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頼まれてくれないか?(6)
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食事を終えた二人は、食器を片付けるために席を立つ。
「あ、ごめんなさい」
席を立った瞬間、近くにいた男性とシャーリーはぶつかってしまった。
「いや、こちらこそ」
相手もペコリと頭を下げて、食事を手にしたまますぐさま去っていく。
不可抗力な接触に嫌悪感はない。だけど、意図的な接触は苦手なのだ。だから男性との会話をするには距離が必要となるし、悪意を持った接触があれば叫びたくなる。
「今の人、甘いものが好きなのかな。デザート、三つもあった。珍しいよね、男の人であれだけデザートを食べるのも」
アンナがくすりと笑う。
「団長も、甘いものが好きなのかな」
「え、団長?」
ガシャンガシャンと食器を流しの中に返却する音で、会話は遮られた。
「ごちそうさまぁ」
食堂の裏方で働く料理人たちに声をかけた二人は、事務棟へと戻る。
「お菓子を買ってきて欲しいって、団長から言われて……」
「それって、表通りのお菓子屋さんでしょう?」
「え、アンナ。なんでわかるの?」
「アンナ様はなんでもお見通しなのよ」
外に出ると、真上で輝く太陽が眩しかった。シャーリーは目を細める。
「今日も天気がいいわね。地下に潜ってばかりだからわからないけど」
「そうね」
「シャーリー。いいこと教えてあげるわ」
「なに?」
「団長はね、一年前にもあなたにあのお店でお菓子を買ってきて欲しいって頼んだのよ。そのときは、私が付き合ってあげたけどね」
アンナは楽しそうに笑っていた。
(もう少し、団長と近づきたい……)
そんなことを考えながら、シャーリーは執務室へと足を向けた。
シャーリーが屋敷に戻っても、ランスロットは戻ってこない。シャーリーの方が先に帰るからだ。それから二時間経ってから、彼は帰宅する。まるで夕食の時間に間に合わせるかのようにして帰ってくる。
シャーリーは手にしていたスプーンから顔をあげて、ランスロットをじっと見つめてみた。
何か言わなければ。そのタイミングを考えていた。
「俺の顔に、何かついているか?」
だが、先に気づいたのはランスロットだった。
「いえ。何も……」
いつもであればここで顔を伏せ、食事を再開させることで会話を終わらせる。だが今日は、それでは駄目だと思っていた。
「あの、団長」
「なんだ? やはり、何かついていたか?」
ランスロットは慌ててナプキンで口を拭う。その様子が、まるで子供のようにも見えて、シャーリーは可愛いと思ってしまった。それもシャーリーの知らぬうちに態度に出ていたのだろう。
「な、なんだ? そんなにおかしいのか?」
「え?」
「いや、シャーリーが笑ったから」
「あ。ごめんなさい」
「いや、そうじゃなくて」
ランスロットが必死で言い訳をしようとすれば、近くに立っていたセバスがコホンと咳払いをする。
「あの、団長にお伝えしたいことがありまして」
シャーリーがそう口にすると、すっとセバスが離れた場所に移動する。
ランスロットはちらりとセバスに視線を向けてから、シャーリーの顔をじっと見つめてきた。
「なんだ?」
怪訝そうに目を細めているが、それは彼が怒っているからではない。些細な仕草であるが、彼がどのような気持ちでいるのかをシャーリーも感じ取れるようになっていたのだ。
「あの。資料室にある私の席ですが。資料室から団長の執務席のお側に移動させてもらいたくて」
ランスロットの黒い目が一際大きく開いた。
「いいのか?」
「……はい。私も仕事に慣れてきましたので。それに、アンナに確認したところ、以前は同じ部屋で仕事をしていたと聞いたので」
「君がそれで問題ないのであれば、すぐに移動させる」
「よろしくお願いします」
シャーリーは、ランスロットの顔から視線を逸らして、スープをすくった。
恥ずかしさとやりきった感が同時に込み上げてきて、彼の顔をまともに見ることができなかった。
視線を外したまま、シャーリーはもう一度ランスロットを呼ぶ。
「団長」
「なんだ?」
「ありがとうございます」
そう口にすることで精一杯だった。
「あ、ごめんなさい」
席を立った瞬間、近くにいた男性とシャーリーはぶつかってしまった。
「いや、こちらこそ」
相手もペコリと頭を下げて、食事を手にしたまますぐさま去っていく。
不可抗力な接触に嫌悪感はない。だけど、意図的な接触は苦手なのだ。だから男性との会話をするには距離が必要となるし、悪意を持った接触があれば叫びたくなる。
「今の人、甘いものが好きなのかな。デザート、三つもあった。珍しいよね、男の人であれだけデザートを食べるのも」
アンナがくすりと笑う。
「団長も、甘いものが好きなのかな」
「え、団長?」
ガシャンガシャンと食器を流しの中に返却する音で、会話は遮られた。
「ごちそうさまぁ」
食堂の裏方で働く料理人たちに声をかけた二人は、事務棟へと戻る。
「お菓子を買ってきて欲しいって、団長から言われて……」
「それって、表通りのお菓子屋さんでしょう?」
「え、アンナ。なんでわかるの?」
「アンナ様はなんでもお見通しなのよ」
外に出ると、真上で輝く太陽が眩しかった。シャーリーは目を細める。
「今日も天気がいいわね。地下に潜ってばかりだからわからないけど」
「そうね」
「シャーリー。いいこと教えてあげるわ」
「なに?」
「団長はね、一年前にもあなたにあのお店でお菓子を買ってきて欲しいって頼んだのよ。そのときは、私が付き合ってあげたけどね」
アンナは楽しそうに笑っていた。
(もう少し、団長と近づきたい……)
そんなことを考えながら、シャーリーは執務室へと足を向けた。
シャーリーが屋敷に戻っても、ランスロットは戻ってこない。シャーリーの方が先に帰るからだ。それから二時間経ってから、彼は帰宅する。まるで夕食の時間に間に合わせるかのようにして帰ってくる。
シャーリーは手にしていたスプーンから顔をあげて、ランスロットをじっと見つめてみた。
何か言わなければ。そのタイミングを考えていた。
「俺の顔に、何かついているか?」
だが、先に気づいたのはランスロットだった。
「いえ。何も……」
いつもであればここで顔を伏せ、食事を再開させることで会話を終わらせる。だが今日は、それでは駄目だと思っていた。
「あの、団長」
「なんだ? やはり、何かついていたか?」
ランスロットは慌ててナプキンで口を拭う。その様子が、まるで子供のようにも見えて、シャーリーは可愛いと思ってしまった。それもシャーリーの知らぬうちに態度に出ていたのだろう。
「な、なんだ? そんなにおかしいのか?」
「え?」
「いや、シャーリーが笑ったから」
「あ。ごめんなさい」
「いや、そうじゃなくて」
ランスロットが必死で言い訳をしようとすれば、近くに立っていたセバスがコホンと咳払いをする。
「あの、団長にお伝えしたいことがありまして」
シャーリーがそう口にすると、すっとセバスが離れた場所に移動する。
ランスロットはちらりとセバスに視線を向けてから、シャーリーの顔をじっと見つめてきた。
「なんだ?」
怪訝そうに目を細めているが、それは彼が怒っているからではない。些細な仕草であるが、彼がどのような気持ちでいるのかをシャーリーも感じ取れるようになっていたのだ。
「あの。資料室にある私の席ですが。資料室から団長の執務席のお側に移動させてもらいたくて」
ランスロットの黒い目が一際大きく開いた。
「いいのか?」
「……はい。私も仕事に慣れてきましたので。それに、アンナに確認したところ、以前は同じ部屋で仕事をしていたと聞いたので」
「君がそれで問題ないのであれば、すぐに移動させる」
「よろしくお願いします」
シャーリーは、ランスロットの顔から視線を逸らして、スープをすくった。
恥ずかしさとやりきった感が同時に込み上げてきて、彼の顔をまともに見ることができなかった。
視線を外したまま、シャーリーはもう一度ランスロットを呼ぶ。
「団長」
「なんだ?」
「ありがとうございます」
そう口にすることで精一杯だった。
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