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一緒にお菓子を食べないか?(1)
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◇◇◇◇
シャーリーが目を覚まして十日が過ぎた。
ハーデン家の屋敷での生活にも慣れたが、慣れないのは男性の使用人たちとの付き合い方だ。それでも彼らはシャーリーとの適切な距離をわきまえているようで、彼女の五歩圏内には近づかず、少し離れた場所から声をかけていた。
だが、シャーリーにはそれすら心苦しい。
記憶を失う前はどのようにしていたのかをイルメラに尋ねたところ、今とあまり変わっていないようだった。
(結局、二年経っても男性恐怖症は克服できていないのか……)
男性恐怖症、つまりシャーリーは男の人が怖い。彼らから感じるのは恐怖しかない。それでも幼いころからなんとか克服しようと心がけ、適切な距離を保てば会話をすることができるようにまでなった。
シャーリーは庭園にあるガゼボをイルメラに案内され後、ゆったりと一人でお茶を嗜んでいた。イルメラは「人がいない空間の方が落ち着く」という、シャーリーの気持ちを尊重してくれたのだ。
庭園の花々は手入れが行き届いていて、お茶を飲みながらでも色とりどりの花を愛でることができるほど、見事なものだ。庭師の丁寧な仕事ぶりがよくわかる。
さわさわと吹き付ける風が心地よく、思わず目を細めた。
(私が事務官として働き始めたのが二十歳だから、今は二十二歳……。もう少し大人になっているかと思ったけど、あんまりかわっていないし)
いつまでもこのような暮らしをしていていいのだろうか。できるのであれば事務官としての仕事に戻りたい。ここ二年間の税率については、シャーリー自身がまとめていた資料によって理解できた。自分がまとめただけあってわかりやすかった。
「……奥様」
こうやって控えめに声をかけてくるのは、執事のセバスである。
「旦那様が、また書類の方でわからないところがあるとのことなのですが」
彼はシャーリーとの適切な距離をわきまえていて、けしてシャーリーの五歩圏内には入ってこようとはしない。
「わかりました。お預かりします」
セバスは書類をシャーリーに手渡すようなことはせずに、黙ってテーブルの端に置いていくのだ。彼が立ち去ってから、シャーリーはその書類に手を伸ばした。
(領地の会計報告書だわ。それも先月分。これは、二日以内にまとめて国へ出さなければならない書類じゃない。またこんなギリギリになって)
心の中ではいくらでも文句が言えるのに、ランスロット本人の前ではもちろん言えない。
シャーリーは書類を手にすると立ち上がった。近くにいたイルメラに声をかけ、部屋へと戻る。
シャーリーの心はなぜか高鳴っていた。こうやって仕事を与えてもらえることが嬉しかったのだ。心の中で文句を言いつつも、顔は緩んでいた。
部屋へと戻り、机と向かい合って座ると、先ほどの書類を広げた。
ランスロットは計算が苦手だ。たまに一桁見失って計算をしていることもある。だから、彼の「わからない」は「計算が合わない」という意味なのだ。
書類を確認しながら、なぜかシャーリーは懐かしい気持ちに襲われた。よく、こうやって彼の書類の確認をしていた。勘定項目があっているか、計算はあっているか。
『ランス様、ここ。また間違えていますよ。ゼロが一つ足りません』
『すまない。すぐにゼロを見失ってしまう』
『見失わないでください。ここをこう修正すれば……。ほら、合うじゃないですか』
『ほ、本当だ。やった……、終わった』
『お茶でも飲みますか?』
『ああ、頼む』
そうやってランスロットは嬉しそうに目を細めていた――。
シャーリーが目を覚まして十日が過ぎた。
ハーデン家の屋敷での生活にも慣れたが、慣れないのは男性の使用人たちとの付き合い方だ。それでも彼らはシャーリーとの適切な距離をわきまえているようで、彼女の五歩圏内には近づかず、少し離れた場所から声をかけていた。
だが、シャーリーにはそれすら心苦しい。
記憶を失う前はどのようにしていたのかをイルメラに尋ねたところ、今とあまり変わっていないようだった。
(結局、二年経っても男性恐怖症は克服できていないのか……)
男性恐怖症、つまりシャーリーは男の人が怖い。彼らから感じるのは恐怖しかない。それでも幼いころからなんとか克服しようと心がけ、適切な距離を保てば会話をすることができるようにまでなった。
シャーリーは庭園にあるガゼボをイルメラに案内され後、ゆったりと一人でお茶を嗜んでいた。イルメラは「人がいない空間の方が落ち着く」という、シャーリーの気持ちを尊重してくれたのだ。
庭園の花々は手入れが行き届いていて、お茶を飲みながらでも色とりどりの花を愛でることができるほど、見事なものだ。庭師の丁寧な仕事ぶりがよくわかる。
さわさわと吹き付ける風が心地よく、思わず目を細めた。
(私が事務官として働き始めたのが二十歳だから、今は二十二歳……。もう少し大人になっているかと思ったけど、あんまりかわっていないし)
いつまでもこのような暮らしをしていていいのだろうか。できるのであれば事務官としての仕事に戻りたい。ここ二年間の税率については、シャーリー自身がまとめていた資料によって理解できた。自分がまとめただけあってわかりやすかった。
「……奥様」
こうやって控えめに声をかけてくるのは、執事のセバスである。
「旦那様が、また書類の方でわからないところがあるとのことなのですが」
彼はシャーリーとの適切な距離をわきまえていて、けしてシャーリーの五歩圏内には入ってこようとはしない。
「わかりました。お預かりします」
セバスは書類をシャーリーに手渡すようなことはせずに、黙ってテーブルの端に置いていくのだ。彼が立ち去ってから、シャーリーはその書類に手を伸ばした。
(領地の会計報告書だわ。それも先月分。これは、二日以内にまとめて国へ出さなければならない書類じゃない。またこんなギリギリになって)
心の中ではいくらでも文句が言えるのに、ランスロット本人の前ではもちろん言えない。
シャーリーは書類を手にすると立ち上がった。近くにいたイルメラに声をかけ、部屋へと戻る。
シャーリーの心はなぜか高鳴っていた。こうやって仕事を与えてもらえることが嬉しかったのだ。心の中で文句を言いつつも、顔は緩んでいた。
部屋へと戻り、机と向かい合って座ると、先ほどの書類を広げた。
ランスロットは計算が苦手だ。たまに一桁見失って計算をしていることもある。だから、彼の「わからない」は「計算が合わない」という意味なのだ。
書類を確認しながら、なぜかシャーリーは懐かしい気持ちに襲われた。よく、こうやって彼の書類の確認をしていた。勘定項目があっているか、計算はあっているか。
『ランス様、ここ。また間違えていますよ。ゼロが一つ足りません』
『すまない。すぐにゼロを見失ってしまう』
『見失わないでください。ここをこう修正すれば……。ほら、合うじゃないですか』
『ほ、本当だ。やった……、終わった』
『お茶でも飲みますか?』
『ああ、頼む』
そうやってランスロットは嬉しそうに目を細めていた――。
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