獣人カフェで捕まりました

サクラギ

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8 理想像

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 獣人を初めて見たのは受付の白ウサギだ。でもその時は人がコスプレしているくらいの感覚でしかなく、添い寝してもらった小柄な獣人もぬいぐるみ感覚くらいで、首筋の獣臭を嗅いで妄想に熱くなっていただけに過ぎなかった。

 でもこれは違う。紘伊の思う獣人像と現実が初めて合致する。

「どうして手を撫でるのですか?」

 壁に繋がれている動かせない手の上に獣人の手が乗せられている。肉球の硬い様な柔らかい様な不思議な感触にソワソワした。

「触れて良い場所が手首より先だけだからだ」

 なるほど、獣人カフェルールと同じだ。見つめられると目を合わせていられなくて視線を逸らす。なんだこれ、初々しいお見合いの場か? 30歳のおっさんのする仕草じゃないだろうと思うが、理想が目の前にいて、興味のある視線をよこして来るのだ。浮かれるのは仕方がないと思って欲しい。

「手を繋いでも?」

 マジか。嬉しいけど絶対に表情に出さないぞと意気込んで、繋がれていない方の手を差し出した。

「どうぞ」

 人間カフェ良いかもしれない。
 そっと手を繋がれて、肉球が手のひらに当たる。指先が手の甲側に触れて、さわさわとした毛の感触が伝わった。添い寝部屋に指名してくれないかな? 指名されて後ろから抱き込まれてみたい。そういう想像はダイレクトに股間に響く。大人な余裕で耐えているけど、自分の部屋に戻ったら妄想で余裕にぬけそうだ。

 会話もなくただ手を繋いでいる。30分、長い様で短いんだな。紘伊が獣人を会話部屋に呼んだ時の30分は、何を話したら良いのか分からずに、好きな食べ物を聞いたり、獣人の習性、何時間寝るのかとか食事は何回とか風呂に入るのかとか、忙しなく聞いてウンザリさせた事を思い出させた。こんな手を繋ぐだけで、存在だけで相手をドキドキさせるスキルは紘伊にはない。男としての格の違いを見せつけられている様だ。だけどそれにさえ性欲を覚えている自分の節操のなさに落ち込む。

「また指名しても良いか?」

 ドアに付けられたアラームが5分前を告げた。

「はい」

 親指で甲を撫でられる。
 名残惜しそうに手を離され、椅子から立ち上がって行く。その背中を見送り、ドアの向こうに消えると、大きく息を吐いた。ほぼ会話のない30分だったけど、退屈じゃなかった。脳内では激しく妄想が膨らんでいる。この獣人の職業だったり生活だったり、獣人国を想像するだけでも楽しかった。

「白石さん、30分休憩後、ご指名です」

 手枷を外されて休憩室へ案内された。小さな部屋にトイレと洗面台があり、古い一人掛けのソファ、丸テーブルの上には軽食やスナック菓子、ペットボトルの飲み物がある。

 ひとまずお茶を飲んでトイレを済ませる。さすがに30分の休憩では気が休まらなかったけど、最初が最高だったから期待が膨らんでいた。
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