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27.姉ちゃんとの団欒
しおりを挟む姉ちゃんの仕事が終わるのは夜だ。
話し合うにしても、帰ってくるまでには、まだまだ時間がかかる。
なら今日の夕飯は俺が作ってやろうと、久しぶりに台所に立ってみることにした。
普段は姉ちゃんがご飯を作ってくれているんだけど、バイト先で料理を覚えてからは、たまに俺も作ったりする。
バイト先のおばちゃんのおかげもあって、作れるレシピもだんだん増えてきているしな。
ただウチの惣菜屋は和食メニューが多いから、俺が作れる料理も自然、和食中心になっている。
何を作ろうか迷ったけど、前に姉ちゃんに作って好評だった「蓮根のはさみ揚げ」にしてみようかな。
あれの進化版を、この間おばちゃんに教えてもらった所だし。
あとは彩りが欲しいなと思って「スナップえんどうと人参の胡麻和え」も追加。
味噌汁は…んー、ネギと油揚げでいいかな。
帰る途中のスーパーに寄ると、目当ての食材を買い込んでから帰宅した。
さて、と腕を捲くりながら台所に立つ。
味噌汁用のお湯を沸かしてる間に、厚めに切った蓮根を酢水につけておいた。
その間に下味をつけたひき肉を準備していく。
終わったら水気を切った蓮根に、ひき肉を挟み込んで片栗粉をまぶすだけ。
これではさみ揚げの準備はいいかな。
熱いうちに食べてほしいから、焼くのは姉ちゃんの帰宅に合わせるつもり。
他の食材も、いつもより時間をかけて準備をしていく。
まだ簡単なものしか作れねーし、切るのも下手くそだけど、ちゃんと美味しいと思えるものを作ってやりたい。
「ん。よし、はさみ揚げ以外はこれで完成かな!」
あ、姉ちゃんにメールしておかねーと。
スマホを取り出して、メッセージを打ち込んでいく。
『今日のメシは俺が作るから、帰るときに連絡くれ』
送信。
スマホをテーブルの上に置こうとしたところで、姉ちゃんから『了解』のメッセージが入った。
よしよし。
あとは姉ちゃんが帰ってくるまでの間、ちょっと眠ることにする。
色々考えすぎたせいで、今日はすげー疲れた。
◆◆◆
「おぉおおっ、めっさいい匂い~。美味しそう!」
「俺が作ったんだもん、当たり前じゃん。さっさと着替えて飯にしようぜ」
「ん! 急いで着替える!」
帰宅するなり、テーブルの上に並んだ料理に目を輝かせる姉。
そうだろう。そうだろう。
頑張って作ったからな。喜んでもらえて良かったよ。
疲れたような顔つきの姉ちゃんを労いつつ、一緒に飯を食っていると、やっといつもの日常が戻ってきた気がした。
今日は『Ω』という文字に散々振り回された気分になっていたけど、こうして姉ちゃんと話していると、別に大した問題でもないように感じてくる。
Ωっていっても、βの中にほんの少し紛れてるってだけの話だし。
(……姉ちゃんがいて良かったな)
俺は多分、かなり姉ちゃんに依存しているんだろうって思う。
姉ちゃんがそこいるだけで、なんとなく安心出来るし。
「この蓮根のはさみ揚げ、シャキシャキしてて美味しいんだけど! タレも美味ぁ!」
「ひき肉の中にも細かく蓮根入れてんだよソレ。へへっ、手間はかかるけど美味いだろ?」
「最高っ! あたしは良い弟をもって幸せだわ。ふふふっ、よしっ。今日は気分がいいからビールを飲んじゃお!」
「ハハッ。明日も仕事なんだから、飲みすぎんなよ」
「分かってるわよー」と言いながら、冷蔵庫から缶ビールを取り出す姉ちゃんを見守る。
(良い弟か……)
さっきの何気ない一言に、ドキっとした。
(親に押し付けられた俺のせいで、楽しい時期が全部台無しになったって言うのに、何で幸せなんだよ。ご飯だってたまにしか作ってやらねー奴が、良い弟なわけないじゃん。人が良すぎだろ)
「馬鹿じゃん、ほんと……」
思わず独り言ちる。何か泣きだしたい気分になってきた。
戻ってきた姉ちゃんがビールのプルトップを開けながら、急に真面目な顔で俺を見てきた。
「──で? 何かあったのアンタ?」
「……は?」
「なんとなーく、少しだけおかしいから。アンタの表情。ちょっと気になった」
うーん……。
顔には出していないつもりだったのに、あっさりと気づきやがった。
さすがは姉ちゃんて所なんだろうけど、バツが悪い。
「ん─…、まぁ、ちょっと。ホントはご飯の後に話そうかなって思ってたんだけど…」
「飲んでる間くらいなら、聞いてあげるけど?」
「飲んでる間だけかよ……はいはい」
観念した俺は、姉ちゃんにバース結果の事と、幸子先生に言われた言葉を伝えた。
俺の中にΩが混ざっているって聞いた時は、流石にビックリしたのか息を呑んでいたけれど、俺が話し終えるまでの間、姉ちゃんは黙って耳を傾けてくれていた。
「──なるほどねぇ。でもΩの数値って僅かなんでしょ? なのになんでアンタは、そんなに深刻な顔してんのよ。 このまま普通に生活していたら、βのままでバースが確定するって先生は言ってくれたんでしょう?」
姉ちゃんが不思議そうに首を傾げている。
まぁ、普通に暮らしていたらそうなるんだけどさ。
ただ俺は……。
「先生にはそう言われたんだけどさ、俺……なんだったらΩとして生きてもいいかなって思ってる」
「はぁっ?! 生活が一変するっていうのに?」
ダンッ!と飲んでいた缶ビールをテーブルに叩きつけると、驚いたように俺に詰め寄ってくる。
ちょ……っ、ビール! あぁ、もうっ。
胡麻和えに少しかかっただろうが。
「アキっ。人が話している時はちゃんとこっちを向きなさいって、姉ちゃん教えたでしょっ」
「落ち着けって。さっきも言ったけど、Ωになると20万円の生活費が振り込まれるんだよ。そしたらさ、今の生活ももっと楽になるんじゃねぇの? 俺もバイトはしているけど、やっぱ女の姉ちゃんの給料で、俺まで養うなんてキツ過ぎだろ? 病院代だってタダになるみたいだし…」
「何よアンタ。この慎ましやかな生活に、文句でもあるっての?」
姉ちゃんが目を据わらせてきたから、慌てて否定する。
「違うって!俺は全然文句なんてねーよっ。たださ……やっぱ悪いと思ってるし。姉ちゃん若いのに、俺のせいで友達と遊びにも行けてないだろ? 生活が楽になったら、もっと自由に行動出来るんじゃないかと思ってさ」
「アンタに心配されなくても、あたしは十分楽しく暮らしてるけど?」
「うん…そうなんだけどさ……」
ここで言うか言わないか迷って口を噤んでいたら、話せといわんばかりに姉ちゃんが顎をしゃくってくる。
う……。怖いです、姉ちゃん。
「あー…、ほら、あれだよ! 姉ちゃんは隠してるようだから言い出しづらかったんだけど、最近いるだろ? その……付き合ってる奴が」
男っ気がなかった姉ちゃんが恥ずかしがるかと思って、今まで指摘した事はないけどさ。
話せと言われたから話したけど、姉弟間でこの話は何となく気まずい。
視線を逸らしながら彼氏の事を口にしたら、飲んでいたビールで、姉ちゃんが盛大に噎せ返っている。
うわ……。
だから言いたくなかったんだって。
「ガハガハッ、ゲホォォオ! あ、あああああんたいつからそれ…っ!!」
「あー……、結構前から。スマホに着信くる度に、ニヤニヤしながら自室に行かれたら、そりゃ誰でも気づくって」
「やだっ、もう最悪! 弟にバレてたなんて……死にたい」
真っ赤になりながら、顔を覆って上を向く姉ちゃん。
まさかこんなに恥ずかしがられるとは、思ってなかったんだって。
「いや、その歳なら男くらいいても普通だろ。もうバレちゃったんだし、これからは気兼ねなくお泊りとかもすればいいじゃん」
「──…ッ!? バーカ、バカバカバカ!アホ!! なんてこと言ってんのよアホッッ!」
恥ずかしいのは分かるけど、罵倒が小学生並かよ……。
「いや、本気でさ。その人と真面目に付き合ってんなら、結婚とかの可能性もあるんだろ? 今は生活するのに必死で、貯金だってほとんど無いじゃん俺ら。……俺さ、姉ちゃんには感謝してるんだよ。十分尽くしてもらったと思ってるし。だからさ、今度は姉ちゃんが自分の幸せをちゃんと掴めよ」
「──それ、本気で言ってんの?」
「当たり前だろ。そろそろ姉離れの時期だろうし、ちょうど良かったんだよ」
自嘲するように苦笑した途端、姉ちゃんがガタンッと音を立てて椅子から立ち上がった。
勢いそのままに、ズカズカ俺に近づいてくる。
呆気に取られる俺に拳を振り上げると、それを容赦なく俺の頭へと振り下ろしてきた。
「──痛ッッ!!」
ガツッという音と共に、目から火花が飛んだ。
い、痛ぇええ……!
容赦ない拳骨が痛すぎて、頭がクラクラしてくる。
痛みに悶絶する俺に、姉ちゃんの怒声が被さってきた。
「このアホ!バカッ! このあたしが弟を犠牲にして、自分だけが幸せになれると思ってんの! アンタが進んでΩになりたいなら、そりゃ応援くらいしてあげるわよ。フォローだってちゃんとしてあげる! でもね、なりたくもないΩに『あたしのため』になるっていうなら、全力で止めるわよ!!」
「………ッッ!?」
姉ちゃんの剣幕に目を白黒させながらも、痛む頭を押さえて黙って見ているしかない。
そんな俺に姉ちゃんが低い声で、
「──で? ちゃんと分かったの?」
「……は?」
「あたしが言った言葉。分かったの?って聞いたの。分かったんならごめんなさいして」
「……え?」
「理解してもしなくても、ごめんなさいしてって言ったのっ。あたしはすごーーく傷ついた。手塩にかけて育てた弟が、自分を犠牲にするって言ってんのよ。しかも理由を聞いたらアタシに遠慮してる? はぁっ!? こんな耐え難いことってある? ねぇ!」
姉ちゃんの目が怖い。
これはあれだ、マジギレしてる?
「え、と。……ごめんなさい?」
「語尾のクエスチョンマークが気になるけど。許す。これでこの話しはナシにしてあげる」
姉ちゃんは満足したように頷くと、席に戻って再び箸を手に取った。
「よし、じゃ少し冷めちゃったけど、ご飯の続きにしよっか」
「お、……おう」
「うんうん、お味噌汁もちゃんと出汁が効いてて美味し~」
「お、おう。ちゃんと出汁も入れたしな」
姉ちゃんの切り替えの早さにちょっとついて行けないけど、とりあえず俺も箸を手にする。
俺が良かれと思って言った言葉が、姉ちゃんを傷つけていたなんて考えもしなかった。
きっと俺が後で落ち込むと思ったから、あんな形で両成敗にしたんだろうけど。
(ほんと……不器用な奴)
味噌汁を飲もうとした所で、姉ちゃんが思い出したように声をかけてきた。
「……アンタはさ」
「ん?」
「アンタはさ、バカなんだから大人の事情なんて考えなくていいの。働きに出る歳までちゃんと弟の面倒を見るって決めて、アタシはここまでやってきてるんだし。それはちゃんと彼氏にも伝えてあるし、何かあればあたしは弟を優先するとも伝えてあるのよ」
「彼氏より優先するなんて……姉ちゃんバカじゃねーの? 子供じゃねぇっての」
「立派にガキでしょ。ふふん。だからアンタは自分の事だけ考えてればいいのよ。姉ちゃんはそのために今日も仕事を頑張った!」
「……初彼氏に愛想尽かされたって、知らねーからな」
擽ったい気持ちを誤魔化すように、ボソッと憎まれ口を叩いた途端、テーブルの下から思いっきり脛を蹴られた。
いってぇえ~~!!
なに今日のこの容赦のない暴力の数々!
───ちょっと泣いた。
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