422 / 508
第15章 四度目の夏、時は停まってくれない
第421話 それはまるでお伽話のような…
しおりを挟むケントニス様がお帰りになった翌日、精霊神殿の前で掃き掃除をしているとリタさんがいらした。
この方、男爵位をもつ立派な貴族様だというのに、お供の人は連れず、馬車にも乗らずに公爵邸の方から歩いてやってきました。本当に貴族らしからぬ人です……。
「おはようございます、ソフィさん。
良いところで会えました、今日はあなたに相談したいことがあって来たのです。
一緒に出掛けて欲しいので、掃除が終ったら先日私が差し上げた服に着替えてください。
私はステラ院長にお目にかかって、あなたの外出を知らせてきます。」
それだけ告げるとリタさんはサッサと精霊神殿の中に入ってしまった。
その相談とやらはここでは出来ない話なのか、私を連れて何処かへ出掛けるみたいです。
掃除の後私は寝室に戻り、同室の子に妹分二人を出かけている間見ていて欲しいとお願いしました。
あの子達も最近は孤児院の子達と打ち解けてきて、昼間は私にべったりでもなくなっています。
よく同年代の年少の子同士で遊んでいるので、少しの間目を離すことができるようになってきました。
同室の子が快く引き受けてくれたので、私は着替えて談話室でリタさんを待つことにしました。
程なくして談話室に顔を見せたリタさんは暇もなく告げました。
「準備は出来ているようですね、では参りましょうか。」
何処へ行くかは教えてくれないのですね、私、用件も聞いていないのですけど……。
リタさんに先導されて向かったのは……、精霊神殿の通用口?
「普段はこの扉は向こう側から施錠されています。
この扉の向こうは公爵邸の居住スペースに繋がっているのです。」
この通用口は公爵が精霊神殿に参る時に近道として使うものらしい。
もちろん、正式に参拝する時は正面に馬車を着けるそうだが、日頃一寸参拝する時は通用口から入ってお参りするみたい。
通用口を通るとそこには大理石で作られた白亜の宮殿がそびえています。
「この国の王族、他国の王族に比べ質素な生活しているのに宮殿は無駄に荘厳なんですよね。
なんでも、白が王族のイメージカラーらしく王家の建物は大理石造りに統一されているのです。」
公爵邸を目の前にして尻込みしている私にリタさんはそう説明をしてくれました。
リタさんは慣れた様子で裏庭を通り過ぎると、一番近い扉に私を誘導したのです。
通用口にしては立派な扉を潜るとそこには先日一度だけお目にかかった公爵様が好々爺とした笑顔で迎えてくれました。
「おお、時間通りだな。
ソフィちゃん、よく来たね。
それで、リタ君、例の件はもう説明して有るのかい。」
言葉から察するに、公爵様は私の来訪を出迎えるためにわざわざここでお待ちになったみたいです。
公爵様のような雲の上の方が直々に出迎えて頂けるといったい何の用なのでしょうか。
「いいえ、申し訳ございません。
いかんせん、最重要機密なので人前で迂闊に話す訳には参りませんので。
これから、説明させていただきます。」
ええっと、人前で話せないような重要機密を私のような小娘に聞かせようと言うのですか?
公爵はリタさんの言い分に納得すると、私達は公爵家の私的な応接室に通されました。
そこに腰を落ち着けると、公爵の隣に座るリタさんが前置きもなしに言ったのです。
「帝国の皇太子ケントニス様がソフィさん、あなたを妃にと望んでいます。
しかし、帝国では平民が皇族に嫁ぐことなど、とうてい認められるものではありません。
ケントニス様のところへ嫁ぐことを望むのであればあなたを貴族の子女とする必要があります。
ついては、ポルト公爵があなたを養女にしても良いとおっしゃっています。
この申し出を受けられるかどうか、ソフィさんの希望を聞かせていただけますか。」
確かに、他人に聞かせられる話ではなかった……。
帝国の皇太子が平民、それも孤児を妃にしたいと言っているなんて、大きな醜聞になってしまう。
ケントニス様が私を望んでくださった、それはとても嬉しいことです。
本当なら、ここでハイと返事をしてしまいたい、でも……。
「私がこのお話しをお受けしたいと申し上げたら、これからの暮らしはどうなるのでしょうか。」
これを聞いておかないと迂闊に返事は出来ません。
「あなたには今日にでも孤児院から公爵邸に移ってもらいます。
取り急ぎ貴族の振る舞いや礼儀作法を学んでもらうことになります。
おそらくこの二、三ヵ月の間に帝国より使者が来られると思います。
それまでには、貴族の子女としての最低限の振る舞いは身に付けてないと拙いのです。」
リタさんの説明によると、昨日頂戴したペンダントの請求が一ヶ月ほどで帝国の宮廷に行くそうだ。
あのペンダント、貴族のお屋敷が買える程の価格だったらしく、ケントニス様に使途の説明が求められるはずだとリタさんは言います。そこで、私の存在が明らかになると。
おそらく、帝国政府はすぐに私の意向を確認するため使者を遣すだろうとリタさんは言うのです。
それが、二、三ヶ月後ということ、それまでに使者と面談した時に貴族らしく振る舞えるようにしなければならないそうです。
余り時間的猶予がないので、今日中に孤児院からここへ移れということみたい。
「私もケントニス様をお慕いしています。
とても嬉しいお話なのですが、その申し出を受ける訳にはいかないのです。
リタさんもご存知の通り、私にはスラムから一緒の子が二人おり、その子達の心の傷は深く私が一緒でないと夜眠ることが出来ないのです。
せめて、あの二人が私がいなくても平気になるまでは孤児院を離れる訳にはいかないのです。」
そう、私を母親のように慕うあの二人を放り出すわけにはいかない、せめて私がいなくても眠れるようになるまでは。
すると、今まで黙っていたポルト公爵がおっしゃったの。
「君は、皇太子のことが好きなのかい?嫁いでも良いと思うくらい。」
「はい、私はケントニス様のことを心の底からお慕いしております。」
私は偽りの無い気持ちを公爵様に申し上げました、すると……。
「ふむ、それであれば問題はないな。
私は一人娘を兄貴に取上げられてしまい、寂しい身なのだ。
兄貴が王位を娘婿に譲る時、私もポルト公爵を返上するつもりなのだが。
私は王都に戻らず、叔父貴にあたる先代ポルト公爵と同様この地で余生を送ろうかと思っている。
その時、夫婦二人ではいささか寂しいのではないかと思っているのだ。
どうだろうか、その二人も私が引き取ろうではないか、私の娘として。
私も妻も賑やかになるのは大歓迎だよ。
それに、もう一人養女にする予定があるのだ、二人も四人も大して変わらんよ。」
公爵様は鷹揚におっしゃったの。
なんと言う寛大な方なのだろう、私達のようなスラム育ちの孤児に気を使ってくださるなんて。
でも、本当に三人もお世話になってしまって良いのでしょうか。
私が、そんな負い目を感じていると。
「何も、遠慮することは無いぞ。
私も為政者の端くれ、善意だけで言っている訳でもないのでな。
君が皇太子に嫁いでくれるとこのポルト公爵家から、次の帝国皇后を出すこととなる。
これは帝国と王国の結びつきが強くなるだけでなく、ポルトの町の重要性がより増すということだ。
ポルト公爵家は王家の一部で一代限りだが、この町から帝国の皇后が出たことは残るからね。
それと、その二人うちどちらかでも私達の手許に残ってくれたら老後に寂しくなくて良いだろう。
だから何の負い目を感じることはない、皇太子の許に嫁ぎたいのであれば私の娘になりなさい。」
公爵様が、遠慮している私に気遣って、お言葉を下さいました。
公爵様の言葉に後押しされて、私は公爵様のお世話になることを決めました、ケントニス様に嫁ぐため。
この日、私は二人の小さな妹分を連れて孤児院を出ることになりました。
孤児院を出る時、ステラ院長が、「幸せになるのよ」とお言葉をくださいました。
僅か一ヶ月ほどでしたが、温かい食事と清潔な寝床、そして素敵な出会いを与えてくれた孤児院に改めて感謝したのです。
**********
恵まれない孤児に訪れた奇跡のような幸せ、お伽話ならそこで終るのでしょう。
でも、現実はそうはいかないようです…トホホ…。
孤児院から公爵邸に移ったその日、公爵様と奥様は妹分二人に『おじいちゃん』、『おばあちゃん』と呼ばせて相好を崩していました。
可愛い孫であるフローラ姫が生まれると同時くらいにポルト公爵を任命された公爵様はフローラ姫の一番可愛い時期を見ることができなかったそうです。
妹分くらいの小さな子供に、『おじいちゃん』、『おばあちゃん』と言われて甘えてもらうのが夢だったそうです。夢が叶って終始上機嫌です。
普段は人見知りをする妹分も、ねこっ可愛がりしてくれる公爵夫妻に警戒心を解いたのかすぐに打ち解けてしまいました。
そして、私ですが……。
歓迎はされています、しかし、…。
奥様、いえ、お義母様は初対面の挨拶の後言ったのです。
「今日から、私はソフィさんの実の母になります。ソフィさんもそう思ってくださいね。
母親である以上、娘を何処に出しても恥ずかしくないように育てる義務があります。
私の母も孤児でした、しかも、ソフィさんと違い何の準備もなく侯爵家に嫁いだのです。
ロクな貴族教育もされずに社交界に放り出され大変苦労したと聞きました。
私はあなたにそんな苦労はさせたくありません。
あなたは帝国の皇后となるのです、身を入れて教育しませんと恥をかきますよ。
厳しくいきますので、覚悟してくださいね。」
にこやかな笑顔で大変優しい口調で話してくださったのですが、内容は鬼のようでした。
事実、翌日からお義母様から鬼のような指導を受けることになります。
立ったときの姿勢から始まって、歩き方や座り方など、立ち居振る舞いの一つ一つに注意が入ります。
そしてテーブルマナー、孤児院よりはるかに豪華な食事が出されますが、スープの飲み方からダメ出しが入るようでは味わって食べることも出来ません。
本当に辛いです……。
不思議なことにリタさんが、今は私が公爵の養女になるための事務手続きを進めてくださっているのですが、その合間に来ては私と一緒に貴族の子女の振る舞いを学んでいきます。
リタさんいわく。
「私も俄か貴族なので、こういう貴族教育を受けたことがないのです。
せっかくの機会ですから、時間のあるときにはご一緒させていただこうかと思いまして。」
さすが、短期間で出世されたと言う才媛です、向上心が凄いです。
私も泣き言を言っている場合ではないですね。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2,255
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる