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愛しています(6)
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灰色の髪は長く、後ろで一つに縛っている。青い瞳に眼鏡をかけているこの男は、誰だったか。
(魔導士団黒魔法部隊のダリル・ネイハス部隊長?)
彼が一歩近づくたびに、シャーリーは身体を強張らせる。
「シャーリーさん。そんなに緊張をしないで。僕は、あなたと一緒にお茶菓子を食べたいだけなんだ」
ずり落ちた毛布を拾い上げたシャーリーは、それを胸元まで手繰り寄せる。こんな毛布が、彼との遮蔽物になるわけでもないのに、それでも無いよりはましであると、無意識に思っているのだ。
「シャーリーさん。僕を拒まないで。あなたはいつも、僕に温かな言葉をかけてくれていたでしょう? あの言葉に、僕がどれだけ救われたか、わかりますか?」
ふるふると、シャーリーは首を横に振る。
(わからない……。なんで、私はここにいるの?)
「まさか、シャーリーさんがあんな男と結婚するとは思いませんでしたよ」
毛布を握る手に、思わず力が入ってしまう。
「本当に邪魔な男ですよね。僕とあなたの仲を引き裂こうとしている」
(違う)
シャーリーは首を振ることしかできない。言葉は、全て喉元に引っかかり、口から出てくることはない。
「あなたにはあの男を忘れてもらうつもりだったのに。記憶が無くても、あの男と一緒にいるとは、想定外でした」
ダリルはまた一歩、一歩とシャーリーとの間を詰めてくる。
「シャーリーさん。僕が怖いですか? あなたが男性のことを苦手であることは知っています。だから、僕を受け入れてくれるよう、あなたのために、薬を作りました。これを飲めば、あなたは僕を好きになる」
彼が手にしているのは小さな透明な瓶だ。その中には、とろりとした赤い液体が入っている。
何かを言わなければと思い、口を開くが、震えて言葉が出てこない。
「シャーリーさん。逃げないでくださいね。これさえ飲めば、あなたは僕と一緒にいることができるのですから」
ソファから下りようと、足をもぞもぞと動かそうとしたところ、それはダリルに見つかってしまう。
「逃げないでくださいと、言ったばかりでしょう」
「え?」
動かそうとしていた足が動かなくなる。まるで、がっしりと何かに掴まれたかのように、手足を動かすことができないのだ。
「拘束の魔法です。こうでもしないと、あなたは僕から逃げてしまう。あなたには、この薬を飲んでもらう必要があるのに」
身体が動かない。毛布を胸の前でぐっと握りしめた格好のまま、どこも動かすことはできなかった。
身を引いて逃げたい。だけど、逃げられない。
そうこうしているうちに、ダリルはシャーリーに近づいてくる。
「いやっ」
十歩、九歩、八歩、七歩、六歩……。
シャーリーとダリルの距離は縮まっていく。
「やだっ」
首を振って拒絶したいのに、首を振ることもできない。動くのは口だけだ。
つつっと頬を涙が伝っていく。
「シャーリー。何も怖くありません。嫌なことは全て忘れ、僕を受け入れるようになるのですから」
とうとうダリルはシャーリーの五歩圏内に入ってきた。
四歩、三歩、二歩……。腕を伸ばせば、触れることのできる距離に彼はいる。
どうして男たちは、自分の欲を満たすために女性に触れようとするのか。
どうして男たちは、シャーリーの気持ちをないがしろにするのか。
それが、シャーリーが男性に恐怖を覚えたきっかけだ。全て、あの日起こったこと。
「やめてください」
ダリルは目の前に立ち、赤い唇を不気味に歪ませてシャーリーを見下ろしてくる。
「さあ、これを飲みましょう」
彼の左手が伸びてきて、シャーリーの顎を捉えた。
「いやっ」
動かない身体が、震える。ぽたぽたと涙が溢れ、止まらない。
(怖い、怖い、怖い――)
「助けて……」
「シャーリーさん。無駄な抵抗はやめましょう。助けを呼んだところで誰もきませんよ。ここは僕が所有する屋敷ですから。あなたの声は誰にも届かない」
彼は首を傾げ、妖艶に微笑む。
「助けて、ランス」
ダリルは舌打ちをする。
「なぜ、あの男の名を呼ぶのです?」
「違う。私が結婚したのは、私の意思。私がランスといることを望んだ。私が。私は、彼を愛しているから」
彼は、ひくりと唇を歪ませた。
「どうして? まさか、忘却の魔法が解けた? レイモン団長の仕業? いや。もしかして、自力で? そんなバカな……」
動揺したダリルは、シャーリーの口を無理矢理こじ開けて、小瓶を傾けようとしている。
シャーリーは、口を押さえている彼の指をギリリと噛んだ。
「いてっ。くっ、くそ。シャーリーさん。そうやって抵抗ばかりしていると、僕だって乱暴な手を使わなければならなくなります」
再びダリルの手が伸びてくる。だが、彼の手はシャーリーの胸元を狙っていた。
(魔導士団黒魔法部隊のダリル・ネイハス部隊長?)
彼が一歩近づくたびに、シャーリーは身体を強張らせる。
「シャーリーさん。そんなに緊張をしないで。僕は、あなたと一緒にお茶菓子を食べたいだけなんだ」
ずり落ちた毛布を拾い上げたシャーリーは、それを胸元まで手繰り寄せる。こんな毛布が、彼との遮蔽物になるわけでもないのに、それでも無いよりはましであると、無意識に思っているのだ。
「シャーリーさん。僕を拒まないで。あなたはいつも、僕に温かな言葉をかけてくれていたでしょう? あの言葉に、僕がどれだけ救われたか、わかりますか?」
ふるふると、シャーリーは首を横に振る。
(わからない……。なんで、私はここにいるの?)
「まさか、シャーリーさんがあんな男と結婚するとは思いませんでしたよ」
毛布を握る手に、思わず力が入ってしまう。
「本当に邪魔な男ですよね。僕とあなたの仲を引き裂こうとしている」
(違う)
シャーリーは首を振ることしかできない。言葉は、全て喉元に引っかかり、口から出てくることはない。
「あなたにはあの男を忘れてもらうつもりだったのに。記憶が無くても、あの男と一緒にいるとは、想定外でした」
ダリルはまた一歩、一歩とシャーリーとの間を詰めてくる。
「シャーリーさん。僕が怖いですか? あなたが男性のことを苦手であることは知っています。だから、僕を受け入れてくれるよう、あなたのために、薬を作りました。これを飲めば、あなたは僕を好きになる」
彼が手にしているのは小さな透明な瓶だ。その中には、とろりとした赤い液体が入っている。
何かを言わなければと思い、口を開くが、震えて言葉が出てこない。
「シャーリーさん。逃げないでくださいね。これさえ飲めば、あなたは僕と一緒にいることができるのですから」
ソファから下りようと、足をもぞもぞと動かそうとしたところ、それはダリルに見つかってしまう。
「逃げないでくださいと、言ったばかりでしょう」
「え?」
動かそうとしていた足が動かなくなる。まるで、がっしりと何かに掴まれたかのように、手足を動かすことができないのだ。
「拘束の魔法です。こうでもしないと、あなたは僕から逃げてしまう。あなたには、この薬を飲んでもらう必要があるのに」
身体が動かない。毛布を胸の前でぐっと握りしめた格好のまま、どこも動かすことはできなかった。
身を引いて逃げたい。だけど、逃げられない。
そうこうしているうちに、ダリルはシャーリーに近づいてくる。
「いやっ」
十歩、九歩、八歩、七歩、六歩……。
シャーリーとダリルの距離は縮まっていく。
「やだっ」
首を振って拒絶したいのに、首を振ることもできない。動くのは口だけだ。
つつっと頬を涙が伝っていく。
「シャーリー。何も怖くありません。嫌なことは全て忘れ、僕を受け入れるようになるのですから」
とうとうダリルはシャーリーの五歩圏内に入ってきた。
四歩、三歩、二歩……。腕を伸ばせば、触れることのできる距離に彼はいる。
どうして男たちは、自分の欲を満たすために女性に触れようとするのか。
どうして男たちは、シャーリーの気持ちをないがしろにするのか。
それが、シャーリーが男性に恐怖を覚えたきっかけだ。全て、あの日起こったこと。
「やめてください」
ダリルは目の前に立ち、赤い唇を不気味に歪ませてシャーリーを見下ろしてくる。
「さあ、これを飲みましょう」
彼の左手が伸びてきて、シャーリーの顎を捉えた。
「いやっ」
動かない身体が、震える。ぽたぽたと涙が溢れ、止まらない。
(怖い、怖い、怖い――)
「助けて……」
「シャーリーさん。無駄な抵抗はやめましょう。助けを呼んだところで誰もきませんよ。ここは僕が所有する屋敷ですから。あなたの声は誰にも届かない」
彼は首を傾げ、妖艶に微笑む。
「助けて、ランス」
ダリルは舌打ちをする。
「なぜ、あの男の名を呼ぶのです?」
「違う。私が結婚したのは、私の意思。私がランスといることを望んだ。私が。私は、彼を愛しているから」
彼は、ひくりと唇を歪ませた。
「どうして? まさか、忘却の魔法が解けた? レイモン団長の仕業? いや。もしかして、自力で? そんなバカな……」
動揺したダリルは、シャーリーの口を無理矢理こじ開けて、小瓶を傾けようとしている。
シャーリーは、口を押さえている彼の指をギリリと噛んだ。
「いてっ。くっ、くそ。シャーリーさん。そうやって抵抗ばかりしていると、僕だって乱暴な手を使わなければならなくなります」
再びダリルの手が伸びてくる。だが、彼の手はシャーリーの胸元を狙っていた。
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