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閣下であらせられるぞ
しおりを挟む──「誰だ! そこで何をやっている!?」
「ひっ!?」
ドスン、と痛々しい音を立てて木から落ちたのは、二階の休憩室の様子を覗き見ていた時のことだった。
ジャンとモニカが楽しそうに腕を組んで階段を登っていたから何処かの部屋で一発ヤると思ったのだが。
「女か。何者だ? 何を調べていた」
「も、申し訳御座いません……!」
仮面舞踏会は愉しいダンスの時間だから、裏には誰も来ないと思っていたのに。
いやむしろそんな時だからこそ騎士の誰かが見回りに来たのか。
そんな時にムラつくジャン達もどうかと思う。
派手に尻餅をついた私の両腕を即座に押さえ付ける男。
相手は逆光でよく見えない。
舞踏会の参加者では無いと明らかに分かるシンプルな紺のドレスに木登りして部屋を覗いているのだから、確かに傍から見れば怪しさマックスであった。
「何を調べていたと聞いている」
「あ、あの私はその……!」
「それとも盗みか? 皆浮足立っているからな。盗むのも簡単だろう。どうやって潜り込んだ? ん?」
「違っ……あの、私メリーウェザーです……! 胸の釦を外して頂ければ証明できます……!」
「メリーウェザー?」
「本当です……!」
男は疑いつつも私の釦を外す。
片手で腕を押さえつけられ釦を外されるという行為に、こんな状況であるにも関わらず照れてしまうのは、いつも自分で服を脱いでいるからだろうか。
慣れた手付きで釦を外され、メリーウェザーの宝が見えると「どうやって盗んだ」と一層疑われた。
「違う! 本当にメリーウェザーです! こ、婚約者が寝取られたので証拠を集めていただけなんですーっ!」
「婚約者……? メリーウェザー家との婚約といえば……ジャン・ロズワールだが……まさか、アイビー・メリーウェザー……?」
「そうですそうですアイビーですっ……! モニカという女に寝取られたのが悔しくてもう裏切られないように確実な証拠を集めていただけなんですっ……!」
こんな醜態晒したくもないが、事実である。
嘘をつく意味もないし嘘をつくのも嫌いだ。
言い切ると暫しの沈黙後、どうやら信じてくれたようで押さえつけられていた手が解放された。
「レディ、大変な失礼を致しました。どうぞお手を」
「い、いえ私の方こそお恥ずかしい姿を……」
伸ばされた手を取り、明かりが男の顔を照らせば、あまりの衝撃に「エッ!」と声を上げてしまう。
だって私の掌が重なる相手は、騎士ではなく、この国の宰相様なのだから。
「リンデンバウム卿!?」
「ふふ、そんなに驚かなくたっていいだろう? 私だって驚いているんだから」
「そ、そうですよね、ももも申し訳御座いません、侯爵様の御手を汚してしまいました」
「気にしないで。レディの方こそ、ドレスが泥だらけになってしまったね。此方へおいで、替えのドレスを用意しよう」
「え!? いえそんな私は大丈夫ですから……!」
「そんな格好でレディを帰すわけにはいかないだろう? 怪我をしているかもしれないし……それに。詳しく話を聞いてみたいな」
「っ、そう……仰るなら……お言葉に甘えます」
家格が上のしかも宰相であらせられる御方の提案を、無下に断るわけにはいかない。
むしろご迷惑を掛けてしまったのに私の身を心配してくれるなど有り難い限りだ。
リンデンバウム卿は、私を押さえつけていた人とは思えないほど優しいエスコートをする。
腰に添えられる掌を意識して一度深呼吸する理由は、齢三十八のこの御方、アイザック・リンデンバウムが女殺しの優しい悪魔だからである。
煤竹色の髪に黄金色の瞳、オールバックがこうもセクシーに映るとは。
騎士と間違うぐらい逞しい身体と、ジャンとはひと味もふた味も違う大人の色気。
(漂うオーラが違うもの。性欲大魔王なんてあだ名よりよっぽどマシね……)
「まさかモニカ嬢の被害者がここにも居たとはね」
「ここにもって一体……!?」
「しかも次の相手が婚約者ができてからパタリと女遊びを止めたジャン君か……」
「詳しくお聞かせ願えますか!?」
「し、」
リンデン卿の人差し指が唇に当てられ、「続きは部屋でね」と、悪魔が見え隠れする優しい笑みに、私は思わずゴクリと唾を飲み込んでしまった。
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