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何か変なことを言ったか?(5)

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 がばりと起き上がって、執務室を出る。カツカツとブーツ音を響かせて階段を下り、事務官室の扉を叩く。

「ハーデン団長でしたか」

 扉を開けたのは、アンナだった。

「もしかして、シャーリーのことですか?」
「もしかしなくても、シャーリーのことだ」

 アンナはちらりと後方を確認してから、ランスロットに中に入るように言った。

「こちらで話を伺います」

 アンナに案内された場所は、事務官室の一画にある小さな小部屋だった。だが、この部屋はガラス張りになっていて、他の事務官たちからも丸見えの部屋なのだ。ただ、小部屋の中の声は外には聞こえないという利点がある。それはこの部屋が魔法をかけられているからだ。声が部屋の外に漏れない魔法である。

 アンナに促され、椅子に座る。ここにある椅子や机は、ランスロットの執務室にあるような重厚なものとは違う。椅子も机も簡素な造りのもの。こうやって話をするためだけの場所だから、簡素なもので充分なようだ。

「シャーリーが目を覚ましたとは伺っていたのですが……」

 アンナがそう切り出したときに、ランスロットの脳裏にはジョシュアの顔が浮かんだ。さらに、脳裏のジョシュアはウィンクをして右手の親指を立てている。いかにも「やっておいたぜ」という仕草のジョシュアの姿である。

「ああ、シャーリーが目を覚ました」

 ランスロットが口にすると、アンナの顔もぱあっと輝いた。

「よかった……」

 シャーリーにとって、彼女の三つ年上のアンナは姉のような存在であると聞いていた。シャーリーに事務官の仕事をすすめたのも彼女だ。もちろん、二人の結婚式にも足を運んでくれた。つまり、シャーリーが階段から落ちていくあの場にいたのだ。

「だが、記憶を失っている」
「え?」
「医師がいうには、どうやらここ二年ほどの記憶を失っているようなんだ」
「二年分」

 アンナが右手で口元を押さえた。目も細め、何かしらじっと考え込んでいる様子。

「となると、彼女が団長と会う前?」

 ああ、とランスロットは大きく頷いた。

「そうだ。彼女の男性恐怖症が一番酷い時期だな」
 口にしながら、ランスロットは苦笑した。何しろ、夫であるランスロットでさえ、シャーリーに触れるどころか近づくことさえできないのだ。

「てことは、団長も?」
「ああ、六歩離れる必要がある」

 それを聞いたアンナはさらに考え込んでいる。

「そこで、相談なのだが」

 ピクリとアンナの目尻が反応した。

「シャーリーは事務官の仕事に復帰したがっている。それは問題ないだろうか」
「はい、そうですね。元々、結婚をしてもやめる予定はありませんでしたので。ただ、結婚休暇という名の長期休暇を与えたにすぎません」

 アンナの言葉を聞いて、ランスロットはほっと胸を撫でおろす。
 シャーリーが事務官として仕事を続けることができる。まずはそれを確認したかったのだ。

「ただ、彼女が記憶を失っているとなると、仕事に耐えられるだけの知識があるかどうかが問題です」
「それは、大丈夫だ。俺が保障する」

 ランスロットが胸を張るが、アンナの視線は冷たい。

「ハーデン団長に保証されても。ああ、そうですね。彼女の復職の前に、簡単なテストをさせますよ」
「シャーリーは、ここ二年で税率が変わったものがないかを気にしていた」

 アンナは口元を綻ばせる。

「シャーリーらしいですね。そこまで気が回るなら、心配はないと思いますけど」
「ただ……。その、二年前の記憶だから……。その……」
 ランスロットが言い淀んでいると、アンナは彼の言いたいことを察したかのように手をポンと叩いた。
「もしかして、ハーデン団長。シャーリーに拒まれています?」

 その言葉に彼は頷いた。夫婦となったのに、妻に拒まれている恥ずかしい夫であるが、相手がアンナであればそれを正直に伝えることは、恥とも思わない。
 むしろ、以前のようにアンナに間を取り持ってもらいたいとさえ思っている。

「となると。シャーリーを団長の専属事務官として復帰させるのは、少し考え直した方がいいですかね?」
「ああ。できればそうしてもらいたいと思って、ここに来た」
「団長は、本当にシャーリーのことを愛していらっしゃるんですね」

 アンナに指摘され、ランスロットの顔はカッと熱を帯びた。

「夫婦だからな」

 動揺した気持ちを誤魔化すようにして、その言葉を口にした。
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