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愛しています(1)
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◇◇◇◇
ランスロットが苦しそうに暑い息を吐きながら、目を閉じている。
セバスの息子ガイルによって、関係者にはランスロットのことが伝えられた。
それを聞きつけて、ハーデン家の屋敷に来たのは諜報隊のブラムと魔導士団長のレイモンであった。
「陛下のことだから、来たがっていたんですけど。あの人が来たら来たで大変なことになるんで。護衛の数を増やして、置いてきました。オレもすぐここに戻ってくるとは思いませんでしたけどね」
ブラムは、眠っているランスロットの顔を見つめ、日頃の恨みを込めるかのように眉間をぐりぐりと人差し指で押していた。
「団長、起きてくださいよ」
「やめろ、ブラム」
その手をペシっと叩いたのはレイモンだ。
「お前たちの不手際だろう? すぐにあの武器を確認したのか?」
「団長のことを聞いてから、確認しました」
「遅いわ」
「あの、何かあったのでしょうか?」
シャーリーは二人の話を少し離れた場所で聞いていた。彼女の側には、イルメラが寄り添っている。
「シャーリー殿。こちらの調査が遅くなって申し訳なかった」
そう言って、頭を下げたのはレイモンだ。
「あの短刀。毒薬が仕込んであった」
「毒薬? もしかして、例の惚れ薬……」
「そこまで話を知っているのか」
レイモンの言葉にシャーリーは小さく頷いた。
「団長のことだから、シャーリーの記憶が戻って浮かれぽんちで話しちゃったんじゃないですかね」
キリッとブラムを睨みつけたレイモンであるが、すぐさま穏やかな視線をシャーリーに向ける。
「短刀に仕込まれていた毒薬は、惚れ薬ではありません。ただの、一般的な毒薬です。まあ、一般的と言いましても、毒薬ですからね。このように、身体を蝕み、最悪、死に至らしめる」
「てことは、ランスも?」
「いえ。すぐに解毒薬を傷口に塗りましたので。しばらくは苦しむとは思いますが、そこまでではありません」
そこまでではない、すなわち死なない。その言葉に安堵する。
「シャーリー殿。この薬を定期的に傷口に塗ってください」
レイモンがシャーリーに近寄ってきたため、イルメラが三歩前に出て、彼から塗り薬を受け取った。その後、彼女からシャーリーが受け取る。
「やぁい、六歩の男」
ブラムは、レイモンがシャーリーの五歩圏内に入れないことを揶揄った。
「ごめんなさい……」
「シャーリー殿のせいではありません。全てはあの襲ってきた男が悪いのです」
レイモンはもう一度キリリとブラムを睨みつけた。
「あの男は、私を狙っていたと。ランスはそう言っていました」
「それは、間違いないですね。あの男、シャーリーの名前をしきりに叫んでましたからね」
そう言ったブラムは、ランスロットの頬をつんつんとつついている。先ほどから彼は、ランスロットを何かと構っているのだ。
それでもランスロットは、目を覚まさず、うんうんと唸っていた。
「すまない、シャーリー殿。我が魔導士団の不手際に巻き込んでしまった」
「いえ」
過ぎたことに腹を立てたとしても、無かったことにはできない。ならば、過去を受け入れたうえで、これからどのようにしていくか、その最善策を考える方がいい。
「まだ、その惚れ薬の被害者がいないのであれば、それだけで良かったと思います。きっと、ランスもそう思っているはずです」
そうだな、とレイモンも彼女の言葉に同意する。
「では、我々はこれで戻る。シャーリー殿には、明日、少し話を伺いたいのだが」
レイモンの視線の先にはイルメラがいた。
「私が奥様には付き添いますので」
「ご協力、感謝する」
ビシっと頭を下げたレイモンは、まだランスロットをつついたり撫でたりしているブラムを引きずるようにして連れていく。そんな彼らを見送るのはセバスの役目だ。
「奥様、お腹は空いておりませんか?」
イルメラから声をかけられてしまうと、急にお腹が空いてきた。
「そうね」
「お部屋に運びます」
「ありがとう」
「どうか、旦那様をお願いいたします」
「あなたにも、迷惑をかけたわね」
「いいえ。ここにいてくださって、こうやって旦那様に寄り添ってくださって、感謝しております」
イルメラが食事の準備をするために部屋を出ていった。
シャーリーはランスロットが眠っている寝台へと近づき、彼の顔を覗き込む。
「ランス……」
熱にうなされているためか、頬が少し赤い。セバスが用意していたタオルで、額の汗を拭う。
「シャーリーか?」
ブラムにあれほどいじられても、うんともすんとも言わなかったランスロットが、シャーリーが触れただけで目を開けた。
「ランス。気がついた?」
「ああ……。だけど、額が痛い」
「さっきまで、ブラムさんたちがいたから。あなたのことを心配していたわ」
「そして、人の額を叩いていったのか……」
ふふっとシャーリーは笑う。
「ええ、そうよ。あなたは、王太子殿下やブラムさんと、仲が良いわよね」
「仲良しではない」
ランスロットが身体を起こそうとしたため、シャーリーは慌てて彼の身体を支えた。
「腹が減った……」
「今、イルメラが食事を持ってきてくれるわ。一緒に食べましょう」
「ああ」
「痛みは?」
「大丈夫だ。心配はない」
ランスロットは何かを思い出すかのように、額を押さえた。
「もしかして、あれに毒が塗られていたのか?」
「レイモンさんが言うには、そうみたい。あの薬品庫から盗まれた毒薬によるものだろうって。だけど、すぐに薬をもらったから」
シャーリーは、先ほどレイモンが渡した薬を、彼に見せた。ランスロットはそれを受け取ると、くんくんと匂いを嗅いで、中身を確認する。
「嫌な匂いだ。塗りたくないな」
「わがまま言わない」
「シャーリーが塗ってくれるなら、我慢する」
「もう」
シャーリーは頬を膨らませて薬を奪い返すと、ガーゼや包帯などが入っている箱に一緒にいれた。
ランスロットが苦しそうに暑い息を吐きながら、目を閉じている。
セバスの息子ガイルによって、関係者にはランスロットのことが伝えられた。
それを聞きつけて、ハーデン家の屋敷に来たのは諜報隊のブラムと魔導士団長のレイモンであった。
「陛下のことだから、来たがっていたんですけど。あの人が来たら来たで大変なことになるんで。護衛の数を増やして、置いてきました。オレもすぐここに戻ってくるとは思いませんでしたけどね」
ブラムは、眠っているランスロットの顔を見つめ、日頃の恨みを込めるかのように眉間をぐりぐりと人差し指で押していた。
「団長、起きてくださいよ」
「やめろ、ブラム」
その手をペシっと叩いたのはレイモンだ。
「お前たちの不手際だろう? すぐにあの武器を確認したのか?」
「団長のことを聞いてから、確認しました」
「遅いわ」
「あの、何かあったのでしょうか?」
シャーリーは二人の話を少し離れた場所で聞いていた。彼女の側には、イルメラが寄り添っている。
「シャーリー殿。こちらの調査が遅くなって申し訳なかった」
そう言って、頭を下げたのはレイモンだ。
「あの短刀。毒薬が仕込んであった」
「毒薬? もしかして、例の惚れ薬……」
「そこまで話を知っているのか」
レイモンの言葉にシャーリーは小さく頷いた。
「団長のことだから、シャーリーの記憶が戻って浮かれぽんちで話しちゃったんじゃないですかね」
キリッとブラムを睨みつけたレイモンであるが、すぐさま穏やかな視線をシャーリーに向ける。
「短刀に仕込まれていた毒薬は、惚れ薬ではありません。ただの、一般的な毒薬です。まあ、一般的と言いましても、毒薬ですからね。このように、身体を蝕み、最悪、死に至らしめる」
「てことは、ランスも?」
「いえ。すぐに解毒薬を傷口に塗りましたので。しばらくは苦しむとは思いますが、そこまでではありません」
そこまでではない、すなわち死なない。その言葉に安堵する。
「シャーリー殿。この薬を定期的に傷口に塗ってください」
レイモンがシャーリーに近寄ってきたため、イルメラが三歩前に出て、彼から塗り薬を受け取った。その後、彼女からシャーリーが受け取る。
「やぁい、六歩の男」
ブラムは、レイモンがシャーリーの五歩圏内に入れないことを揶揄った。
「ごめんなさい……」
「シャーリー殿のせいではありません。全てはあの襲ってきた男が悪いのです」
レイモンはもう一度キリリとブラムを睨みつけた。
「あの男は、私を狙っていたと。ランスはそう言っていました」
「それは、間違いないですね。あの男、シャーリーの名前をしきりに叫んでましたからね」
そう言ったブラムは、ランスロットの頬をつんつんとつついている。先ほどから彼は、ランスロットを何かと構っているのだ。
それでもランスロットは、目を覚まさず、うんうんと唸っていた。
「すまない、シャーリー殿。我が魔導士団の不手際に巻き込んでしまった」
「いえ」
過ぎたことに腹を立てたとしても、無かったことにはできない。ならば、過去を受け入れたうえで、これからどのようにしていくか、その最善策を考える方がいい。
「まだ、その惚れ薬の被害者がいないのであれば、それだけで良かったと思います。きっと、ランスもそう思っているはずです」
そうだな、とレイモンも彼女の言葉に同意する。
「では、我々はこれで戻る。シャーリー殿には、明日、少し話を伺いたいのだが」
レイモンの視線の先にはイルメラがいた。
「私が奥様には付き添いますので」
「ご協力、感謝する」
ビシっと頭を下げたレイモンは、まだランスロットをつついたり撫でたりしているブラムを引きずるようにして連れていく。そんな彼らを見送るのはセバスの役目だ。
「奥様、お腹は空いておりませんか?」
イルメラから声をかけられてしまうと、急にお腹が空いてきた。
「そうね」
「お部屋に運びます」
「ありがとう」
「どうか、旦那様をお願いいたします」
「あなたにも、迷惑をかけたわね」
「いいえ。ここにいてくださって、こうやって旦那様に寄り添ってくださって、感謝しております」
イルメラが食事の準備をするために部屋を出ていった。
シャーリーはランスロットが眠っている寝台へと近づき、彼の顔を覗き込む。
「ランス……」
熱にうなされているためか、頬が少し赤い。セバスが用意していたタオルで、額の汗を拭う。
「シャーリーか?」
ブラムにあれほどいじられても、うんともすんとも言わなかったランスロットが、シャーリーが触れただけで目を開けた。
「ランス。気がついた?」
「ああ……。だけど、額が痛い」
「さっきまで、ブラムさんたちがいたから。あなたのことを心配していたわ」
「そして、人の額を叩いていったのか……」
ふふっとシャーリーは笑う。
「ええ、そうよ。あなたは、王太子殿下やブラムさんと、仲が良いわよね」
「仲良しではない」
ランスロットが身体を起こそうとしたため、シャーリーは慌てて彼の身体を支えた。
「腹が減った……」
「今、イルメラが食事を持ってきてくれるわ。一緒に食べましょう」
「ああ」
「痛みは?」
「大丈夫だ。心配はない」
ランスロットは何かを思い出すかのように、額を押さえた。
「もしかして、あれに毒が塗られていたのか?」
「レイモンさんが言うには、そうみたい。あの薬品庫から盗まれた毒薬によるものだろうって。だけど、すぐに薬をもらったから」
シャーリーは、先ほどレイモンが渡した薬を、彼に見せた。ランスロットはそれを受け取ると、くんくんと匂いを嗅いで、中身を確認する。
「嫌な匂いだ。塗りたくないな」
「わがまま言わない」
「シャーリーが塗ってくれるなら、我慢する」
「もう」
シャーリーは頬を膨らませて薬を奪い返すと、ガーゼや包帯などが入っている箱に一緒にいれた。
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