リンドブルム王子の婚活冒険記

門音日月

文字の大きさ
1 / 6
1話 羊飼いの娘

前編

しおりを挟む
 それは遠い昔、とある国のこと。
 世継ぎに恵まれず、悩んでいる王妃様が居られました。
 そんな王妃様のところへある日、魔法使いが訪れました
 魔法使いは「赤いバラを食べれば男の子を、白いバラを食べれば女の子と授かるでしょう」と王妃様に告げました。
 王妃様は言われたとおりバラを食べたのですが、あまりのバラの美味しさに、赤いバラと白いバラどちらも食べてしまったのです。
 しばらくすると王妃様は子供を授かりました。
 ですがその子は、醜い竜の姿で生まれてきたのです。
 そして時は流れ、竜の姿の王子は花嫁を求めるようになりました。


 一人の娘がラバに荷物を載せ、街道を歩いていく。旅の連れもなく、金色の髪を風に揺らしながら歩いていく。
「お父さん、お母さん……」
 一度立ち止まり、歩いてきた道を振り返る。もう戻ることもない故郷、もう会えることのない両親を思う。
 娘は歩みを進める。
 自分は死ぬのだろう。そう考えながら、歩みを進める。
 あの日、お城からの使いが彼女の家にやってきた。王子の花嫁になれ、とのお触れを告げるために。
 王子の噂は彼女の住む村でも、聞いたことがあった。恐ろしい竜の姿をしていること。花嫁になるために来たお姫様たちが、王子の姿に恐怖すると、食べてしまったこと。
 自分もきっと、そのお姫様たちのように食べられてしまうのだろう。家を出る時に会ったあの人はそうはならない方法を教えてくれたが、自分にはやれる勇気が、いや、もしやろうものならやはり、食べられてしまうだろう。あれは、まともな人間がやれることじゃない。
 娘が己の死を覚悟しながら、一歩一歩、歩いていく。
 歩き続け、やがて森を越える道へと差し掛かった。
「一人だけど大丈夫、だよね」
 横を歩くラバを見、森へと伸びる道へ踏み込む。
 なんでこんな場所に道を作ったんだろう。不安そうに周りを見ながらそう思う。
 森の中には実りも多いが、危険も多い。獣を食らう獣は人も襲うし、何より魔物が住んでいることもある。
 獣人と呼ばれる人々の中には好んで森に住むものも居るが、彼女は只の人。獣人のように鋭い獣の牙と爪もないし、鼻や耳の感覚も彼らのように敏感でない。
 一人森に入るということは、彼女のような身にとって自殺をするのと大差はないのだ。
 だが娘は思う。自分はこれから王子に食べられてしまうのだ、森の獣に食べられてしまうのと何が違うのだろう、と。
 そう考えれば怖いものは怖いが、進むことへの躊躇いは薄くなっていく。
 まだ日の出ている時間だというのに、薄暗い森の道を娘はラバとともに進んでいく。
 森を抜けてしまえばいいと自分に言い聞かせ、足早に歩いていく。
「大丈夫、大丈夫」
 時折聞こえる枝擦れの音に怯えラバの首を撫でて落ち着こうとするが、一人であると言う事実がどうしようもなく不安と恐怖心を掻き立てる。
 明るく開けた場所ではなく薄暗い森、回りに視線を巡らせるだけで嫌な想像を掻き立てられる。
「あれ?」
 森の奥、細い木の根元、何かがいた。
 暗緑色の肌、子供くらいの背丈だか妙に姿勢が悪い。数多の大きさに比べて目や鼻、口が妙に大きい。
 ゴブリンだ。
 村に家畜を襲ったり、畑を荒らしに来るのを村人総出で追い払ったり、酷い場合は冒険者に退治を依頼したこともある。
 小さな子供程度の知恵と力しかないのに恐ろしく残酷な性格で、特に女を襲う時は凌辱の限りを作られてから殺されると聞いている。
 ラバの綱を引き、走り出す。
 森から出れば大丈夫、そんな漠然とした考えが頭のなかに浮かぶ。
 背後から不愉快な声がいくつも聞こえてくる。
 振り返っては行けないと分かってはいるが、不安からかチラリと後ろを振り返ってしまう。
 一瞬見ただけだったが、両手の指で数えるくらいの数のゴブリンがいた。
 捕まったら殺される。自分はこれから王子に食べられてしまうが、それでも死にたくはなかった。死ぬのは怖かった。
 そんな彼女を嘲笑うように、不愉快な笑い声のような声が後ろから聞こえてくる。
 ああ、追い付かれるんだ、そう思った。
 だが現実は彼女が考えるよりも残酷であった。
 頭上の枝から枝の揺れる音が聞こえた。次の瞬間、ラバの悲鳴が響く。
 ラバの上にゴブリンが乗っていた。手にしたナイフをラバに深々と突き刺して。
「あ、あああぁぁぁっ!」
 イルマの悲鳴が森に響く。
 ラバから数歩後ずさり、そこで尻餅をついてしまう。
 追い付いたゴブリン達はイルマには襲い掛からず、手にした武器でラバを殴り、刺していく。
 イルマの顔を見、これからお前もこうなるんだ、とでも言うかのような醜悪な笑みを浮かべ、既に事切れたであろうそれを切り刻んでいた。
 逃げなくては、そう思いはするものの、立ち上がることが出来ず、這うように後ずさるのが精一杯だった。
「お父さん……お母さん……」
 意味がないと分かっていて、ここにはいない両親に助けを求める。
 ゴブリン達が一斉にこちらを見、ゆっくりと近づいてくる。
 ああ、わたしはここで死ぬんだ。そう考えた瞬間、何かが彼女の横を駆け抜けた。
 娘とゴブリン達の間に、巨大な壁があった。
「セイっ!」
 風を切る音が短い間に幾度が聞こえた。
 次の瞬間、悲鳴も上げずゴブリン達の体がバラバラになり散らばる。
「娘よ、大丈夫か」
 壁が声を発した。それは壁でなく、巨大な剣を持った並の人よりも大きな体の誰かだと気づいた。
「あ、ありがとうございま……ひっ!」
 巨体の上にある顔を見上げた時、悲鳴が喉の途中まで出かかる。
 馬のように突き出た顔、大きく割けた口、頭に生えている角、暗い紫の鱗。竜だ。話にしか聞いたことはないが、目の前にいるのは竜の顔をした巨体の人だ。
 目の前にいるこの人物が、王子なのだと娘はすぐに気づいた。
 ゴブリン達に襲われた時は、まだ逃げようとすることが出来た。
 だが、この王子を前にそれは出来なかった。恐怖で体が動かないのだ。
 まさかお城に着くの遅いから、王子が自分を食べに来たのでは? 娘はそう考え、体が震え始める。
 手に持った巨大な剣で、あのゴブリン達の様にバラバラにされて食べられるのだと。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
 肩を叩かれ、体が大きく跳ねる。
 振り返ると狼がいた。いや違う、狼の獣人だった。
 銀灰色の毛皮と穏やかそうな青い瞳、腰に剣を携え鈍色の騎士の鎧を纏っている。
「ああ、騎士様! わた、わたし」
「落ち着いてください。俺達はお嬢さんはお迎えに来たんです」
 ああ、やはり自分は王子に食べられるのだ。
「城から触れが行った方で、確かイルマさんで間違いありませんね?」
「はい、この森を越えた先にある村のイルマです」
「俺達は王宮まであなたを案内するために来ました。本来なら迎えをやるべきなのに、ご自分の足で来ていただく失礼をお詫びします。申し訳ない」
 娘、イルマに手を貸し、騎士は立ち上がるのを手伝う。
「名乗り遅れました。俺は王子にお仕えする騎士のバルトロスと言います」
 優雅に礼をする騎士バルトロス。
「伝令からどの様な触れを聞いたのかは分かりませんが、お嬢さんに乱暴をするようなことはありません。望まれるのでしたら、家までお送りします」
 騎士の態度にイルマはどこか安心し、その場に座り込みそうになる。
「おいっ」
 不機嫌そうな声が後ろから聞こえる、イルマの体が石になったように固まる。
「どうしたんです、王子」
「何でお前だけ話をしているのだっ! その娘は私の見合い相手なのだぞっ!」
「ひぃっ」
「はい、王子。大きな声を出さない。こちらのお嬢さん、イルマさんが怖がられてるでしょう」
 騎士の後ろへ隠れようとするイルマ。
「だ、だがゴブリン共を倒したのは私なのだぞ。なのに何で怖がらなければならないのだっ!」
「いや、目の前で瞬間ゴブリンバラバラ何て見てからの王子の顔は、まあ色々と強烈でしょう」
 ぐぬぬ、と唸る竜顔の王子。
「あの、あなたが王子様、なんですか?」
「うむ、私がリンドブルム・フォン・ドランベルグ。ドランベルグ王国の王子である」
 胸を張る竜王子。
「して娘よ。そなたが此度、私の花嫁候補として王宮に招いた羊飼いであるな」
「は、はい。間違い、ありません」
 リンドブルムはイルマを頭の天辺から足の先までまじまじと見る。
 その様子に騎士バルトロスはため息を吐くが、その様子をリンドブルムも、イルマも気付いてはいなかった。
「確かに噂に違わぬ美しさだ。日に焼けた肌も健康的であるし、何よりそれだけ働くと言うことは勤勉で好感が持てる」
 王子がイルマに近寄ると、イルマは同じ距離だけ後ずさる。
「イルマよ、私の花嫁に」
「王子、そこまでです。一度深呼吸して落ち着いてください」
 二人の間にバルトロスが割って入る。
「俺、ここに来る前にやってはいけないこと、言いましたよね。覚えてます?」
「……あ」
 王子が固まったように、動きを止める。
「ご婦人の顔や体をまじまじと見ない。いきなり結婚を申し込まない。即破ってどうするんです」
「し、しかしだな、鉄は熱いうちに打てと言うだろうっ! 感情が燃え上がってるうちにだな」
「燃え上がってるのは王子だけでしょう。すいませんね、王子はなんと言うか、思ったらすぐに行動に移す人なもので」
 自分の後ろに隠れたイルマに声をかけ、もう一度ため息を吐く。
「ひょっとしてわたし、お触れにあった通りに、王子様のお嫁さんになるんですか?」
「うむ、そのとお」
「断っていいんですからね」
 自分騎士の言葉に、王子は口を閉じるのを忘れる。
「貴方の人生なんです。王子が結婚相手として無理なら、断って構いません」
「バルトロス、臣下としてその言葉どうなのだっ!」
「どうも何もこんな綺麗な娘さんなんですよ、故郷に恋人がいるかもしれないでしょう。もしそうなら、王子の求める条件はどうしたって満たせないでしょうが」
 バルトロスの言葉に、王子は低く唸る。
「そ、それは今本人に聞けばいいであろう。イルマよ、そなた故郷に恋人はいるのか?」
「い、いません! 結婚もまだしていません!」
 突然話を振られ、どこか怯えた声で返事をする。
 大手柄でも取ったような顔で、バルトロスを見るリンドブルム。
「だからってそれで良い訳じゃないでしょう。イルマさん、何があっても俺がお守りするので、正直に言ってください……王子と結婚したいですか?」
 リンドブルムの顔を見るイルマ。
 リンドブルム本人は何故か、自信に満ちた顔をしている。
「ごめんなさい」
「何でだっ、顔かっ? 顔が不満かっ!」
「ひっ!」
「王子、大きな声を出さない。怖がられてるでしょう」
 バルトロスは自分の後ろに隠れるイルマを庇うように、両手を広げる。
「イルマさん、何で駄目なのか聞かせて頂けます?」
 本当に恐る恐る、といった雰囲気でイルマは口を開く。
「王子様はお自分を怖がったお姫様達を食べてしまったって。だから、恐くて」
 リンドブルムはその場に跪き、深くうつむく。
「まだその噂は消えていなかったのか」
「王家と対立してる貴族もいますし、悪い噂ってのは中々消えないものですからね」
「あの、騎士様。噂って、何なんですか?」
 ハハと乾いた笑いがバルトロスから漏れる。
「王子は人を食べたりはしませんよ。もっとも今までお見合いをしたお嬢さん方は、食べられるかと思ったんでしょうね。その話に枝葉がついて、誰も食べられてなんていないのに、食べられたなんて噂が出たようなんですよ」
「噂? 本当のことじゃなかったんですか?」
「本当の訳があってたまるかっ! 私は人喰いの竜なんぞではないっ! 皆と見た目が多少違うだけの人だっ!」
 リンドブルムの目がわずかに潤んでいる。
「私は父上や母上と同じ人だっ! この姿も魔法だか呪いだかによるものなのだっ!」
「魔法? 呪い?」
「ああ、王子が生まれる前、妃殿下がなかなか御懐妊されなくてね。その時に魔法使いだか何だかが、お世継ぎを授かる魔法をかけたらしいんですが」
 王子を見て、頭を振る。
「妃殿下が決まりを守れなくて、王子があの姿で生まれたんだそうです」
「母上が悪いのではないっ! おかしな魔法をかけた魔法使いが悪いのだっ!」
「ひょっとして魔法って、バラの花を食べる、っていうのですか?」
 イルマの言葉で二人の視線がイルマに集まる。
「何故そなたがそれを知っている」
「わたしが家を出てしばらくした時に、魔法使いって名乗る人がバラの魔法と、その魔法を解く方法を教えてくれたんです」
「何だとっ?!」
 王子が瞳を輝かせ、イルマの顔を見る。
「話してみよ、その魔法使いは何と言ったのだ」
しかしイルマは暗い顔でうつむいてしまう。
「まずわたしが服を七枚重ね着して、王子様が脱げよ皮、と言ったらわたしも脱げよ皮と言って、王子様は皮を、わたしは服を脱ぎます」
 何を話し始めたんだコイツは、そう言いたげな顔に変わるリンドブルム。
「その次は私が力の限り王子様を木の枝で殴って」
「ちょっと待てっ! 皮を七回剥いで殴られねばならんのかっ?」
 王子の語調にイルマが怯え、言葉を止める。
「待ってください、王子。イルマさん、話の続きを」
「は、はい。殴った後は塩水を入れた桶、ミルクを入れた桶の順に王子様を入れて」
「皮を剥いで殴られた後で塩水にっ?!」
「そうしたら亜麻布で包んで一晩中待てば人の姿になると言われました」
 言葉が出なかった。内容のあまりの酷さに、リンドブルムは何の言葉も出なかった。
「ご」
「ご?」
「拷問か? 新手の拷問なのか? 私は存在することが罪だとでも言いたいのか、その魔法使いはっ!」
「皮を剥いで殴られた挙げ句塩水漬けなんて、拷問と言うかほぼ死刑ですね」
「で、でも本当にそう言われたんです。嘘じゃないです」
 泣き出しそうな顔で訴えるイルマ。
「いや、嘘だとは思わん。母上にいい加減な魔法を教えたような奴だ、私が人の姿になるのにとんでもない魔法を教えてもおかしくはない」
「しかも内容が内容ですからね。試してみる、なんて出来ませんよ」
「……るか」
 暗い目になるリンドブルム。
「その魔法使い、捕えるか。捕えて裁判にかけて、王族侮辱罪でも何でも罪状かけて終身刑にでも服させて一生牢獄に入れてやるか」
「いや王子、それは今は置いておきましょう。嘘か本当かは置いておいて、人になる方法があるのは確かです」
 バルトロスは考えるように腕を組む。
「ただ問題はその方法が本当だとしても、誰がやっても上手く行くかどうか、ってことでしょうね」
 自分の後ろに隠れているイルマを一度見る。
「後、場所移動しません? ゴブリンのバラバラ死体見ながら話すのも、どうかと思うんで」
「うむ、そうだな。一度森の外まで行こう。いや、イルマを家に連れて帰ってやる方がいいか」
 ラバの死体から少ないイルマの荷物を取り外し、リンドブルムが背負う。
「王子、そう言うのは俺がやるっていつも言ってるでしょう」
「私のことは構わん。お前は彼女の身を守ってやれ。私ではその、そう言うのには向かないようだからな」
 自分が側に寄ろうとするとバルトロスの後ろで小さくなるイルマを見て、リンドブルムは息を一つ吐く。
「それなんですがね、王子。彼女を王宮に連れて行きませんか?」
「何故だ? 花嫁候補として王宮へ呼んだのだ、断られたのだから家へ無事返してやるのが筋と言うものではないか」
「もし王子が人の姿になりたいと望んだ時のためです。怪しい上に命懸けのような気はしますが、方法は残しておいた方が良いかと」
 怯えられること自体はリンドブルムにとって日常であるが、怯えられたいわけではない。連れて行ったところでビクビクされるだけでは、一番居所が悪いのはリンドブルム本人なのだから。
「メイド長も人手が欲しいとよく言ってましたし、俺としても王子の側仕えが増える分にはありがたいですしね」
「確かに私の側仕えはお前とメイド長しかいないが、本人の意思と言うものもあるだろう」
「わたし、お城で働けるんですか?」
 イルマの目の色が変わっていた。怯えが消えたわけではないが、明らかに目の色が変わっていた。
「お城で働けるってことは、お給金もらえるんですよね?」
「もちろん。働き次第では給金、上がりますよ」
 金の力か、リンドブルムはそう思わずにいられなかった。
「待てイルマよ、そなた私が恐ろしいのでないか?」
 イルマは不安そうにバルトロスを見、騎士は大丈夫と言う変わりに首を縦に振る。
「恐くないかと言われたら、怖いです。でも、食べられちゃう覚悟で家を出たんです。それに比べたらお城で働けるなんて、わたしにとっては夢みたいな話です」
「そ、そうか。やる気は、あるのだな」
「なら進む方向は決まりましたね。俺達の来た道を戻りましょう」
 イルマの横に並び、バルトロスが歩き出す。二人の後ろを主あるリンドブルムがついて行くという、少し妙な光景であった。
 帯刀している二人は何かあった場合に備え剣に手を掛けたままではあるが、一人でないと言うことがイルマにとってはとても安心できた。
「あの騎士様、王子様のお付きなんですよね?」
「そうですよ。何か気になることでもあります?」
「どうして王子様、後ろを離れてついて来てるんですか?」
 どこかバツが悪そうな王子と、それを楽しげに見る騎士。
「まだ王子が冒険者家業始めばかりの頃でしたよね」
「冒険者? 王子様が?」
 イルマは改めて王子と騎士を見る。
 騎士であるバルトロスは鈍色の鎧に身を包んだ騎士らしい身なりをしている。
 それに対して王子であるリンドブルムは、まるで旅装束のような無造作な、羊飼いであるイルマよりも粗雑な服装である。
「何と言うか、悪い噂を払拭するための草の根活動と言うかだな」
「王子自信、あれこれとある悪い噂を気にしてはいるんですよ」
「しかしイルマの反応を見てまだ噂が流れていることと、この街道を整備し直す必要があることは分かった」
 リンドブルムは顎に手を当て、なにかを考え始める。
「王子の外見のせいで流れてる悪い噂を無くすために、魔物退治や護衛なんてことをやってるんです。他にもご自身で国のあちこちを見て回って、直す場所を直したりしてるんですよ」
「王子様がご自分でやられるんですか? その、家来の方に行かせるのではなく?」
「自分でやらねば意味がないからな。イルマよ、そなたには恐れられたが、王都では少なくはあるが、民達から声を掛けて貰えるようになったのだぞ」
 誇らしそうに胸をそらす。
「小さい子が珍しい生き物に駆け寄る感じで声掛けてきますよね」
「子供も我が国の民だ、好かれているのなら良い事であろう」
「それで、どうして王子様が離れて歩いてるんですか?」
 騎士の口から軽い笑いがこぼれ、王子は軽い咳払いをする。
「王子が冒険者家業を始めて間もない頃、俺が殴り飛ばされたんです。ほら、王子の尾って太くて長いでしょう。大立ち回りしてたときに、王子の尾でドカン、てね」
「それは何度も謝ったであろう。そんな面白がってしゃべらなくても、いいではないか」
「別に根に持ったりはしてませんよ、楽しい思い出の一つってだけです」
 楽しそうに笑うバルトロスに、リンドブルムは低く唸る。
「お二人って、あんまり王子様と騎士様って感じじゃないですよね。何と言うか、友達同士に見えると言いますか」
 今度はリンドブルムも笑い声をあげる。
「はっはっは、当然であろう。バルトロスは我が唯一の友、心安くいられる相手だからな」
「そう言うことです。光栄なことに王子の友として、お付き合いさせていただいてるんです」
「バルトロスが騎士の徒弟であった頃からの付き合いだ。長い付き合いではあるな」
「イルマさん、王子は外見こそ恐ろしいかもしれませんが、洒落も冗談も通じる方です。必要以上に畏まることはないですよ」
 あれこれと話しをしながら歩くうちに三人は森を抜けていた。
 周囲を確認し安全だと確認したところで、二人の手が剣から離れる。
「さて、この後はどうするかだな」
「イルマさんがいますからね、来た時と同じ方法は難しいでしょう」
「お二人とも歩いてきたんですよね?」
 顔を見会わせる主従。
「来る時は迎えもやらずにイルマさんを呼んだって聞いて、急いで来ましたからね」
「私がバルトロスを抱えて走ってきたのだ」
 意味が分からないと言った顔で、首をかしげるイルマ。
「本当に言葉の通りなんですよ。馬に乗るより、王子が抱えて走ってくれた方が早いんです」
 バルトロスを見るイルマ。身長は決して低いわけでなく、むしろ高い部類に入るだろう。鎧を身に付けているが、肩や胸の厚さは十分わかる。
 それを抱えて馬より早く走るなど、想像もつかなかった。
「こればかりは自分で体験して貰わないと分からないですからね。普通は人でも獣人でも、馬より早く走るなんて出来ないですから」
 何かいいことでも思い付いたのか、リンドブルムの表情が変わる。
「そうだ、良いことを思い付いたぞ。私が二人を抱えて、王都まで走って行こう。そうすれば日暮れ前には着くぞ」
「抱えてって、どうやるつもりなんです。剣と一緒に背負われるのはゴメンですよ」
「ぐぬ、やはり背負われるのはイヤか」
「そんなやたらデカい剣背負ってんだから当然でしょう。後、ここぞとばかりに御婦人の体に障るのは駄目ですからね」
 そのつもりだったのだろう、リンドブルムは口を閉ざし、明後日の方向へ視線を向ける。
 イルマが両腕で体を隠すように肩を抱く。
「そこまで拒否するような態度を取らなくても良いではないかっ!」
「王子の自業自得でしょうに。まあ、ゆっくり歩いていきましょう。急ぎ戻らなくては行けない理由は、今はなかったはずですから」
「そうだな、急ぎ片付けなければいけない仕事は無かったから、久しぶりにゆっくりと戻ることにするか」
 剣を背負い直し、リンドブルムは二人を見る。
「では行こうか。途中の町で一晩宿を取り、朝に出れば昼過ぎには王都に着くだろう。なに、野盗であろうが魔物であろうが我ら二人が退治してくれよう。イルマよ、安心するが良い」
 一行は歩き出した。
 とは言え王子は二人の後ろをついていく形で歩いているのだが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

それは思い出せない思い出

あんど もあ
ファンタジー
俺には、食べた事の無いケーキの記憶がある。 丸くて白くて赤いのが載ってて、切ると三角になる、甘いケーキ。自分であのケーキを作れるようになろうとケーキ屋で働くことにした俺は、無意識に周りの人を幸せにしていく。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

処理中です...