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エピローグ
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月日が流れるのは早く、オネルヴァがゼセール王国に来てから二度目の収穫の月を迎えた。
彼女のお腹はふっくらとしており、新しい命を育んでいる。
「オネルヴァ。顔を見に来たよ。調子はどうだい?」
サロンでエルシーとお茶を飲んでいると、イグナーツがアルヴィドを連れてやってきた。
アルヴィドは、今年もアーシュラ王女の誕生パーティーに出席していた。その間、イグナーツの別邸に泊まっている。
「ええ、順調です。このままいけば、雪の月には生まれるかと」
「寒さが厳しい季節だね。身体が冷えないように贈り物をしよう」
「アルヴィドお兄様。贈り物はたくさんいただきましたから」
オネルヴァの妊娠がわかってから、アルヴィドはイグナーツと競い合うかのようにして、何かかしら送ってくるようになった。
歩きやすい靴、身体をしめつけない服と、どこから情報を仕入れてくるのかわからないが、オネルヴァも知らなかったような品物を送ってくる。
「これ以上は、いりません」とはっきりと言葉にしたのに、キシュアスの民が作ったものだからと言われてしまうと断れない。そうやって、国と民は再建の道を歩んでいる。
「だけど、寂しい感じもするな。オネルヴァは俺の妹であったのに、なぜかイグナーツ殿にとられたような気持ちになるんだよ」
イグナーツの口の端がひくっと動く。
「ですが、わたくしとアルヴィドお兄様の関係にかわりはありません。兄妹は兄妹です」
「それでもなぁ。なんか、俺だけ仲間外れのような気がするんだな」
イグナーツの右眉がぴくっと動く。
「あ」
そこでエルシーが何かにひらめいたようだ。
「アルお兄さま。エルシーがアルお兄さまのお嫁さんになってあげます」
イグナーツのこめかみがふるふると震えている。
その言葉にアルヴィドも目を大きく見開いた。だがすぐに嬉しそうに目尻を下げる。
エルシーはアルヴィドを見上げたまま言葉を続ける。
「そうすれば、アルお兄さまもエルシーの家族になります。お父さまとお母さまがエルシーの家族で、アルお兄さまもエルシーの家族になれば、仲間外れではなくなります」
アルヴィドは幼い彼女をすっと抱き上げた。まだ小さな彼女は軽い。抱き上げたエルシーを真っすぐに見つめる。
「あら、そうしますと。アルヴィドお兄様がわたくしの息子になるということですか?」
オネルヴァは困ったように首を傾げる。
「まぁ、そうなるね。ちょっと面倒くさい関係になるかもしれないが」
「エルシーは、アルお兄さまのお嫁さんにはなれないのですか?」
エルシーも困ったように首を傾げた。
「そんなことはないよ、きちんと手続きをすれば大丈夫だ。だから、未来の花嫁。十年後に迎えにくるとしよう」
「駄目だ」
アルヴィドの言葉に反対の声をあげたのは、もちろんイグナーツである。
「エルシーとアルヴィド殿では、年が離れすぎている」
コホンと可愛らしい咳払いが聞こえる。
「旦那様……。その、年齢差については、わたくしたちも人のことを言えませんので……」
オネルヴァの言う通りである。オネルヴァとイグナーツでは十九歳も年が離れている。そしてエルシーとアルヴィドも同じくらい年が離れている。
イグナーツは悔しそうに顔をしかめた。そのまま何かを考え込んでいるようだが。
「十年後。エルシーの気持ちが変わらなかったら、考えてやってもいい……」
ぎりぎりと唇をかみしめながら、イグナーツはやっとの思いでその言葉を吐き出した。
「あら」
オネルヴァの声に、イグナーツがぴくっと身体を震わせる。
「今、動きました。きっと未来のお義兄様が決まって、喜んでいるのね」
その言葉に、イグナーツが眉間に深くしわを刻む。
「アルお兄さま。おろしてください。エルシーもお母さまのお腹、触りたいです」
「わかったよ、エルシー。十年後を楽しみにしているからね」
アルヴィドは、ちゅっとエルシーの頬に唇を寄せてから、彼女をおろした。
もちろん、それを目撃してしまったイグナーツは、鬼のような形相をしていたのだった。
*~*~雪の月十日~*~*
『きょうは エルシーがおねえさまになりました
赤ちゃんが うまれました
赤ちゃんは 小さくて やわらくて ミルクのにおいがします
赤ちゃんには まだ名まえがありません
おとうさまとおかあさまが なやんでいます
アルおにいさまも なやんでいます
アルおにいさまは よくあそびにきます
アルおにいさまがくると キシュアスとゼセールの国が なかよくできるそうです
エルシーも 赤ちゃんとなかよくします』
【完】
彼女のお腹はふっくらとしており、新しい命を育んでいる。
「オネルヴァ。顔を見に来たよ。調子はどうだい?」
サロンでエルシーとお茶を飲んでいると、イグナーツがアルヴィドを連れてやってきた。
アルヴィドは、今年もアーシュラ王女の誕生パーティーに出席していた。その間、イグナーツの別邸に泊まっている。
「ええ、順調です。このままいけば、雪の月には生まれるかと」
「寒さが厳しい季節だね。身体が冷えないように贈り物をしよう」
「アルヴィドお兄様。贈り物はたくさんいただきましたから」
オネルヴァの妊娠がわかってから、アルヴィドはイグナーツと競い合うかのようにして、何かかしら送ってくるようになった。
歩きやすい靴、身体をしめつけない服と、どこから情報を仕入れてくるのかわからないが、オネルヴァも知らなかったような品物を送ってくる。
「これ以上は、いりません」とはっきりと言葉にしたのに、キシュアスの民が作ったものだからと言われてしまうと断れない。そうやって、国と民は再建の道を歩んでいる。
「だけど、寂しい感じもするな。オネルヴァは俺の妹であったのに、なぜかイグナーツ殿にとられたような気持ちになるんだよ」
イグナーツの口の端がひくっと動く。
「ですが、わたくしとアルヴィドお兄様の関係にかわりはありません。兄妹は兄妹です」
「それでもなぁ。なんか、俺だけ仲間外れのような気がするんだな」
イグナーツの右眉がぴくっと動く。
「あ」
そこでエルシーが何かにひらめいたようだ。
「アルお兄さま。エルシーがアルお兄さまのお嫁さんになってあげます」
イグナーツのこめかみがふるふると震えている。
その言葉にアルヴィドも目を大きく見開いた。だがすぐに嬉しそうに目尻を下げる。
エルシーはアルヴィドを見上げたまま言葉を続ける。
「そうすれば、アルお兄さまもエルシーの家族になります。お父さまとお母さまがエルシーの家族で、アルお兄さまもエルシーの家族になれば、仲間外れではなくなります」
アルヴィドは幼い彼女をすっと抱き上げた。まだ小さな彼女は軽い。抱き上げたエルシーを真っすぐに見つめる。
「あら、そうしますと。アルヴィドお兄様がわたくしの息子になるということですか?」
オネルヴァは困ったように首を傾げる。
「まぁ、そうなるね。ちょっと面倒くさい関係になるかもしれないが」
「エルシーは、アルお兄さまのお嫁さんにはなれないのですか?」
エルシーも困ったように首を傾げた。
「そんなことはないよ、きちんと手続きをすれば大丈夫だ。だから、未来の花嫁。十年後に迎えにくるとしよう」
「駄目だ」
アルヴィドの言葉に反対の声をあげたのは、もちろんイグナーツである。
「エルシーとアルヴィド殿では、年が離れすぎている」
コホンと可愛らしい咳払いが聞こえる。
「旦那様……。その、年齢差については、わたくしたちも人のことを言えませんので……」
オネルヴァの言う通りである。オネルヴァとイグナーツでは十九歳も年が離れている。そしてエルシーとアルヴィドも同じくらい年が離れている。
イグナーツは悔しそうに顔をしかめた。そのまま何かを考え込んでいるようだが。
「十年後。エルシーの気持ちが変わらなかったら、考えてやってもいい……」
ぎりぎりと唇をかみしめながら、イグナーツはやっとの思いでその言葉を吐き出した。
「あら」
オネルヴァの声に、イグナーツがぴくっと身体を震わせる。
「今、動きました。きっと未来のお義兄様が決まって、喜んでいるのね」
その言葉に、イグナーツが眉間に深くしわを刻む。
「アルお兄さま。おろしてください。エルシーもお母さまのお腹、触りたいです」
「わかったよ、エルシー。十年後を楽しみにしているからね」
アルヴィドは、ちゅっとエルシーの頬に唇を寄せてから、彼女をおろした。
もちろん、それを目撃してしまったイグナーツは、鬼のような形相をしていたのだった。
*~*~雪の月十日~*~*
『きょうは エルシーがおねえさまになりました
赤ちゃんが うまれました
赤ちゃんは 小さくて やわらくて ミルクのにおいがします
赤ちゃんには まだ名まえがありません
おとうさまとおかあさまが なやんでいます
アルおにいさまも なやんでいます
アルおにいさまは よくあそびにきます
アルおにいさまがくると キシュアスとゼセールの国が なかよくできるそうです
エルシーも 赤ちゃんとなかよくします』
【完】
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ありがとうございます。
なんとか、完結できました。
どうしてもこの二人のやりとりを書きたくてですね……10年後です!!
ご感想ありがとうございます。
このセリフを言わせたかったのです!!!
そしてもうちょっと、書きたいシーンもありまして、それがドドンと出てきます。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
ご感想ありがとうございます。
ラストまでお読みくだされば……いろいろと?!
最後までかきあがりましたので、最終話まで更新されていきます!!