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第15章 四度目の夏、時は停まってくれない

第414話 縁の下の力持ち、リタさん動きます。

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 帝都の皇宮へケントニスさんを送ったリタさんが精霊の森の屋敷に戻って来た。
 時差ってのは不思議だね。
 ポルトで夕日を眺めていたのに、帝都に着いたらまだ日が傾き始めたところだもの。
 何度経験しても慣れないよ。

 戻って来たリタさんに私は尋ねてみた。

「ねえ、リタさんはケントニスさんのことが好きなの?」

 一瞬、ポカンとしたリタさんは何を言っているのか分からないという表情をした。

「いいえ、全然。何で私が皇太子殿下を好きなのかと思ったのですか?」

 リタさんはきっぱりと言い切り、逆に何故わたしがそう思ったかを尋ねてきたの。

「だって、この三日間、ソフィちゃんとケントニスさんが仲良くなろうとすると邪魔していたじゃない。
 ヤキモチ焼いているのかと思ったの……。」

 ただ、それだと分からないのは、ソフィちゃんにはすごく親切にしていたのよね。
 二人の仲を邪魔するなら、普通はソフィちゃんにも邪険にすると思うのだけど。

 リタさんは、わたしの言わんとすることをやっと理解したようで、こう答えたの。

「別に邪魔をしていた訳ではないのですよ。
 個人的にはお二人の仲を応援してあげたいくらいです。
 ただ、今現在、二人の仲が進展しすぎるのは色々と都合が悪いので牽制していただけです。」

 仲良くなりすぎたらダメってこと?どうして?
 ソフィちゃんは大人になったら帝国に戻って孤児救済の仕事をしたいと言っている。
 帝国の孤児の問題を早期に解決したいケントニスさんと仲良くなるのは良いことだと思うのだけど。

 わたしがイマイチ要領の得ない表情をしていたからだろう、リタさんはこう付け加えた。

「たぶん、ターニャちゃんが考える『仲良くなる』と、皇太子殿下が望んだ『仲良くなる』では意味合いが違うのです。
 ターニャちゃんは、今現在赤ちゃんを産んで育てることが出来ると思いますか?」

 なぜ、仲良くなると言う言葉と赤ちゃんが関係するのだろう?
 リタさんの問いは意味不明だ……。

「無理、わたしはまだ子供だもの。赤ちゃんなんて育てれられる訳ない。」

 大体、赤ちゃんってどうすれば出来るの?

「そういうことです。
 皇太子殿下はソフィさんに御子をもうけるようカタチで仲良くしたいと思っていたのです。
 今ターニャちゃんが答えたとおり、十二歳という年齢はそれには余りにも早すぎます。
 それ以上に、そんなことになると皇太子殿下の政治的立場が危うくなるのです。」

 現在、ケントニスさんは正式に立太子し皇太子の地位にあるが、帝国の陰で暗躍する『黒の使徒』の連中はケントニスさんが皇太子であることを快く思っていない。
 ケントニスさんを支持する派閥の貴族もそれが分かっていて、すんなりと次期皇帝になれるとは思っていないそうだ。
 そのため、自分の娘をケントニスさんの妃として差し出す貴族も現状ではいないらしい。
 それによって『黒の使徒』に目を付けられたり、自分の娘の命が狙われたりするのを恐れているらしい。

 ケントニスさんが無事に次期皇帝の座を確実にした時には婚姻の申し出が殺到するだろうとのこと。
 要は、ケントニスさんの支援者は、虎視眈々と機会を窺っているそうなの。

 そんな中で、ケントニスさんが平民の娘を妃にする、しかも既に御子がお腹にいるとなると幾つかの貴族の支援を失いかねないそうだ。
 場合によっては、自分の娘を妃にするためソフィちゃんを消そうとする者が出てくる恐れすらあると言うの。

 また、現在、わたしやハイジさんが村々を回って農業支援や診療活動をする際に、『黒の使徒』の行いを批判し、それと闘うケントニスさんの支持を声高々に広めている。
 それによって、ケントニスさんは慈悲深く、清廉な為政者というイメージが固まりつつあるらしい。
 市井の民の間にはケントニスさんを次期皇帝として期待する人達が増えているみたい。

 そうした中で、ケントニスさんが十二歳の少女と子を成したとなると、清廉なイメージがぶち壊しになるそうだ。
 その辺のことは良く分からないのだけど、大陸では年端の行かない少女と子を設けるのは倫理的な禁忌となっているそうだ。
 リタさんの話では、そうした少女を好む男性が稀にいて、性格異常者として周囲から忌避されるらしい。

 要は、ソフィちゃんに子供を作ろうものなら、ケントニスさんは性格異常者とみられ、民衆の支持を失いかねないと言うの。
 リタさんいわく、ケントニスさんのクリーンなイメージが失われる、だそうだ。

「皇太子殿下を見てすぐにソフィちゃんに懸想していると気付きました。
 最初は、皇太子殿下が少女愛好の嗜好を持つ変質者かと思ったのです。
 でも、それは勘違いのようでした。
 ターニャちゃんを見ると冷静になれるようですから。
 どうも、ソフィちゃんが大人びていて十二歳に見えないところに問題があったようです。
 きっと、スラムで苦労したことや小さな子を守っていたことが影響しているのでしょう。
 彼女、容姿が大人びているだけでなく、物腰やまとう雰囲気まで大人びているのです。
 それらが相俟って、最低でも十五、六歳に見えるのですよね。
 頭ではソフィちゃんが十二歳だと分かっていても、無意識に彼女を大人の女性と認識してしまったということでしょうか。
 まあ、今回は何も無くてよかったです。」

 わたしを見て冷静になれるって、失礼な言い方だな……。
 
 細かいことは良くわからないけど、大体理解できたよ。
 小さな女の子に子を産ませたいと思う男の人は社会的に嫌悪される存在なんだね。
 そして、最初、リタさんはケントニスさんをその嗜好を持つ人だと思ったから、あんな汚物を見るような目で見ていたんだ。

「でも良いの?
 ケントニスさんが渡していたあれ、婚約指輪の代わりだよね。
 『黒の使徒』との決着が付いたら指輪に仕立て直すって言ってたもの。
 リタさん、ソフィちゃんに受け取らせていたでしょう。
 平民が婚約者になったら拙いのでは?
 さっき言っていたじゃない。」

「あれ、男女の仲のことは分からないのに、それは分かるのですか?」

「リタさん、それは失礼だよ。
 社会の制度や大陸の風習については森を出る時までにだいたい教えてもらったよ。」

「ああ、教養面では英才教育を施されていたのでしたね。」

 帝国の王侯貴族に婚約指輪の習慣があるのはもちろん知っていた。
 でも、あれはそんな問題ではない。
 一日町の案内をしてくれたお礼に渡すような品物ではないのだから。

 あのオパールは、わたしもテーテュスさんから見せてもらったことがあるの。
 産地である南の大陸でも滅多に出ない希少な品質のモノで、テーテュスさんがオークションで競り落としたものだそうだ。

 あれは、本当は売り物ではなく店の高級感を引き立てるために置いてある物らしい。
 金貨一万枚なんて値札が付いていたら、買おうと言う人は出てこないよね、普通。
 王都で貴族の屋敷が買える値段なのだから……。

 わたしは知っている、金貨一万枚はテーテュスさんがオークションで競り落とした価格だと。
 あれが売れてしまうとテーテュスさんは大損だ、買う人はいないとタカをくくって仕入れ値を売値として付けていたのだから。
 支配人はそれを聞いてなかったのかな?

 わたしは初めて見たよ、帝国皇室発行の金貨一万枚の為替証書なんて。
 差し出された支配人も仰天していたよ。

 そんな物だから特別な意味があるに決まっているじゃない。

「それについては、既に対策があるから大丈夫です。
 ミルト様もヴィクトーリア様も今頃、北部地方への旅の最中ですので事後報告になりますね。
 ターニャちゃん、度々申し訳ないですが、明日もう一度ポルトへ連れて行ってもらえませんか。
 至急、ポルト公爵に面談します。
 本当はソフィちゃんではなく、ネルちゃんをお願いする予定だったのですが仕方ないですね。」

 リタさんは、ヴィクトーリアさんから相談されたミルトさんから支持を受けていたらしい。

『もし、ザイヒト皇子が本気で望むようであれば、ネルちゃんをポルト公爵家の養女にするための手続きを進めるように。』

 すでに、ミルトさんから実の親であるポルト公爵には話は伝わっているそうで、ポルト公爵も賢いネルちゃんがお気に入りのため承諾しているそうだ。
 あとは、ザイヒト皇子とネルちゃんの気持ち次第になっているらしい。

「帝国の宮廷に対し先程の為替証書が取り立てられるのは一ヶ月程度先になるでしょう。
 金貨一万枚もの為替証書の取立てが来れば、使途が追求されます。
 そうなると、否が応にもソフィちゃんの存在が明らかになってしまいます。
 それまでに、ソフィちゃんを公爵令嬢に仕立て上げてしまわないといけません。
 まったく、余計な手間をかけないといけなくなりました……。」

 でも良いのだろうか、ミルトさんの承諾もなくポルト公爵にソフィちゃんのことを頼みに行って。
 わたしのそんな疑問にリタさんはこう答えたの。

「国益優先ですよ、国益。
 長い歴史に中で初めて我が国から帝国の皇后を出すのですから、公爵が否という筈がありません。
 ソフィちゃんにはポルト公爵令嬢として皇太子殿下に嫁いでいただきます。
 もちろん、結婚はソフィちゃんが成人してからです。」

 ケントニスさんには、帝都に送る魔導車の中で話しはしてあるそうだ。
 王国と違い貴族と平民の垣根が高い帝国で孤児を皇后に娶るというのが認められる訳がない。
 高位貴族か王族の養女にして嫁がせるのが現実的だと。
 
 ケントニスさんにその気があるのであればポルト公爵に手を回すと伝えたところ、ケントニスさんは飛びついたみたい。

 王国でも、帝国でも変わらないようだけど、幼少の頃婚約して成人してから結婚するというのは珍しいことではないらしい。
 だから、ケントニスさんが勇み足でソフィちゃんと子をなすことがないように警戒していたみたい。

 ケントニスさんのお相手がポルト公爵令嬢であれば、派閥の貴族からも反対はないだろうとリタさんは言う。
 王国、ことに帝国との交易の窓口になっているポルト公爵とパイプを太くするのは帝国にとってもメリットが大きいはずだからと。
 
 そんな訳で、わたしは明日もう一度ポルトまで行くことになった。



 
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