異日本戦国転生記

越路遼介

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第七話 美濃の蝮、作太郎に兜を脱ぐ

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美濃国主の斎藤道三が宿泊に来る。それは宿を営む者として非常に名誉あることだ。
しかし、頼みの綱であった料理長の死により最悪の展開を迎えそうだ。

「どうやら昨夜の美味しい夕餉を作った料理人が亡くなったらしいな…」
作太郎が言うと能が
「お気の毒に…。眠っている最中に亡くなるなんて…」
「でも女将さん困っていますね。本日おエラい大将が泊りに来るようですが」
困り果てている女将を見て紗代が言った。
「これも何かの縁か…」
「そうですね。お葬式には私たちも」
「能、それはもちろんだが…俺はここの温泉が気に行ったし、もう少し泊まりたい。おエラい大将の機嫌を損ねて、この宿に活気がなくなるのは嫌だから…」
「嫌だから?」
「ちょっと助っ人をしてくるよ」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「いいうなぎがあるじゃないですか」
作太郎は登勢に『よかったら俺にやらせてくれ』と言った。戸惑う登勢と料理人たち。とにかく調理場に入れてもらった作太郎、今朝仕込まれたのか、たらいには活きのいいうなぎが所狭しと泳いでいた。
「このうなぎ、どうするつもりだったのです?」
「輪切りにして塩焼きの予定ですが…。道三様には出す気はありません」
副料理長の徳次郎が答えた。徳次郎は答えつつ作太郎に敵意むき出しだ。女将の息子の恩人という手前強気に出られない。料理人にとって自分の調理場は聖域、作太郎はまだ十五歳という武士で言うなら元服したての小僧だ。
だが中身は前世ヤンキーから消防士になった五十五歳の男、そういう人の気持ちの機微も理解できる。作太郎は
「私がこのうなぎで料理を作ります。その料理が女将と徳次郎さんの舌を満足させられたら本日道三公への料理をお任せください」
「徳次郎さん、いいかい、それで?」
「…かまいません」

『異日本戦国転生記』には料理人エンディングもあり、もちろん料理に特化したサポートカードも存在する。日本で唯一の料理の神様、千葉県の高部神社に祀られている『磐鹿六雁命』(いわかむつかりのみこと)のサポートカードを脳内のゲーム画面にセットした。これを使うと料理の神様の化身となれる。

さらに言うと『諸葛亮孔明』も料理に特化したサポートカードである。中国では孔明が肉まんを始め、多くの料理を発明したと言われているため、それが反映されているのだ。料理の腕前においては『磐鹿六雁命』には劣るものの『諸葛亮孔明』と合わせて使うと調理の手際の良さが跳ね上がる。多数の料理を同時に作ることが可能、どんなピーク時も一人で対応できるスーパー料理人が爆誕する。

かつ、前世の冨沢秀雄は料理がとても上手だった。
消防士の食事は自炊であり、包丁を握ったこともない新人が三年も経てば一端のシェフ気取りだ。食当長という役割が月に何度か順番が回ってきて、署内の職員たちの献立作成と調理を担当する。
役職が就けば、その順番が回って来なくなるものだが生憎と彼が務めた関東消防局は、たとえ大隊長でも順番が回ってくる仕組みになっている。秀雄はそんな職場に三十年以上務めたのだから自然と料理が上手になるし好きにもなる。非番や週休の日は家族の食事は彼が作っていたのだ。妻と子供たちは秀雄の料理が大好きだった。
そんな秀雄の来世である作太郎に料理の神様と諸葛亮孔明がシンクロしたらどうなるだろうか。


幸いに彼が作ろうとした料理に適した調理具はあった。さらに収納法術内から釘とうなぎ裂きの包丁を取り出してうなぎを見事に捌いていく。骨と内臓を取り除き、同じく法術内から取り出した串を差して蒸し器に入れた。徳次郎は
「そんな料理見たことがない…」
と、驚くばかり。作太郎は米も炊きつつ、うなぎの蒸しあがりを待ち、そしてとっておきを法術内から取り出した。

『うなぎのたれLv47』

秀雄が『異日本戦国転生記』にて主人公を料理人にしてプレイし、天下人の織田信長と正親町天皇に振舞ったうな重。大絶賛する信長と天皇より『天下一料理人』の称号を得てエンディングとなるが、その時に所有していた『うなぎのたれLv47』は現実にこの世界を生きる作太郎は使用可能だ。うなぎのたれは焼いたうなぎをつけ続け、調味料を継ぎ足していくもの。それを繰り返すとたれもレベルが上がるのだ。最高値は50だが45以上あれば信長と天皇を満足させられる。

蒸し器からうなぎを取り出し、炭で焼く。うちわで扇ぎ火力も調整していく。そしてたれ甕に入れて、再度焼く。登勢と料理人たちは作太郎の鮮やかな手並みに驚く一方で、そのあまりの美味しそうな香りに魅せられていった。能と紗代も最初は好奇心で覗いていたが、そのあまりの美味しそうな香りによだれが出ている。
ちょうどいい重箱は無かったのでうな重じゃなく、うな丼だ。炊き立てのご飯の上に焼けたうなぎのかば焼きを乗せて出来上がり。
「さあ、女将さん、徳次郎さん、食べて下さい」
「「いっ、いただきます!」」パクッ

「「………………!?」」

徳次郎は箸を持ったまま固まり、登勢は試食というのも忘れて一心不乱に飯とうなぎをかきこんでいく。

「旦那様、私と能様のは…」
紗代は自分が食べたかったのに、登勢と徳次郎、他の料理人の試食で無くなってしまったことに拗ねた。いつの時代も女の食べ物の恨みは恐ろしいものだ。
「ああ…。すまないな、今のは女将さんと徳次郎さんたちへの試食用だ。もしお二人に認めてもらったら二人の分を作るよ。俺も食べる。今日の昼ごはんはこれにしよう。だから機嫌を直せよ」
「もお…」
「見沼にもうなぎはいましたけれど、こんな調理法があるなんて…」
徳次郎もまた女将と同じく試食ということを忘れて一心不乱にかきこんでいく。その姿が合格ということを雄弁に語っているだろう。

「「ご馳走様でした」」
徳次郎と他の料理人たちの態度も一変した。登勢は頬にご飯粒つけたまま
「作太郎様、お見事としか言いようがございません。どうか本日の夕餉、道三様にこれをお出しください」
「作太郎殿、どうか、この料理を私に伝授していただきたい」
「ええ、いいですよ。道三公と家来衆のうな丼を作りながら、ご教授いたします」
「しかし、そのたれだけで飯の美味さが跳ね上がりますな」
「あと、さっそく三人分作りたいのですがね。俺の嫁たちが拗ねちゃって…」
「「あははははは」」
「徳次郎さん、しっかりと教えてもらってよ。このうな丼、うちの名物にするわ!」


いったん部屋に戻った能と紗代のために再び、うな丼を調理する作太郎。
女将が出来上がったうな丼を三杯、部屋に運んでくれた。作太郎も前掛けをとって妻たちと共に食べることにした。
「うん、我ながら上出来」
と、作太郎も自分の調理したうな丼を食べる。さすがはたれのレベルが47を誇るということか。能と紗代も一口食べて目を輝かせた。そして武家のお姫様として、それはどうなのかとつっこみたくなるほどの勢いで飯とうなぎをかきこんでいく。

「旦那様、さっき生業をどうするかと言っていましたね」
と、能。頬にご飯粒がついたままだ。
「ああ、そのことを相談しようとしたら先の騒ぎが起きたからな」
「これですよ、このうな丼!琵琶湖にもうなぎはいるでしょう?」
いるどころか、令和では天然うなぎとして高級品だ。うなぎの体自体が大きくて大変美味だ。戦国期なら獲るに困難は無いかもしれない。まして競争相手もいない。
紗代も同意見のよう、口の中にうなぎと飯を入れたまま、うんうんと頷いている。頬にご飯粒も。作太郎は二人の嫁が可愛いと思った。

「ああ、それいいかもな。能には旅が終わったら越前か京の都で診療所でも、と言ったものの正直言うと医者としてやっていくのは不安があった。やはり万病を治せる者というのは権力者に狙われる。弾正忠殿のように『泉は独占するものではない』と思える権力者はそういないだろうから」
「そうですね、実は私もひい御爺様に『作太郎殿を重く取り立てるべき』と言ったのですが、『ああいう男は独占すべきではない』と突っぱねられ、私は己が浅慮に恥じ入るばかりでした」
「そんなことが…」
「私のように考える人はこれから出てくると思います。医者は本当に必要な時だけ行い、本業はこのうな丼にすればよいのではと思います。私と能様も給仕でお手伝い出来ますから」
「そうだな、幸いに開業資金は今までもらった治療代で十分にある。琵琶湖畔の町でうな丼屋をやるか」
「「はいっ」」
「じゃ、さっそく今日から練習だ。女将さんに話しておくから給仕を手伝ってみないか」
「そうね、紗代様、やってみましょう」
「ええ、能様、がんばりましょう!」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

斎藤道三が草月庵にやってきた。家来衆には西美濃三人衆と言われる安藤守成、稲葉一鉄、氏家卜全を始め、不破光治、日根野弘就、そして道三の息子の義龍、孫の龍興もいた。
『異日本戦国転生記』は後世の人が『戦国時代、こうなっていたらいいな』という願望が設定として多く組み込まれている。この世界では道三と義龍は仲がいい。龍興も暗愚ではなく、道三期待の孫だ。

「父上と温泉に来るのも久しぶりですな」
「ふむ、今宵は飲み明かそうぞ、息子よ。ふはははは……ん?」
「お爺様、とてもいい香りがします」
「まことじゃな…。先に夕餉とするか?」

「いや、大殿、温泉に入ってからの方が料理と酒は美味いのでは?」
「ふむ、一鉄の言い分ももっともか。温泉にいたそう」

女将が出迎えて、道三一行はそれぞれの部屋に案内されたあと温泉に。
「ういい、いい湯じゃ…。生き返るわい」
「大殿、そういえばつい先日まで熱田神宮にいた名医殿が美濃に入ったとのことですが」
安藤守成が言った。
「そうらしいのう…」
「父上、最近お体が悪いのですから診てもらったらいかがでしょうか」
「義龍、儂はもう十分に生きた。たのもしい後継ぎとなったお前と孫の龍興もおる。今の体調の悪さも寿命の兆しであろう。寿命なら天命、受け入れるが人の道じゃ。志半ばなら生に執着もしようが、儂はもう現世に未練はない。人は死すべき時に死ぬべきじゃ。今はただ、あの世で待つ女房達に会いたいだけの、ただの老いぼれよ」
「お爺様…」
「そんな顔をするな龍興、それよりも宿の前の美味そうな香りの方が気にならんか?」
「はいっ、気になります」
「「ははははは」」

道三主従は温泉を満喫、その後に宴会場へと。続々と料理が運ばれてくる。
「おおっ、女将、これは何だ。生の魚ではないか」
「鯉のあらいです。その酢味噌をつけてお食べ下さい」
「大丈夫なのか、生の魚なんて」
義龍が訊ねるが
「はい、ちゃんと湯通しはしております。安心してお食べ下さい」
道三主従は恐る恐る口に入れたが
「これは美味いのう…!この酢味噌とやらが絶品ではないか!」
「父上、私はこんな美味しいもの食べたことありません!」
「父もだ。鯉がこんなに美味いものだと知らなったぞ」


そしてメインディッシュと言うべき、うな丼が運ばれてきた。
「道三様、当館名物の『うな丼』にございます。どうぞ」
「女将、名物とな、料理人が変わったのか?」
「はい、とくとご賞味を」
丼のふたを開けると、何ともよい香り。宿の前の香りはこれだったか。
「これはうなぎにございます。当館の料理人が考案した料理にて…」
そう女将が説明しようとしたところ、道三と義龍はさっさと口にしてしまった。そして
「なっ、なんだ、この桁外れの美味さは!」
道三主従は勢いよくかきこんでいく。すぐに終わってしまい、空になったどんぶりを悲しそうに見つめている。道三は一つわざとらしく咳き込み
「女将、この料理を作った料理人に会わせてくれぬか」
「分かりました。お連れします」

しばらくして
「私が調理いたしました。武州牢人の作太郎にございます」
廊下で道三主従に平伏した作太郎、道三と義龍は驚いた。どれほど老練した料理人かと思えば龍興と同い年くらいの少年ではないか。
「顔をあげられよ」
道三の声に作太郎が顔をあげると
「「「ほう…」」」
道三と義龍、そして百戦錬磨の重臣たちも作太郎の顔を見て
「ほう、よき面構えであるな。仲居の中にいた見目麗しい武家娘二人はおぬしの妻か?」
「はい」
さすが道三、仲居の中に武家娘がいることが分かっていたようだ。歩き方や所作で分かるのだろう。宿屋の女将さえ知っていたのだ。当然、道三の耳にも作太郎の特徴は入っているだろう。見目麗しい二人の姫を連れている若者だと。
「そうか、おぬしが稀代の名医とも呼ばれている作太郎殿か」
「稀代の名医かは存じませんが、いかにも私が作太郎にございます」
「名医であり、名料理人か…。天は二物を与えるものよ」
「恐縮です」
「ん、おかわりを人数分頼めるかの」
「承知しました。それは予想していたので、すぐにお持ちできます」
「ん、頼みましたぞ」
作太郎が去っていくと
「父上、彼を斎藤家に召し抱えることは」
「ならん」
龍興の言葉に義龍は首を振った。
「彼の医術は日ノ本の宝、美濃に留めるべきではない。ああいう人物は独占すべきではないのだ」
道三はもちろん、重臣たちも異論は挟まない。その通りだと思ったのだろう。龍興はまだ若い。優れた人材が欲しいのも分かるが、やはり信長の言う通り、作太郎は泉、独占してはならぬ者なのだ。

うな丼のおかわりを仲居たちがもって来た。能と紗代もいる。
「お二人ともよき男を捕まえましたな。逃がしてはなりませんぞ」
道三がニコニコしながら言うと
「はい、逃しません」
能が答えると、道三主従みなが笑った。そして再び食べ始める道三。
「ふう、最近食欲が落ちていたというのに、どんぶり飯二杯平らげようとはのう。この美味さの前には美濃の蝮も兜を脱ぐほかないわ」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

数日後の朝、作太郎一行は草月庵の前にいた。近江に向かう旅立ちの朝だ。
「作太郎殿、いただいたたれ、草月庵で代々受け継いでまいります」
「はい、お願いします徳次郎さん。女将さん、くどいようですが…」
「良いのです。息子の病ばかりか、当館の窮地をお助けして下されたうえ、宝のたれまでいただけたのです。このうえ宿代などもらったら当館はとんだ恩知らずではありませんか」
作太郎の収納法術内には『うなぎのたれLv47』が入っている甕が、あと七つほどあるので問題ないのだ。

「しかし、店の旗揚げのため、私の妻たちに仲居のいろはを教えて下されたわけですし」
「そのくらい、させていただけなければ。能様と紗代様は優れた仲居になりますよ」
「ありがとう、女将さん…。妻たちと話したのですが、私たちの旅は琵琶湖で終えて、うな丼の店を構えようと思います。美濃は草月庵、近江は我らとなります。今後も同業の者として仲良くしていただけたらと思います」
「こちらからお願いしたいです。お店が大繁盛するよう、ここ稲葉山から願っております」
「はい、では名残惜しいですが…」
能と紗代は仲居の仕事を教えてくれた先輩たちと涙ながらに別れを惜しんでいた。
「能、紗代、行こう」
「「ぐすっ、はい旦那様」」
こうして作太郎たちは草月庵の人々に見送られて近江の琵琶湖へと向かうのだった。

『試練【草月庵の窮地を救い、斎藤道三の舌を満足させる料理を出せ】を達成しました』
『【SSR磐鹿六雁命】を獲得しました。限界突破をいたしますか?』
『はい/いいえ』⇒『はい』
『【SSR◆3磐鹿六雁命】⇒【SSR◆4磐鹿六雁命】』特殊能力『花板』が最大レベルになりました。
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