長身のセルジュと小柄なコレットでは歩幅も大分違う。早足で歩くセルジュをずっと小走りで追い掛けていた所為だろうか。肩で息をしていたコレットは、セルジュと目が合うとぱっと表情を輝かせた。
「ついてくるな。お前はリュシエンヌ様の侍女だろうが。仕事に戻れ」
素っ気なく言い放つと、コレットは息を弾ませたままセルジュの言葉を笑い飛ばした。
「それなら大丈夫です。侍女の仕事はジゼルがやってくれますから」
「どういうことだ」
「ここでのわたしの仕事は、王宮で暮らす人達を取材して、リアリティのある面白い小説を書くことなんで!」
「……は?」
セルジュが露骨に不機嫌になる。背が高く体格も良いセルジュがこうやって凄んで見せれば大抵の相手は怖気付くものだが、コレットが怯む様子はない。苛立ちを隠そうともしないセルジュを相手に、彼女はあっけらかんとして言った。
「わたし小説書いてるんですよ。で、リュシエンヌ様はわたしの小説の一番の読者様なんです」
「行儀見習いじゃなかったのか」
中流以下の貴族の娘が他家に仕える理由と云えば、行儀見習いと相場が決まっている。上流貴族の令嬢に仕え、礼儀作法や言葉遣い等を身に付けるのだ。
コレットはマイヤール辺境伯の一人娘であり、中流以下の貴族とは言い難いが、この落ち着きようの無さなら、彼女の父であるマイヤール卿が心配するのも頷ける。てっきり行儀見習いで公爵家令嬢であるリュシエンヌに仕えているものだと思い込んでいたが、違ったのだろうか。
首を傾げるセルジュの言葉に、コレットの能天気な声が続いた。
「一応、名目上はそういうことになってますけど」
あっさりと肯定されて、セルジュは思わず溜め息を洩らした。
「真面目にやれ。マイヤール辺境伯と言えば国防の要となる国王陛下からの信頼も厚いお方。その令嬢であるお前がいつまでもこの有様では、卿もさぞ頭を悩ませていることだろう」
話をしているだけで頭が痛くなる。仏頂面で眉間を押さえるセルジュを余所に、コレットは心底楽しそうに声を弾ませた。
「そんなにつんけんしないでくださいよ。一度は結婚の約束までした仲じゃないですか」
「……あんなもの、親が勝手に決めただけだ」
「もしかしてご機嫌斜めですか?」
怪訝な瞳で顔を覗き込まれ、セルジュは遂に声を荒げた。
「お前は、自分が過去に何をしたか覚えていないのか?」
純真だった少年の日の苦い記憶が蘇る。
この女がいなければ、あんなことが無ければ、セルジュの少年時代はもっと輝かしいものになっていたに違いないのに。
ことの重大さを理解しようともしないコレットの無神経さに無性に腹がたつ。はっきりと自覚出来るほどに、セルジュは険しい顔をしていた。
馴れ馴れしく話し掛けるなら、良い加減それなりの誠意を見せてもいいはずだと思っていた。だが、セルジュの意に反し、コレットはきょとんとして首を傾げるだけで、目に見えない疑問符を宙に浮かばせていた。
「もういい! 二度と俺に近付くな!」
湧き上がる怒りを押し留め、吐き捨てるように言い残すと、セルジュは足取り荒く渡り廊下を後にした。
居館と別棟を繋ぐ長い渡り廊下にふたり分の靴音が響いていた。
セルジュの私室は別棟の騎士団宿舎にある。護衛騎士を務める以上、早急に部屋に戻り、身支度を整えて王太子の私室の隣に設けられた控えの間に戻らなければならない。
護衛騎士の任務は忙しい。だから先ほどから絡んでくる小煩い小動物に構っている暇はないというのに。
大きく溜め息を吐くと、セルジュは足を止めて後ろを振り返った。
長身のセルジュと小柄なコレットでは歩幅も大分違う。早足で歩くセルジュをずっと小走りで追い掛けていた所為だろうか。肩で息をしていたコレットは、セルジュと目が合うとぱっと表情を輝かせた。
「ついてくるな。お前はリュシエンヌ様の侍女だろうが。仕事に戻れ」
素っ気なく言い放つと、コレットは息を弾ませたままセルジュの言葉を笑い飛ばした。
「それなら大丈夫です。侍女の仕事はジゼルがやってくれますから」
「どういうことだ」
「ここでのわたしの仕事は、王宮で暮らす人達を取材して、リアリティのある面白い小説を書くことなんで!」
「……は?」
セルジュが露骨に不機嫌になる。背が高く体格も良いセルジュがこうやって凄んで見せれば大抵の相手は怖気付くものだが、コレットが怯む様子はない。苛立ちを隠そうともしないセルジュを相手に、彼女はあっけらかんとして言った。
「わたし小説書いてるんですよ。で、リュシエンヌ様はわたしの小説の一番の読者様なんです」
「行儀見習いじゃなかったのか」
中流以下の貴族の娘が他家に仕える理由と云えば、行儀見習いと相場が決まっている。上流貴族の令嬢に仕え、礼儀作法や言葉遣い等を身に付けるのだ。
コレットはマイヤール辺境伯の一人娘であり、中流以下の貴族とは言い難いが、この落ち着きようの無さなら、彼女の父であるマイヤール卿が心配するのも頷ける。てっきり行儀見習いで公爵家令嬢であるリュシエンヌに仕えているものだと思い込んでいたが、違ったのだろうか。
首を傾げるセルジュの言葉に、コレットの能天気な声が続いた。
「一応、名目上はそういうことになってますけど」
あっさりと肯定されて、セルジュは思わず溜め息を洩らした。
「真面目にやれ。マイヤール辺境伯と言えば国防の要となる国王陛下からの信頼も厚いお方。その令嬢であるお前がいつまでもこの有様では、卿もさぞ頭を悩ませていることだろう」
話をしているだけで頭が痛くなる。仏頂面で眉間を押さえるセルジュを余所に、コレットは心底楽しそうに声を弾ませた。
「そんなにつんけんしないでくださいよ。一度は結婚の約束までした仲じゃないですか」
「……あんなもの、親が勝手に決めただけだ」
「もしかしてご機嫌斜めですか?」
怪訝な瞳で顔を覗き込まれ、セルジュは遂に声を荒げた。
「お前は、自分が過去に何をしたか覚えていないのか?」
純真だった少年の日の苦い記憶が蘇る。
この女がいなければ、あんなことが無ければ、セルジュの少年時代はもっと輝かしいものになっていたに違いないのに。
ことの重大さを理解しようともしないコレットの無神経さに無性に腹がたつ。はっきりと自覚出来るほどに、セルジュは険しい顔をしていた。
馴れ馴れしく話し掛けるなら、良い加減それなりの誠意を見せてもいいはずだと思っていた。だが、セルジュの意に反し、コレットはきょとんとして首を傾げるだけで、目に見えない疑問符を宙に浮かばせていた。
「もういい! 二度と俺に近付くな!」
湧き上がる怒りを押し留め、吐き捨てるように言い残すと、セルジュは足取り荒く渡り廊下を後にした。
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