精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第9章 王都の冬

第259話【閑話】もう後に引けなくなりました

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 一瞬眩暈がしたかのように目の前が暗転し、気が付くと私の目の前には信じ難い光景が広がっていました。
 呆然と立ち尽くした私は頬を優しく撫でる温かな風で我に返りました。

「なにこれ…」

 それしか言えませんでした、こんな常識はずれな出来事に直面して他に何を言えと。

 辺り一面暖かな春の陽射しが差し込んでいます。昼でも薄暗い王都の冬に慣らされた私の目には眩しいくらいです。

 私の目の前には四季折々の花が一緒に咲き乱れる庭園が広がり、その先には立派なお屋敷が鎮座しております。

「ようこそ、わたし達の精霊の森へ!」

 子供が悪戯を仕掛けて成功したときのような得意げな顔でターニャちゃんが私に言いました。
 こんなときは年相応な無邪気な顔をするのですね。

「精霊の森ですか?」

「うん、精霊の森、詳しい話は屋敷の中でしようよ。立ち話は疲れるし。」

 そう言って、ターニャちゃんはまだ呆けている私の手を引いて歩きはじめました。
 お屋敷に向かって庭園の中を歩きます、手入れの行き届いた良い庭ですね。
 咲き誇るバラが見事です、この時期にバラが咲くような暖かさですしよっぽど南なのでしょうね。
 でも、それだとおかしいのは、目の前のラベンダーです。
 この花ってたしか、高温多湿を嫌うはず、王都以南では余り見かけないと聞いたのですが。
 
 まあ、そもそも、花壇にアネモネとチューリップはまだしも、ルピナスとかが一緒に咲いている時点でおかしいのですけど。あっちにはコスモスが咲いていますし…。

 草木の種類から推定される南北の位置関係や季節感が無茶苦茶ですね。
 ここがどの辺りなのか見当もつきません。


     **********


 庭園に植えられた草木を細かく観察しているといつの間にかお屋敷に着いたようです。
 王都では貴族街の建物はほぼ全て石造りなので、木造のお屋敷は珍しいです。
 木造のためでしょうか、王都の石造りのお屋敷にありがちな威圧感がありません。
 シックで落ち着いた雰囲気のお屋敷はとても温かみを感じ、好感が持てます。


 応接室に通され腰を落ち着けたところでターニャちゃんが言いました。

「改めて、精霊の森へようこそ、リタさん。
 ここは精霊の森にあるわたし、ミーナちゃん、ハンナちゃん三人の屋敷なんだ。
 ミルトさんが誰にも邪魔されずに仕事がしたいときも使ってもらっているの。
 ミルトさんがこれからはリタさんも連れてきたいと言うので許可を出したんだ。
 一応、わたしがここの代表者ってことになっているから。」

 精霊の森?それでは、具体的な場所は分りませんね。何と言っても、王祖様が精霊に育てられたとされるこの国では『精霊の』と冠される場所がたくさんありますからね。
 ただ、この屋敷がターニャちゃん達の持ち物でミルト様が仕事で借りていることは理解しました。
 だから、家主として許可を出していたと。

 しかし、こんな立派なお屋敷がこの子達の物なのですか、本当に何者なんだろう?

「ミルト様、ターニャちゃんはここを精霊の森と言っていましたけど、具体的にはどちらにある精霊の森なのですか?」

「あら、リタさんに精霊の森の話をしたかしら?」

「いえ、この国には『精霊の森』とか『精霊の泉』とか言われている場所って結構多いではないですか。この精霊の森がどこにあるものかと思いまして。」

「リタさんって、本当に博識なのね。
 最近の若い人の多くは『精霊の森』なんて言っても分らないと思うわ。
 でもここは、そういうのとはちょっと違うのよ、ねえ、ターニャちゃん。」

 ミルト様はターニャちゃんに話を振るが何が違うと言うのでしょうか。

「リタさんが言うのは御伽噺のような伝承がある森だと思うの。
 ここは、つい二週間ほど前に精霊が新たに作った本物の精霊の森なの。
 精霊の揺りかごだよ。」

 本物の精霊の森?二週間前に作った?いったい何を言っているのでしょうこの子は?
 それでは、本当に精霊がいるみたいではないですか。実際、御伽噺でしょう、精霊って。

 私は多分あからさまに怪訝な顔をしていたのでしょう。
 ミルト様が言います。

「リタさんはターニャちゃんの説明が理解できないみたいね。
 リアリストのリタさんには精霊が作ったと言うところが信じられないのかな。
 でも、これは本当の話よ。
 ここは、ノイエシュタットから少し南西に行った無人の荒野に新たに作られた森なの。
 ちょっと前に、ここに森を作っても良いかと聞かれたので、私も使わせて貰えるなら良いわよと許可したの。
 だいたい、リタさん、ここへどうやってきたか覚えているでしょう。
 あれが精霊の力の一端よ。」

 確かにここへ来た時に考えました。
 転移の魔法、そんな魔法は聞いたことがありません。
 でも、私は実際に自分で体験したことは否定しません。たぶん、転移の魔法というものが存在し、フェイさんという侍女がその魔法の使い手なのだろうと推測していました。

 まさかフェイさんが水の精霊だなんて思いもしませんでした。
 だって、手を握れるし、手は温かかったですよ。血の通った人間にしか思えないのですが…。

 ミルト様の説明では水の精霊の能力で泉と泉を『精霊の道』で繋いでそこを通ったそうです。
 
 でも、その話が私をからかっているのではなく、本当の話だとすると…。

「ミルト様、それが本当の事ならばミルト様をこちらに導いたスイ王女も精霊ということになりますが?」

「あらすぐそこに気が付くとは、あなた本当に頭が回るわね。
 そうよ、スイちゃんが水の精霊、ヒカリちゃんが光の精霊、ミドリちゃんが樹木の精霊なの。
 でも、これは内緒よ。」

 衝撃の事実でした、これから私は初対面の人に「あなたは人間ですよね?」と聞く必要があるかも。

 どうやら今日私をここへ連れて来たのはこの場所を紹介するのが目的ではなく、精霊にまつわる一連の話を聞かせるためみたいです。
 確かに、ミルト様と共に行動するのであれば知っておかねばならないことですね。

 その中で、ターニャちゃん達の身の上も聞きました。
 確かに特別の立場にある子供達のようです、話を聞く限り大精霊を敵に回したらシャレにならないことになってしまいます。
 私が元仕えていた若様はこんな方を目の敵にしていたのですね、知らぬこととはいえ虎の尾を踏んでいたなんて恐ろしい。こちらにとばっちりが来なくて良かった…。

 どうも私はこの国のトップシークレットに触れてしまったようです。
 きっとこれは、どうあっても私を手放さないと言うミルト様の決意の表れなんでしょう。
 もう私はこの方と一蓮托生のようです…、後には引けそうにありません…。
 
 ほんの数時間の間に、私は一生分の驚きを使いきった気がします。
 もう大概の事には驚かないでしょう。

 ええ、たとえ、無造作に設置されている薔薇のステンドグラスが、古の魔導王国の王家の紋章を象った物であったとしても…。








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