7 / 18
震える背中に
しおりを挟む始まりは騎士号を授けられた父だった。
功労金で贅沢の味を知ったモニカだったが、それから約二ヶ月後、両親が離婚。
そして何処で捕まえてきたのか両親が離婚してからたった一ヶ月後──、コート男爵と実母が結婚し、モニカは男爵令嬢となった。
そこからは早い。
二週間後には招待された茶会で同じ男爵家の男性と関係を結び、またその三週間後には子爵家の男、しかも四人の兄弟全てと関係を持ったそうだ。
貴族男子のみならず、宮殿の騎士や屋敷の使用人とも行為に及んでいるとか。
「──で、次にジャンってわけですか……」
「そうみたいだね。コート男爵本人とも関係を持っているんじゃないかって噂もあるぐらいだ」
「うえ。それはなかなかスキャンダラスですね」
「段々と家格を上げているところを見れば次は侯爵かな」
「ならばリンデンバウム卿も狙われるのでは」
「あはは。私があんな小娘に弄ばれるなど、有り得ないね」
「それはまぁ……。リンデンバウム卿ならば逆に弄ぶのでしょうね」
「そう?」
黄金色の瞳が細まり、かたちの良い唇が弧を描く。
堅苦しいシャツの第一釦を外した隙間から覗く首筋に、こんな私でさえ見惚れてしまうのだから目の前の欲に負ける令嬢達の気持ちが少しだけ分かるような。
それにしても性欲大魔王がまさか羊の皮を被った発情ハイエナに敗北したとは驚きだ。
ジャンは少々頭が足りないから頭の良いハイエナには敵わなかったか。非常に残念である。
(あぁ……お陰で結構色々なことが知れたわね。リンデンバウム卿には今度何かでお返しをしなければ……)
「ねぇアイビー」
「ッはい!?」
「ふふ、そう呼んでも良いかい?」
「え!? あ、ハイ、お好きにお呼び下さいませ……!」
「私のことも気軽にファーストネームで呼んでおくれ」
「そ、そそそうですか!? で、ではアイザック様と……」
「アイビー、もう一つ聞きたいのだけどいいかい?」
「なんなりと!」
距離の詰め方が異常なんだが。
さすが重ねてきた歳が違うだけある。
(これは危険……。名前を呼ばれると思っていなかったから驚いて跳ねた心臓が異性のものへのそれだと勘違いしてしまう……)
こんな女でも顔の良いジャンで慣れているのだ。
取り敢えず落ち着け自分。
「こう言っては何だけど。アイビーはそんな男性と婚約破棄をする気はないの?」
「え? そう……ですね。考えたことないです」
「何故?」
「何故…………まぁロズワール物流センターが潰れると我が領も困りますので。ジャンは顔だけは良いですからね、彼を狙っていた女性も多く居ました。ですから彼の借金を返す代わりにロズワール物流センターの責任者を私に一任するという婚約をしたんです」
「けれど未だに代表者はジャンでは? 実際には君が仕事をしているのに社交界の殆どはジャンが取り仕切っていると思っているよ。アイビーはそれでいいの?」
「ええ、彼も人間ですから。どうせ結婚するって考えると可哀相な扱いはしたくなくて。それに、いつも有難うとか、ごめんね、とか、頑張ってねとか、ちゃんと言ってくれるので私も責められないのです」
なんとなくアイビーのことが分かってきたかな、とグラスにワインを注ごうとするが、どうやら空になってしまったようだ。
スパイスで温まった身体、ふいに見つめられるとまた唾を飲み込んでしまう。
「ねぇアイビー。宰相としてはさ、その集めた証拠が君の不利にならないか確かめてみたいんだけど。今持ってる?」
「本当ですか!? 我武者羅に二人を追ってただけなので是非! でも今は持っていなくて、宿泊先のホテルに全て……」
「そっか。王都にはいつまで居るの?」
「一週間程……。リンデンバウム卿はお忙しいですものね……やはり自分の力で、」
「アイビー、名前」
「んっ」
彼の指先が唇に触れるのはこれで二度目。
何故この人は背筋をぞくぞくさせるような笑みを浮かべるのだろう。
「あ、アイザック様……」
「宜しい。じゃあ仕事が終わったら私がホテルへ行くよ」
「えっ!? そんな事させられません! それに……!」
「それに? 君には悪いけど単に興味本位なだけなんだけど……やっぱり……」
「そそそそうですよね、そうですよね! ご協力感謝いたします、大変有り難いお話ですから勿論お願い致します!!」
そうだ。
そんな訳は無い。
いくらホテルに男女二人だからと言って、男が皆そうとは限らない。
(最近はジャンを間近で見ていたから感覚がおかしくなってるわ……。そうよ。だって相手はリンデンバ……アイザック様よ?)
アイザック様は婚約や結婚している相手には手を出さないのだから。
ただ女殺しであるため、男と別れてまで彼と繋がった女性もしばしば……。
だが誰一人彼と婚約まで漕ぎ着けた者は居ないのだ。
本当に怖い男だと思う。
そんなことを考えていると、じゃあそろそろ帰ろうかな、とアイザック様が立ち上がった。
侯爵が立ち上がったので私も同時に立ち上がると、「アイビーは座ってなさい。仮にも木から落ちた身だろう?」なんて優しい指先が背中を滑る。
だから思わず背中を反ってしまった。
そこは私が感じるところだから。
「っ!」
「……ふふ。アイビー、君って可愛いね」
カワイイ?
誰が?
それとも何が?
まさか私?
「何をそんなに固まっているの? 婚約者が居るのだから可愛いぐらい言われるだろう?」
「え、い、いえっ……! あの、あまり……」
「そうなの?」
「格好いいとか、素敵とかならよく言われますけど、可愛いは……」
「それは勿体無いね」
(勿体無いとは……!?)
背中に僅かに残された指の感触が、ぞくりと私を震わした。
そして彼は優しい悪魔の微笑みで、「じゃあ……また、明日ね。アイビー」と耳元で囁き、部屋を後にしたのだった。
12
あなたにおすすめの小説
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません
下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。
旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。
ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも?
小説家になろう様でも投稿しています。
氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました
まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」
あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。
ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。
それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。
するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。
好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。
二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。
契約妻に「愛さない」と言い放った冷酷騎士、一分後に彼女の健気さが性癖に刺さって理性が崩壊した件
水月
恋愛
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件の旦那様視点短編となります。
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話
下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。
御都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる