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第三章 不在

52 たたかい

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 コンテナハウスに入ってきた男が大声ですごむ。

「おぉい! 誰だてめぇ! 人んちに勝手に入ってんじゃねえぞコラァ!」

 男は俺に向かってクワを振り上げ、駆け足で近づいてくる。
 思わず俺は叫ぶ。

「誰っ!?」
「帯金だ」

 冷静に答える伽羅奢。
 俺はとりあえず伽羅奢の盾になるように陣取って、迫りくる男に対し身構えた。が、完全に無防備だ。どうする。どうする?! パニックになる俺の後ろで、伽羅奢が特大ニッパーを拾い上げる。
 同時に男が俺に向かって吠えた。

「おめぇ、その女の知り合いかぁ? 困るんだよなぁ! ここに居るのがバレるとよぉ! やっぱ生かしちゃおけねえなあ! お前ら二人とも土ん中に埋めてやるよぉ」

 クワを振り上げた男は俺のすぐ目の前まで来ている。
 俺はそばにあった椅子をサスマタ代わりに突き出して、なんとか凶器から距離をとろうとした。そんな俺の隣から、槍のようにニッパーを持った伽羅奢が顔を出す。

「ちょっ、伽羅奢!? 何する気?!」
「刺す」

 刺す!?

「いや、無理でしょ! 向こうの方がリーチ長いんだから! 危ないから伽羅奢は後ろにいて!」
「大丈夫だ。私は強い。レベルマックスだぞ」
「なんのゲームの話?! これ現実だから! 頼むから変な事しないで!」

 ドレス姿で首から鎖を垂らし、ニッパーを振り上げる美少女。アクションゲームのウケ狙いアバターか!
 ……なんて言っている場合ではない。男の目がギラついている! 相手は本気だ!

「ゴチャゴチャうるせえなぁ! さっさと死ねよこの野郎!」

 男が力いっぱいクワを振り下ろす。
 俺はとっさに男の顔面めがけて椅子を投げつけて、伽羅奢をかばいながら横に飛びのいた。男がひるんでいるうちに体勢を整える。上手く逃げな――。

「死ぬのは貴様の方だ、帯金ぇ!」
「えぇぇぇえ!」

 隣に居たはずの伽羅奢がニッパー片手に男に攻撃を仕掛けようとする。

「待て待て伽羅奢! 駄目だってば!」

 慌てて伽羅奢の体にタックルし、そのまま彼女を連れて出口に向かって走る。

「うるさい! 離せ愛音! これは正当防衛だ! 殺らねば殺られるのだぞ!」
「過剰防衛だよ! いいから逃げて!」

 伽羅奢を抱え、強引に部屋の半分まで走る。下手に戦うより、確実に生き延びる事が最優先だ。
 その瞬間、掴んでいた伽羅奢の体に後ろから変な力がかかった。
 振り向くと、伽羅奢の首から垂れた鎖を男が踏んづけているのが見える。鎖を拾い上げた男がそれをグイッと引くと、伽羅奢の体が男の方へ数歩近づいた。駄目だ。このままじゃ逃げられない!
 男は伽羅奢を手繰り寄せながら、勝ち誇ったようにニタニタ笑う。

「逃げるなよぉ、兄ちゃん」

 俺も伽羅奢も、鎖を引っ張られるたび少しずつ男に近づいていく。

「おいお前ぇ、武器は捨てな」

 男が伽羅奢のニッパーを睨んで言った。けれど伽羅奢は殺気立ったまま、ニッパーの先を男に向けている。

「嫌だ。……と、言ったら?」
「ああ? 殺んのかコラァ!」

 鎖を引っ張っていた男も、片手でクワを振り上げた。
 まずい!

「馬鹿、伽羅奢! 抵抗すんな!」
「キミは私に『黙って殺られろ』と言うのかね?」
「伽羅奢の体力で勝てるわけがないだろ! とりあえず従えって!」

 無駄に戦うより、男に従いながら隙を見て逃げるべきだ。
 伽羅奢は舌打ちしながらニッパーを床に放りなげる。男はそれを遠くへ蹴飛ばして、勝ち誇った顔をした。

「おいお前ら。殺されたくなかったらそこの椅子に座れぇ。二人ともだよ。ほらぁ、早くしろ!」

 男は部屋の中央に椅子を二脚引っ張って来て、背中合わせになるように置いた。
 俺と伽羅奢をそこに座らせると、伽羅奢の首から垂れ下がる鎖で、俺と伽羅奢の体を椅子にいっぺんに縛り付ける。

「いいかぁ。動くなよぉ。動いたらこのクワで頭カチ割るからなぁ」

 いやらしい笑みを浮かべた男がそう言いながら、部屋の隅に置いてあった灯油を入れる赤いポリタンクを持ってきた。

「ちょっ……まさか……」

 これで丸焼きにする気か?
 青ざめる俺たちを見て、男がニヤニヤしながら中の液体を俺たちの足元にトプトプとまいていく。

「ひひっ。全部燃えてなくなっちまえば良いんだよぉ!」

 立ち込める独特な灯油のにおい。危険な香りが椅子の周りをぐるりと囲む。

「……ねぇ、伽羅奢。これ、まずくね?」
「だから言ったではないか! 戦っておくべきだったのだよ! 逃げてばかりで勝てるわけがないだろう! これだから素人は!」
「いや、……えぇえ?」

 そうか? そうなのか?
 いや、そんなこと今更だ。とにかく今はこの鎖をほどいて脱出しなければならない。
 もぞもぞと体を動かすと、男の「動くんじゃねえ! 頭割られてえのか!」という怒声が飛んできた。

「……あ、そうだ」

 もし。もしも、だ。
 奴が俺の頭を割ろうとクワを振り下ろしたとする。
 そのタイミングで俺が上手く体をひねって、この鎖の上にクワが当たるように出来たらどうだろう。あのニッパーで切った時みたいに、また鎖を切る事も可能なんじゃないだろうか。そうしたら、この状況から逃げられるかもしれない!

 そんな楽観的なひらめきの裏で、脳内のもう一人の俺が冷静につっこむ。

 いや、クワなんかで鎖を切れるか?
 というか、ミスったら俺の頭は真っ二つだ。下手したら伽羅奢だって危険にさらしてしまう。そんなの、非現実的だろ。

 脳内の俺が議論を繰り返していると、伽羅奢と背中合わせで縛り付けられていた椅子がガタンと大きく動いた。
 背後の伽羅奢が小声で言う。

「私に合わせろ、愛音」
「は? 合わせるって」

 何をだよ。と確認する前に、男が引きつった声をあげた。

「お、おぉい。お前、パンツ見えてるぞ」

 パンツ?
 同時に伽羅奢のため息も聞こえる。

「見せているのだよ。こんなコスプレをさせておきながら、この美少女を抱かずに殺す気かね? 貴様、それでも男か? ほれ。ほれ。よく見るのだよ」

 ほれほれ、という声に合わせて、カタカタと椅子が動く。
 いや、パンツ?

「え、M字開脚するとは、良い度胸じゃねえか」
「は? M字……開脚?!」

 びっくりしすぎた俺は可能な限り首を後ろに回してみた。けれど、背中合わせの伽羅奢どころか男の姿も視界に入らない。クソ! 伽羅奢のやつ、何をしているんだ!
 開脚って、あの短いドレスで? 股を開いている? 本当に?

「伽羅奢! 馬鹿な真似はよせ!」
「うるさいな愛音。キミは少し黙っていろ」
「なんでだよ!」

 これはどう考えても伽羅奢の危機だ! それなのに俺は、何も出来そうにない。
 ヒヒッと男が笑った。
 やばい。これはやばい。
 ガタガタと小さく椅子が動いて、伽羅奢が姿勢を変えたのがわかった。
 男がゴクリと唾を飲む。男に向かって、伽羅奢が甘えた声をだした。

「ねえ。私の処女、欲しいんじゃなかったの?」
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