10 / 63
愛しているとは言ってくれないのか?(3)
しおりを挟む
◇◆◇◆
苦手な予算案の資料を提出したところ、びっちりと計算式が書いてある数枚の用紙と共に戻ってきた。
(なんだ、これは……)
机の上に予算案の資料と、びっちりと計算式が書いてある紙を並べる。
すると、わかったことがある。
この紙に書いてあるのは、予算案の修正箇所なのだ。なぜ修正しなければならないのか、ということまで細かく書いてある。
(わかりやすい……)
ランスロットは目からぽろぽろと鱗が落ちたような気分になった。武芸に秀でている彼は、こういった紙に並んだ数字が苦手だ。例えば、あのどのくらいの距離で敵が近づいてくるのかと、そのような計算はすぐにできるのだが。
そうやって修正箇所の用紙を眺めていると、最後に一言だけ計算式とは異なる文言が書かれていた。
――お疲れ様です。
たった一言。それでも、これらの計算式から導かれるその一言が、なぜかランスロットの心をくすぐった。と、同時にこの一文を書いた者がどんな人物であるか興味を持った。
筆跡から察するに、女性だろう。少し丸みを帯びた可愛らしい字から想像してみた。
修正の終わった書類は、いつもであれば事務官を呼びつけて持っていってもらうのだが、どうしてもこの書類を訂正した人物を見たくなってしまった。
ベルを鳴らして事務官を呼びつけるのではなく、ランスロット自ら事務官たちがいる事務室へと足を向けていた。
騎士団や魔導士団など、王城で働く者たちが常駐している建物は王城に隣接しており、事務棟と呼ばれていた。彼らは必要に応じて、王城内で仕事をこなす。
そして、事務棟の地下に、事務官たちのいる事務室がある。事務棟と呼ばれる所以はここにある。
事務官は騎士団専属というわけではない。魔導士団やら薬師やら医師やら、王城内で働く者たちの事務的な仕事の補佐をするのが事務官の役目なのだ。
ランスロットの執務室は、一階の窓のない部屋だ。窓があれば、外から襲撃される恐れがあるというのが理由だからだ。一階であるのは、緊急時にすぐに駆けつけることができるようにするため。
さらにランスロットはエントランスホールの一番奥の扉から続く場所に、執務室を構えている。
事務官たちのいる事務室へと続く階段の隣の扉である。
つまりランスロットは階段を下りればすぐに、事務室へ行くことができるのだ。
あまり利用したことのない階段を、書類片手に下りていく。事務官たちは、呼び出されるたびに、この階段をあがって駆けつけてくれるのだろう。
鍛えられた騎士であれば、階段の上り下りも苦にはならないが、事務官には女性が多い。彼女たちは、一日に何度くらいこの階段を上り下りするのだろうか。
そんなことが気になった。
階段を下りてすぐに扉があり、この扉を開ければ事務室である。
その前に立ち、少しためらってから扉を叩いた。
すぐに扉が開いて、ランスロットの目の前に背の高い女性が現れた。
『ハーデン団長でしたか。どうかされましたか?』
彼女はアンナ・ウェスト。ここで事務官を六年ほど勤めている。茶色の緩やかに波打つ髪が女性らしさを引き立てているが、茶色の瞳が一筋縄ではいかなそうな力強さを放っている。
彼女に振られた騎士団員、多数。他にも魔導士、薬師たちも振られている。
『この書類を』
『お呼びいただけましたら、取りに行きましたのに』
『いや。この書類を書いた者に会いにきた』
ランスロットの手の中にある書類を、アンナはじっと見つめた。
『何か、不備がありましたか? その者には私の方から伝えておきます。責任者として』
『いや、不備はない。むしろ助かった。だから、礼を言いに来た』
『では、私の方から伝えておきます』
先ほどからアンナはそう口にしてばかり。
『直接礼を言いたいのだが?』
ランスロットも負けずに応戦してみた。
『責任者は私ですから。私を通してください』
『だったら、名前だけでも教えてもらえないだろうか』
そう、すらすらと言葉が出てくるのも、ランスロット自身も不思議に思えた。
苦手な予算案の資料を提出したところ、びっちりと計算式が書いてある数枚の用紙と共に戻ってきた。
(なんだ、これは……)
机の上に予算案の資料と、びっちりと計算式が書いてある紙を並べる。
すると、わかったことがある。
この紙に書いてあるのは、予算案の修正箇所なのだ。なぜ修正しなければならないのか、ということまで細かく書いてある。
(わかりやすい……)
ランスロットは目からぽろぽろと鱗が落ちたような気分になった。武芸に秀でている彼は、こういった紙に並んだ数字が苦手だ。例えば、あのどのくらいの距離で敵が近づいてくるのかと、そのような計算はすぐにできるのだが。
そうやって修正箇所の用紙を眺めていると、最後に一言だけ計算式とは異なる文言が書かれていた。
――お疲れ様です。
たった一言。それでも、これらの計算式から導かれるその一言が、なぜかランスロットの心をくすぐった。と、同時にこの一文を書いた者がどんな人物であるか興味を持った。
筆跡から察するに、女性だろう。少し丸みを帯びた可愛らしい字から想像してみた。
修正の終わった書類は、いつもであれば事務官を呼びつけて持っていってもらうのだが、どうしてもこの書類を訂正した人物を見たくなってしまった。
ベルを鳴らして事務官を呼びつけるのではなく、ランスロット自ら事務官たちがいる事務室へと足を向けていた。
騎士団や魔導士団など、王城で働く者たちが常駐している建物は王城に隣接しており、事務棟と呼ばれていた。彼らは必要に応じて、王城内で仕事をこなす。
そして、事務棟の地下に、事務官たちのいる事務室がある。事務棟と呼ばれる所以はここにある。
事務官は騎士団専属というわけではない。魔導士団やら薬師やら医師やら、王城内で働く者たちの事務的な仕事の補佐をするのが事務官の役目なのだ。
ランスロットの執務室は、一階の窓のない部屋だ。窓があれば、外から襲撃される恐れがあるというのが理由だからだ。一階であるのは、緊急時にすぐに駆けつけることができるようにするため。
さらにランスロットはエントランスホールの一番奥の扉から続く場所に、執務室を構えている。
事務官たちのいる事務室へと続く階段の隣の扉である。
つまりランスロットは階段を下りればすぐに、事務室へ行くことができるのだ。
あまり利用したことのない階段を、書類片手に下りていく。事務官たちは、呼び出されるたびに、この階段をあがって駆けつけてくれるのだろう。
鍛えられた騎士であれば、階段の上り下りも苦にはならないが、事務官には女性が多い。彼女たちは、一日に何度くらいこの階段を上り下りするのだろうか。
そんなことが気になった。
階段を下りてすぐに扉があり、この扉を開ければ事務室である。
その前に立ち、少しためらってから扉を叩いた。
すぐに扉が開いて、ランスロットの目の前に背の高い女性が現れた。
『ハーデン団長でしたか。どうかされましたか?』
彼女はアンナ・ウェスト。ここで事務官を六年ほど勤めている。茶色の緩やかに波打つ髪が女性らしさを引き立てているが、茶色の瞳が一筋縄ではいかなそうな力強さを放っている。
彼女に振られた騎士団員、多数。他にも魔導士、薬師たちも振られている。
『この書類を』
『お呼びいただけましたら、取りに行きましたのに』
『いや。この書類を書いた者に会いにきた』
ランスロットの手の中にある書類を、アンナはじっと見つめた。
『何か、不備がありましたか? その者には私の方から伝えておきます。責任者として』
『いや、不備はない。むしろ助かった。だから、礼を言いに来た』
『では、私の方から伝えておきます』
先ほどからアンナはそう口にしてばかり。
『直接礼を言いたいのだが?』
ランスロットも負けずに応戦してみた。
『責任者は私ですから。私を通してください』
『だったら、名前だけでも教えてもらえないだろうか』
そう、すらすらと言葉が出てくるのも、ランスロット自身も不思議に思えた。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
732
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる