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第14章 四度目の春、帝国は

第366話 えっ、いきなり餌に食いついた?

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 試験航海は無事に進みポルトを出て五日目の昼過ぎ、目の前に大きな港町が見えてきたの。
 帝国の西部地方最大の港町ハンデルスハーフェンに到着したみたい。

「本当に途中どこの港にも寄らずに五日で着いてしまうのですな。
 従来の船では三十日を要していたので、驚くほどの速度です。」

 デニスさんが感嘆の声を上げた。
 速度が速いだけでなく、沖合いを最短距離で無寄港で進んで来るんだもね。
 それに、今回の試験航海はピオニール号に時と違って最初から全速力で航行したそうだからね。

 そして、甲板から港町が見えて一時間ほどでわたし達を乗せたフリーデン号はハンデルスハーフェンの港に接岸した。

 停泊してすぐに使いの者が港湾事務所に停泊の手続きをしに行くと共に、デニスさんが予めこの町に確保していた商館にデニスさんの到着を知らせに走ったの。

 デニスさんは、シュバーツアポステル商会に気取られないように密かに、この町に倉庫が付いた商館を確保していたみたい。
 しばらく前から少しずつ人員や運搬用の荷馬車などを手当てしていたのだって。
 大々的に動くとシュバーツアポステル商会の妨害を受ける恐れがあるので本当に少しずつ。

 しばらく待っていると港湾事務所に使いに出した人が、港の使用許可証を携えて戻って来た。
 それを手にしたテーテュスさんは、デニスさんと顔を見合わせニヤッと笑ったの。
 なんか悪巧みが成功したような笑い方だね……。

 続いて、今度はたくさんの荷車を引いた人足たちと護衛の人達がやってきた。
 護衛の人の中には見たことのある人たちもいた、何でもシュバーツアポステル商会の妨害を見越してデニスさんの商会の中でも腕利きの護衛をこの町の商館の護衛に配置したそうだ。
 腕利きの護衛というのは勿論瘴気の森を横切る隊商の護衛をしていた人達だね。

 そして、小麦やライスを入れた大量の麻袋が船から荷車に移されて行く。
 見たこともない巨大な船、そこから運び出されるおびただしい物資、周囲の注目を集めるのにあまり時間は掛からなかった。
 港には遠巻きに野次馬が集まってきたの。

 そろそろ、出てくる頃かな…。
 わたしがそう思っていたら、やっぱり出てきた。思わず噴出しそうになったよ。


     **********


 野次馬をかき分けてやってきた中年の男は、でっぷりと肥え太って醜悪な顔つきをしていた。
 身なりの良い服装をしたその男は、人足に指示をだすテーテュスさんに向かって言ったの。    

「おい、そこのおまえ、いったいここで何をしている。」

 テーテュスさんはこの男を無視して仕事の指示を出し続けた。

「おい、これ無視するな!俺は何をしていると聞いているのだ!」

 テーテュスさんに無視されたことに苛立った男は声を荒げるが、テーテュスさんはことさら冷淡に言い放った。

「うるさいな、仕事の邪魔をしないでくれ。」

 たった一言で男をあしらったの。
 
「うるさいだと!俺を誰だと思っているのだ!
 だいたい、誰に断ってここで商売をしているんだ!」

 男は顔を真っ赤にして、怒りを込めて言い放った。

「誰にも何も、港での積荷の揚げ降ろしは港の使用料を払って港湾事務所の許可を得れば良いはずだぞ。
 他に誰の許可がいるというのだ。」

 テーテュスさんは如何にも相手にするのが馬鹿馬鹿しいといった態度で男を軽くあしらったの。

「俺はシュバーツアポステル商会の支店の支配人をしているヘスリヒだ。
 この町の商いは我がシュバーツアポステル商会が取り仕切っているのだ、勝手な真似は止めてもらおうか。」

 ほー、いきなり支店のトップが出てきたの。
 これは都合がいいね、早速おチビちゃんに監視してもらおう。

「これはおかしなことを言う。
 私は帝国の法をキチンと把握して商売をしているが、専売品の取り扱い以外では商売をするのに誰の許可も要らないはずだがな。
 なあ、リタ、そうだったよな。」

「はい、そうでございますね。商いを始めるのに国ないし領主の許可は必要とされていませんね。
 ちなみに、今回取り扱う小麦とライスは専売品ではありませんのその面の許可も要りません。
 ついでに言うと、この二品目は帝国では常に不足しているので、関税も免除されています。」

 貴族然とした服装のリタさんがテーテュスさんの問い掛けに、何も問題がないことを告げる。
 リタさんたら、今一瞬、『小麦とライス』と言うところだけ声を大きくしたね、野次馬に聞こえるように。
 ほら、周囲には、「おい、あれ全部小麦だって。」、「ありがてえ、少しは安くなるかも。」なんて声がすぐに漏れるようになった。上手く拡散すると良いね。


「なんだ、てめえは!」

「私はオストマルク王国より今回の取引が円滑に行われるかを見届けに来たリタ・シューネフェルトと申します。
 聞けば町のゴロツキがここは俺達のシマだから勝手なことはするなという難癖をつけている様子。
 こちらとしては、ならず者の法に拠らない言い分に耳を貸すつもりはございません。
 もし、取引の妨害をするのであれば本国へ報告し、正式に帝国に抗議させていただきますが。」

 何の感情もこもらない声でヘスリヒを『ゴロツキ』、『ならず者』と切り捨てたリタさんに、ヘスリヒは激怒したみたい。

「この俺をならず者扱いするか、貴様!無礼であろう!」

「無礼はどちらだこの愚か者!
 平民のあなたがオストマルク王国在帝国大使館公使の私にその口の利き方をする方が無礼ではありませんか。」

 一転、リタさんが語気を強めてヘスリヒを一喝したのでビックリしたよ。
 リタさんが貴族っぽく振る舞うの初めて見た、なかなかさまになっているじゃない。

「大使館の公使?なんで、そんな者がこんなところに……。
 しかも、女とは、この女、本当に公使なのか?」

 ヘスリヒは語気を強めたリタさんに一瞬怯んだが、男尊女卑の傾向が強い帝国では女性の高級官吏などいないものだからリタさんの明かした身分が本当かどうか怪しんでいるみたいね。

 そうこうしている間にも、次々と麻袋に入った小麦やライスが陸揚げされて運ばれて行く。
 大量の積荷、しかもそれが不足している小麦らしいということが知れると周囲にはますます野次馬が集まってきた。


 流石に野次馬が集まり過ぎて、積荷の搬出作業に支障が出るかなと思っていたときのこと。

「見たこともない巨大な船が入港してきたものだから見物しに来てみれば、何だこの人だかりは。
 おい、衛兵達よ、野次馬を少し下がらせなさい。」

 そう言って、わたし達の目の前に現れたのはこれまたでっぷりと肥え太った貴族然とした男だった。
 おや、意外と早く役者が揃ったみたいね。
 


 

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