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団長(8)
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「アズサ、怒っているのか?」
「怒りたくもなるわよね? 何事にも限度というものがあるでしょう?」
ふん、と頬を膨らませながら、彼女は浴室へと消えていく。
その背を見送ったニールであるが、結局彼女から「好き」と言ってもらっていないことに気づく。
求婚をした。それは受けてもらえたはずだ。多分。
だから、ニールの気持ちは充分に伝わっていると思っている。多分。
好きでなければ、求婚は断られるだろう。多分。
だからニールは悶々としていたのだ。
彼女が素直でないのはわかっているし、自分を犠牲にしてまで他人に尽くすのもわかっている。そういう女性だからこそ、惹かれた部分はあるのだが、それでも彼女には自分を見てもらいたい。
「あ、浴室にあった、これ。勝手に借りたけれど? やっぱり大きいわね」
そう言った彼女は、ニールのガウンを羽織って出てきた。
「あなたも、シャワー浴びてきたら? もうべったべたで気持ち悪いでしょう?」
彼女の指摘通り、さまざまな体液にまみれているのは否定できない。べったべたどころではなく、一部は乾いてかっぴかぴにすらなっている。
「あ、あぁ……」
「あら、いやだ。急に素直になって、気持ち悪い。あ、シーツとか取り換えておくわ。どこにあるの?」
体液まみれになっているのは二人の身体だけではない。まぐわったベッドのシーツなどもぐっちゃぐちゃになっている。せっかく綺麗に身体を洗ったところで、もう一度そこで眠りたいとは思わない。
「ああ、そこに置いてある」
着替えなどが置いてあるウォークインクローゼットをあごでしゃくってから、ニールは浴室へと向かった。
こちらの気持ちなど関係ないかのように、しれっとしている態度が少しだけ腹立たしい。
結局翻弄されているのはニールのほうなのだ。
「ちょっと、頭が濡れているじゃないの」
浴室から戻ってきたところを、アズサに見つかった。彼女はずしずしと近づいてくると、ニールが肩にかけていたタオルを奪い去る。
「ちゃんと拭きなさい。風邪をひいたらどうするの? あ、それよりもこう髪の毛をさっと乾かすような魔法はないわけ? ドライヤーみたいなさ。でも、ドライヤーも時間かかるんだよね。できれば、ぱっと一瞬で」
言いながらわしゃわしゃと頭をこすられる。彼女の言うドライヤーが何を指すかはわからないが、そんな魔法があったとしても、彼女には教えない。
ニールは、ひしっとアズサに抱き着いた。
「え? ちょっと、何してるのよ。急に甘えて、気持ち悪いんだけど」
「甘えたら、悪いのか? このほうが頭も拭きやすいだろう?」
「だから、そういう魔法はないのかって聞いてるの。面倒くさいでしょう?」
「面倒くさくはない。こうやってお前にやられるのは気持ちがいい」
「もう」
少しだけ唇を尖らせたアズサであるが、怒っているようではなさそうだ。
「アズサは俺のことが好きなのか?」
彼女に抱き着いたまま、ニールは尋ねた。
「はぁ? 急にどうしたわけ? 甘えたり、そんなことを聞いたり、ちょっとだけ頭がおかしくなったんじゃないの? いつものあなたらしくないわ」
「俺らしいってなんだ?」
「ん~、そうね。飄々としていて他人とかかわない? 人の言うことに対して、100%文句を言ってくるような? 絶対にイエスと言わない人間」
「酷い言われようだな」
「だけど、あなたが心の底では優しいことを知ってる。今回だって、部下を庇ったのでしょう?」
ニールは驚いて顔をあげた。
「だから、言ったのよ。私を遠征に連れて行きなさいって。そうすれば、あなたもこんな苦しい思いをしなくて済んだでしょう?」
ニールは言い返せずに、もう一度彼女を強く抱きしめる。
「あなたが何も言い返さないなんて、図星ってことね。ふふん、これで私の勝ちね」
彼女がなんの勝負にこだわっているかはわからないが、ニールとしてはいつもアズサに負けっぱなしである。心を奪われ、振り回され、彼女から目が離せない。
「アズサ……。愛している。どうか、俺の生涯の伴侶となって欲しい」
「えぇ? なんでこんなタイミングで言うの?」
「お前が俺の気持ちに答えてくれないからだ。時と場所を選ばず、どこでも口説こうと思った」
「そういうところが、あなたらしいというか、童貞というか……」
「それともアズサは元の世界に戻りたいのか?」
それがニールの最も恐れていたことでもある。元の世界に戻る方法はわからないが、彼女が望むならそれを叶えてやろうとは思っていた。
たとえ、二度と会えなくなろうとしても。
「あ、うん。それはないかな。向こうの世界に未練はないし。生きていくだけだったら、こっちのほうが楽ちんだし、楽しいし」
「そうか……」
「なによりも、あなたがいるからね」
そこでアズサはニールが欲しがっていた言葉を、こっそりと耳元で告げる。
だから、アズサには敵わない。
【完】
「怒りたくもなるわよね? 何事にも限度というものがあるでしょう?」
ふん、と頬を膨らませながら、彼女は浴室へと消えていく。
その背を見送ったニールであるが、結局彼女から「好き」と言ってもらっていないことに気づく。
求婚をした。それは受けてもらえたはずだ。多分。
だから、ニールの気持ちは充分に伝わっていると思っている。多分。
好きでなければ、求婚は断られるだろう。多分。
だからニールは悶々としていたのだ。
彼女が素直でないのはわかっているし、自分を犠牲にしてまで他人に尽くすのもわかっている。そういう女性だからこそ、惹かれた部分はあるのだが、それでも彼女には自分を見てもらいたい。
「あ、浴室にあった、これ。勝手に借りたけれど? やっぱり大きいわね」
そう言った彼女は、ニールのガウンを羽織って出てきた。
「あなたも、シャワー浴びてきたら? もうべったべたで気持ち悪いでしょう?」
彼女の指摘通り、さまざまな体液にまみれているのは否定できない。べったべたどころではなく、一部は乾いてかっぴかぴにすらなっている。
「あ、あぁ……」
「あら、いやだ。急に素直になって、気持ち悪い。あ、シーツとか取り換えておくわ。どこにあるの?」
体液まみれになっているのは二人の身体だけではない。まぐわったベッドのシーツなどもぐっちゃぐちゃになっている。せっかく綺麗に身体を洗ったところで、もう一度そこで眠りたいとは思わない。
「ああ、そこに置いてある」
着替えなどが置いてあるウォークインクローゼットをあごでしゃくってから、ニールは浴室へと向かった。
こちらの気持ちなど関係ないかのように、しれっとしている態度が少しだけ腹立たしい。
結局翻弄されているのはニールのほうなのだ。
「ちょっと、頭が濡れているじゃないの」
浴室から戻ってきたところを、アズサに見つかった。彼女はずしずしと近づいてくると、ニールが肩にかけていたタオルを奪い去る。
「ちゃんと拭きなさい。風邪をひいたらどうするの? あ、それよりもこう髪の毛をさっと乾かすような魔法はないわけ? ドライヤーみたいなさ。でも、ドライヤーも時間かかるんだよね。できれば、ぱっと一瞬で」
言いながらわしゃわしゃと頭をこすられる。彼女の言うドライヤーが何を指すかはわからないが、そんな魔法があったとしても、彼女には教えない。
ニールは、ひしっとアズサに抱き着いた。
「え? ちょっと、何してるのよ。急に甘えて、気持ち悪いんだけど」
「甘えたら、悪いのか? このほうが頭も拭きやすいだろう?」
「だから、そういう魔法はないのかって聞いてるの。面倒くさいでしょう?」
「面倒くさくはない。こうやってお前にやられるのは気持ちがいい」
「もう」
少しだけ唇を尖らせたアズサであるが、怒っているようではなさそうだ。
「アズサは俺のことが好きなのか?」
彼女に抱き着いたまま、ニールは尋ねた。
「はぁ? 急にどうしたわけ? 甘えたり、そんなことを聞いたり、ちょっとだけ頭がおかしくなったんじゃないの? いつものあなたらしくないわ」
「俺らしいってなんだ?」
「ん~、そうね。飄々としていて他人とかかわない? 人の言うことに対して、100%文句を言ってくるような? 絶対にイエスと言わない人間」
「酷い言われようだな」
「だけど、あなたが心の底では優しいことを知ってる。今回だって、部下を庇ったのでしょう?」
ニールは驚いて顔をあげた。
「だから、言ったのよ。私を遠征に連れて行きなさいって。そうすれば、あなたもこんな苦しい思いをしなくて済んだでしょう?」
ニールは言い返せずに、もう一度彼女を強く抱きしめる。
「あなたが何も言い返さないなんて、図星ってことね。ふふん、これで私の勝ちね」
彼女がなんの勝負にこだわっているかはわからないが、ニールとしてはいつもアズサに負けっぱなしである。心を奪われ、振り回され、彼女から目が離せない。
「アズサ……。愛している。どうか、俺の生涯の伴侶となって欲しい」
「えぇ? なんでこんなタイミングで言うの?」
「お前が俺の気持ちに答えてくれないからだ。時と場所を選ばず、どこでも口説こうと思った」
「そういうところが、あなたらしいというか、童貞というか……」
「それともアズサは元の世界に戻りたいのか?」
それがニールの最も恐れていたことでもある。元の世界に戻る方法はわからないが、彼女が望むならそれを叶えてやろうとは思っていた。
たとえ、二度と会えなくなろうとしても。
「あ、うん。それはないかな。向こうの世界に未練はないし。生きていくだけだったら、こっちのほうが楽ちんだし、楽しいし」
「そうか……」
「なによりも、あなたがいるからね」
そこでアズサはニールが欲しがっていた言葉を、こっそりと耳元で告げる。
だから、アズサには敵わない。
【完】
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