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夫42歳、妻23歳、娘7歳(11)

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 見張りをしていた者に目配せをしたイグナーツは、オネルヴァを抱きかかえたまましっかりとした足取りで奥の部屋を目指す。オネルヴァとエルシーが使っている部屋とは違う部屋。

「あの、ここは……」
「俺たちの部屋だ」

 彼が指を鳴らして魔石灯をつける。ぼんやりと橙色に照らされる室内。天蓋つきの落ち着いたこき色の大きな寝台が目に入る。

 室内の真ん中にある鈍色の長椅子におろされる。

「こんな時間だが……お茶でも飲むか?」

 こんな時間であっても、部屋の隅にワゴンが置いてあり水差しと湯沸かし、カップや茶葉が綺麗に並べて置いてある。

「先に、風呂の準備をしてこよう。冷えただろう?」

 これから冬が訪れようとしている季節だ。夜は冷える。

「わたくしよりも、旦那様のほうが」

 オネルヴァはおもわず彼の手を掴んでいた。驚いたようにイグナーツは振り返る。

「ご、ごめんなさい……」

 オネルヴァ自身、なぜ彼を引き止めたのかがわからなかった。だが、彼を掴んだ手は微かに震えていた。なぜ震えているのかもわからない。
 彼は黙ってオネルヴァの隣に座る。

「そのような格好のままでは風邪をひくだろう? 遅くなってすまなかった……。怖い思いをさせたな」

 イグナーツの両手が背に回り、彼女を抱き寄せる。
 そのぬくもりに触れると、目頭が熱くなる。彼の手が優しく背をなでた。

「……はい。怖かったのです。それでも旦那様が、わたくしの力について教えてくださったから。魔力が無効化されるのであれば、きっとそれが効かないのだろうと」

 だから魔法をかけられた振りをして、逃げ出す機会を見計らっていた。あの男の目的はわかっていたから、あとは無防備になったところを狙えばいい。

「それで……あそこを蹴ったのか……」

 くくっとイグナーツが笑っている。

「だ、旦那様?」
「いや。よほど痛かったのだろうな、と。君の行動力には驚いたよ」
「ミラーンさんなら助けてくれるのではと思っていたのですが……。それも期待できないとわかりましたので。自分でなんとかしなければと。あんなに、必死になったのは初めてです」

 今までのオネルヴァであれば、間違いなくその場に流されていた。生きていても仕方ないと悲観し、最悪の生末に身を投じただろう。

 そんな状況の中で、あそこから逃げ出し、どうせ死ぬなら産みの母親も道連れにしてやろうと考えた。流され続けたオネルヴァにとっては、決死の覚悟であったのだ。

 今までのたまりにたまった気持ちが、一気に爆発した。

「落ち着いたようだな。風呂の準備をしてこよう。やはり、身体が冷えている」

 イグナーツの熱であたためてもらった。彼が離れると、急に心細くなる。

「すぐに戻ってくる。俺はどこにも行かない」

 まるで心の中を見透かされたような言葉に、オネルヴァは上着を手繰り寄せた。微かに残る甘い香りが、心の隙間を埋めてくれる。これは彼のにおい。包まれると、なぜか安心できる。

「待たせたな」
「……あっ」

 イグナーツが穏やかな笑みを浮かべて立っていて、シャツの袖はまくりあげられている。彼自ら、風呂の用意をしてくれたのだ。

 オネルヴァは彼の顔をまともに見ることができなかった。
 上着のにおいをかいでいたところを見られてしまっただろうかと、急に頬が火照り出す。そのまま上着の中に顔を隠す。

 だが、イグナーツはそれごとひょいと身体を抱き上げてきた。

「では、身体をあたためよう」
「えっ……あっ」

 そのまま浴室へと連れていかれる。

 イグナーツは躊躇いもなく、シャツを脱ぎ下着にも手をかけている。目の前に彼の裸体が晒され、オネルヴァはぼんやりとそれを眺めていた。

「なんだ? 一人では脱げないのか?」
「あ、えと……一緒に?」

 まさか一緒に風呂に入るとでも言うのだろうか。

「こんな時間だ。ヘニーを起こすのも悪いだろう?」
「で、ですが……」
「今の君を一人にするのは、心配なんだ。何もやましい気持ちがあるわけではない」

 オネルヴァは目の前のイグナーツの全身に視線を這わせる。

 厚い胸板に鍛えられた筋肉、そして細かい傷跡がところどころにある。こんな明るい場所で彼の肌を見るのも初めてである。

 彼女の視線は、ある一点で止まった。

「なんだ。気になるのか?」

 その視線の先に気づいたイグナーツは、恥じる様子もなく堂々としていた。
 オネルヴァはくるりと背を向ける。

「い、いえ」
「先に入っている」
「は、はい……」

 背中越しに返事をすると、彼がチャポンと湯に入る音が聞こえる。
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