だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
33 / 47

だから彼女を好いていた(8)

しおりを挟む
「寄付金だって、兄上が直接孤児院へ手渡しているわけではないですよね」
「それは、そうだ。人に命じて、やってもらっている。金額は私が決めているが」
「その者は信用に値する人物ですか?」
「何が言いたい?」
「いえ、とても単純なことですよ。兄上は寄付をしている。だけど、孤児院は寄付を受け取っていない。兄上の帳簿は、僕も確認しているから兄上が嘘をついていないのはわかります。では孤児院は? あれは、嘘をつけるような状態ではなかった」

 そこでサディアスは腕を組んだ。

「神殿へ行き、あの神官長と顔を合わせた時は『よほどいいものを食べているんだろうな』というのが第一印象です。ですが、マザー長からはそんな様子が感じ取れません。今日をやり過ごしたら、明日はどうしようか。そんな気持ちが漂ってくるような、そんな感じです」
「だったら、その寄付金はどこに消えたんだ?」
「だからです。その間で消えたと考えるのが妥当ですよね」
「……チャド・シェパード」

 キンバリーは苦し気に一人の男の名を口にした。

「私が、孤児院への寄付金を任せている男は、チャド・シェパードだ。シェパード侯爵の嫡男だから、信用していた」
「孤児院へは、いろいろと確認するために、もう一度足を運ぶつもりです。次は、帳簿を見せてもらおうと思っています。兄上はそのチャド殿を……」
「ああ」

 キンバリーは深く頷く。

「兄上。まずは、チャド殿に話を聞いてみてはいかがでしょうか。本当のことを言うかどうかはわかりませんが……」
「そうだな。まずは彼に話を聞いてみることにするよ」

 そう言ったキンバリーは悄然とした面持ちであった。気持ちを落ち着かせるかのようにカップに伸ばす指の先が、微かに震えている。その一連の仕草を、サディアスは黙って見ていた。
 音を立てて、カップが戻される。

「……だが、そうだったとしたら。チャドは私の寄付金をどうしたのだろうか? 彼が私的に何かに使った?」
「そう考えるのが無難ではあるのですが、シェパード侯爵は特にお金に困っていないのですよ」

 それでも金はないよりはあったほうがいい。

「今回は……私の落ち度だな……」
「不正な金を作るのに、帳簿の改ざんなんてはよくわることですから。そんなに落ち込まないでください」

 とは言ってみたものの、それを見抜けたなかったのだから、こちらの落ち度で間違いはない。

 サディアスは唇を噛みしめる。
 奪われた金は、誰が、どこで、何に使ったのか。もしくは、使っているのか。

 少なくとも、孤児院の子どもたちのために使われていないことだけは確かである。せっかくラティアーナが大事に育てた子供たちの能力が、枯れてしまう。

「ラティアーナは今、どこにいるのだろうか……」

 思い出したようなキンバリーの呟きが、胸にグサリと突き刺さった。それでもなんとか笑みを浮かべ、話題を変える。

「それで兄上。その孤児院の件なのですが。ラティアーナ様は子どもたちに食料や衣類などを寄付していたそうなのです。それに、子どもたちが作ったレース編みとか、そういったものをバザーで売って資金にしていたようなのですが……」

 キンバリーがサディアスの言葉の先を奪った。

「お前の言いたいことはわかった。ラティアーナがいなくなった今、それらが期待できないということだろう? すぐに、食料と衣類は手配する。バザーの件は、協力してくれそうな夫人を探しておこう」
「ありがとうございます」

 サディアスは礼を口にしたが、それでもキンバリーの顔は晴れないままだった。眉をひそめ、きつく唇を閉じている。
 ラティアーナが姿を消してから、問題ばかりだ。

 神殿に行きたがらない聖女。腐敗臭漂う竜。
 資金が不足している孤児院。指導者を失った孤児院の子どもたち。
 そして、消えた金。

 すべて解決しなければ問題であるが、どこから解決すべきなのかわからない。一つ一つの問題は独立しているように見えるが、それでも微妙に何かに絡まっているようにも見える。

 ラティアーナは今、どこにいるのだろう。そして、何をして、何を想っているのだろうか――。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 ◇レジーナブックスより書籍発売中です! 本当にありがとうございます!

【完結】全てを後悔しても、もう遅いですのよ。

アノマロカリス
恋愛
私の名前はレイラ・カストゥール侯爵令嬢で16歳。 この国である、レントグレマール王国の聖女を務めております。 生まれつき膨大な魔力を持って生まれた私は、侯爵家では異端の存在として扱われて来ました。 そんな私は少しでも両親の役に立って振り向いて欲しかったのですが… 両親は私に関心が無く、翌年に生まれたライラに全ての関心が行き…私はいない者として扱われました。 そして時が過ぎて… 私は聖女として王国で役に立っている頃、両親から見放された私ですが… レントグレマール王国の第一王子のカリオス王子との婚姻が決まりました。 これで少しは両親も…と考えておりましたが、両親の取った行動は…私の代わりに溺愛する妹を王子と婚姻させる為に動き、私に捏造した濡れ衣を着せて婚約破棄をさせました。 私は…別にカリオス王子との婚姻を望んでいた訳ではありませんので別に怒ってはいないのですが、怒っているのは捏造された内容でした。 私が6歳の時のレントグレマール王国は、色々と厄災が付き纏っていたので快適な暮らしをさせる為に結界を張ったのですが… そんな物は存在しないと言われました。 そうですか…それが答えなんですね? なら、後悔なさって下さいね。

偽りの断罪で追放された悪役令嬢ですが、実は「豊穣の聖女」でした。辺境を開拓していたら、氷の辺境伯様からの溺愛が止まりません!

黒崎隼人
ファンタジー
「お前のような女が聖女であるはずがない!」 婚約者の王子に、身に覚えのない罪で断罪され、婚約破棄を言い渡された公爵令嬢セレスティナ。 罰として与えられたのは、冷酷非情と噂される「氷の辺境伯」への降嫁だった。 それは事実上の追放。実家にも見放され、全てを失った――はずだった。 しかし、窮屈な王宮から解放された彼女は、前世で培った知識を武器に、雪と氷に閉ざされた大地で新たな一歩を踏み出す。 「どんな場所でも、私は生きていける」 打ち捨てられた温室で土に触れた時、彼女の中に眠る「豊穣の聖女」の力が目覚め始める。 これは、不遇の令嬢が自らの力で運命を切り開き、不器用な辺境伯の凍てついた心を溶かし、やがて世界一の愛を手に入れるまでの、奇跡と感動の逆転ラブストーリー。 国を捨てた王子と偽りの聖女への、最高のざまぁをあなたに。

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】

小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。 これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。 失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。 無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。 そんなある日のこと。 ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。 『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。 そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...