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妻を愛している夫と夫を気にする妻(9)
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アーシュラ王女の誕生パーティーは、日が沈むと王城内の大ホールへと場所を変える。だが、その前にイグナーツとオネルヴァは屋敷へ戻ることにしていた。それはもちろん、エルシーがいるためだ。
彼女を迎えに来た従者に預けるという方法もあるが、イグナーツ自身がエルシーと共に一度屋敷に戻るのを望んだ。
「朝から晩まで、あれに付き合っていたら疲れる」
エルシーが心配である一方、彼の本音はそれだったらしい。
結局、アーシュラ王女に挨拶をしたらすぐに会場を出てきてしまった。エルシーは「もう少しジョザイアたちと遊びたかったのに」とぶつぶつ文句を言っていたが、それを聞いたイグナーツは、より一層不機嫌な顔をする。
「お父さま、お母さま。お友達ができました。ジョザイア、ダスティン、アリシア、ブリジットです」
「まぁ。たくさんできたのですね」
「はい。ジョザイアは遊びに行ってもいいと言っていました。今度、ジョザイアのお屋敷に遊びに行ってもいいですか?」
だがイグナーツは腕を組んで目を閉じたまま、何も答えない。
「お父さま?」
「旦那様は、少しお疲れのようですね。たくさん、人がおりましたからね」
「でも、お父さまとお母さまは、もう一度パーティーにいくのですよね? エルシーはお留守番ですよね?」
「えぇ。そうですね」
オネルヴァはエルシーの手に触れる。
「できるだけ、早く帰ってきますから。リサとパトリックの言うことを聞いて、休んでいてくださいね」
「はい……」
そう返事をしたエルシーは、どことなく不満そうだった。
そしてイグナーツは、馬車が止まるまで目を開けることはなかった。
慣れた屋敷に戻ると、オネルヴァもほっと肩の荷がおりた気分になる。不機嫌のように見えたイグナーツだが、それでも馬車から降りるときには手を取ってくれた。
「旦那様。お疲れですか?」
「そうだな。ああいった場は、あまり好きではないからな」
馬車より飛び降りたエルシーは、たたっと駆け出して先に屋敷へと入っていく。
きっと友達ができたと、リサたちにも報告したいのだろう。淑女らしくない行動に、本来であれば注意すべきなのかもしれない。だが、自分の気持ちに素直な子どもらしい行動でもある。あとでやんわりと注意すればいい。
「エルシーにもお友達ができてよかったですね。わたくしにも、リオノーラ様を紹介してくださって、ありがとうございます」
「別に俺は……。君をここに閉じ込めているつもりはないからな」
彼も誰かに何かを言われたのだろうか。
だが、オネルヴァ自身もそう思ったことはない。閉じ込められるというのは、あの離宮にいたときのような、あんな状態であると思っている。
「はい……」
それから少し迷った挙句、そっと彼の手を握りしめる。今はただ、イグナーツの体温を感じていたかった。
「次は、日が沈んでから屋敷を出る。それまでは休んでいなさい。俺も、少し休む」
イグナーツが力強く手を握り返してきた。嫌がられてはいない、その事実がオネルヴァの心を軽くする。
「もし、君さえよければ……。いや、なんでもない……」
二人並んで屋敷に入ると、パトリックが出迎えてくれた。だが、屋敷内にはエルシーの賑やかな声が響いている。
エントランスでイグナーツと別れたオネルヴァは、すぐにヘニーを呼んで着替えを手伝ってもらう。少しでも、この締め付けから解放されたかった。
イグナーツではないが、あのような場にほんの少しいただけで、疲れてしまった。
頭を倒すようにして寝椅子に身体を預けていると、ヘニーが黙ってお茶の用意をすすめる。
「お疲れのようですね。身体をお揉みしましょうか?」
「ありがとう。でも、こうやってゆったりとお茶をいただけるだけで、充分です」
「では、私は控えておりますので。何かありましたら、お呼びください」
一人になったオネルヴァは、ただぼんやりとカップを口元に運んでいた。
彼女を迎えに来た従者に預けるという方法もあるが、イグナーツ自身がエルシーと共に一度屋敷に戻るのを望んだ。
「朝から晩まで、あれに付き合っていたら疲れる」
エルシーが心配である一方、彼の本音はそれだったらしい。
結局、アーシュラ王女に挨拶をしたらすぐに会場を出てきてしまった。エルシーは「もう少しジョザイアたちと遊びたかったのに」とぶつぶつ文句を言っていたが、それを聞いたイグナーツは、より一層不機嫌な顔をする。
「お父さま、お母さま。お友達ができました。ジョザイア、ダスティン、アリシア、ブリジットです」
「まぁ。たくさんできたのですね」
「はい。ジョザイアは遊びに行ってもいいと言っていました。今度、ジョザイアのお屋敷に遊びに行ってもいいですか?」
だがイグナーツは腕を組んで目を閉じたまま、何も答えない。
「お父さま?」
「旦那様は、少しお疲れのようですね。たくさん、人がおりましたからね」
「でも、お父さまとお母さまは、もう一度パーティーにいくのですよね? エルシーはお留守番ですよね?」
「えぇ。そうですね」
オネルヴァはエルシーの手に触れる。
「できるだけ、早く帰ってきますから。リサとパトリックの言うことを聞いて、休んでいてくださいね」
「はい……」
そう返事をしたエルシーは、どことなく不満そうだった。
そしてイグナーツは、馬車が止まるまで目を開けることはなかった。
慣れた屋敷に戻ると、オネルヴァもほっと肩の荷がおりた気分になる。不機嫌のように見えたイグナーツだが、それでも馬車から降りるときには手を取ってくれた。
「旦那様。お疲れですか?」
「そうだな。ああいった場は、あまり好きではないからな」
馬車より飛び降りたエルシーは、たたっと駆け出して先に屋敷へと入っていく。
きっと友達ができたと、リサたちにも報告したいのだろう。淑女らしくない行動に、本来であれば注意すべきなのかもしれない。だが、自分の気持ちに素直な子どもらしい行動でもある。あとでやんわりと注意すればいい。
「エルシーにもお友達ができてよかったですね。わたくしにも、リオノーラ様を紹介してくださって、ありがとうございます」
「別に俺は……。君をここに閉じ込めているつもりはないからな」
彼も誰かに何かを言われたのだろうか。
だが、オネルヴァ自身もそう思ったことはない。閉じ込められるというのは、あの離宮にいたときのような、あんな状態であると思っている。
「はい……」
それから少し迷った挙句、そっと彼の手を握りしめる。今はただ、イグナーツの体温を感じていたかった。
「次は、日が沈んでから屋敷を出る。それまでは休んでいなさい。俺も、少し休む」
イグナーツが力強く手を握り返してきた。嫌がられてはいない、その事実がオネルヴァの心を軽くする。
「もし、君さえよければ……。いや、なんでもない……」
二人並んで屋敷に入ると、パトリックが出迎えてくれた。だが、屋敷内にはエルシーの賑やかな声が響いている。
エントランスでイグナーツと別れたオネルヴァは、すぐにヘニーを呼んで着替えを手伝ってもらう。少しでも、この締め付けから解放されたかった。
イグナーツではないが、あのような場にほんの少しいただけで、疲れてしまった。
頭を倒すようにして寝椅子に身体を預けていると、ヘニーが黙ってお茶の用意をすすめる。
「お疲れのようですね。身体をお揉みしましょうか?」
「ありがとう。でも、こうやってゆったりとお茶をいただけるだけで、充分です」
「では、私は控えておりますので。何かありましたら、お呼びください」
一人になったオネルヴァは、ただぼんやりとカップを口元に運んでいた。
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