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56・デュニナ

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 ずっと一緒にいよう。
 そう言ったんだ。
 放さないでって。
 なのに。



 僕はずっと一人だった。
 ううん、ほんとは一人じゃなかったのかもしれない。
 はじめはきっと僕にも、お母さんとかお父さんとかそんな存在がいたはずなんだ。
 でも、そんなの昔過ぎて。
 もう、何も覚えていなかった。



 神人は世界だ。
 世界の化身けしん
 世界の現身うつしみ
 あるいは世界そのものと言い換えてもいい。
 神に等しい存在。
 だが、世界に縛られた存在。
 神人はただそこにあればよかった。
 神人がある限り、世界が亡くなることはない。
 そんな世界の要たる神人は、不老であれど不死ではなく、だけど長い寿命に相応しく、繁殖力が著しく低かった。
 本来ならそれで問題はなかった。
 世界は繁殖などする必要がないからだ。
 だが、神人を脅かすものがないわけでもない。
 それは時に世界そのもので。
 有限なる世界。
 有限なる神人。
 だが、神人が逸れに抗うことはなく、ただ揺蕩うように生きて。

 世界存続させ続ける為に、神人を失くすわけにはいかない。

 そんなことを言い始めたのは、いつしか世界中に蔓延るようになっていた、神人に似せて作られた存在である人間。
 どこでどう間違ったのか。
 欲深くなってしまった人間は、神人を捕らえ、繁殖を試みた。
 自分たちと。
 あるいは他の者たちと。
 神人は流され、時に選択し、時に抗い、あるいは彼らに迎合した。
 神人との繁殖に成功したのは、神人と愛し合うことが出来た一部の者たちだけだったのだと聞く。
 そうして神人たちは、他の種族と交わり、自らの命を縮め、しかしその代わりに次代へと自らの存在を薄めていった。
 そのうちに純粋な神人が一人、また一人といなくなっていく。



 神人は世界だ。
 世界は、神人があればこそ成り立つ。
 神人さえいれば滅びることはない。
 いつの間にか行くそうにも分かれてしまっていた世界は、薄まって残された神人たちの子孫によって成り立っていた。
 そんな中で、純粋な神人として残ったのはただ一人。――……否、二人。

 それは世界の意志だったのか。それとも。



 『デュニナ』は神人の中でもただ一人だ。
 『デュニナ』とは『世界』の代理人。
 わかりやすい言葉で言うならば、『世界』の巫女。
 世界を宿す者。
 あるいは『世界』そのものだ。
 僕が『デュニナ』に選ばれた時、僕の外にも神人はたくさんいた。多分。
 あまりに昔過ぎて、もう記憶は曖昧で。
 『デュニナ』に選ばれた僕は、世界と同化するようにして時を過ごした。
 長く、長く、神人の住まう場所、エリュナリアの最奥で、守られるようにして眠りにつく。
 長く長く、夢を見ながら。
 世界でただ一人残された純粋な神人。その、はずだった。



 世界中に人がはびこり、神人の気配の薄まった世界の、それは抵抗だったのか、あるいは祈りだったのか。
 きっと最後の願いだったのかもしれない。

 彼が、出現したのはそんな経緯。

 あるいは僕以外で単純に、なんとか生き永らえていた純粋な神人だっただけなのか。
 それが僕のつがい、愛しい貴方。
 スホーセル・シズィアピス。
 僕のスェル。
 藤色がかった銀の髪と、淡い藤色の瞳を持つ、僕と違って、とても逞しい男性のような姿をしていた。
 そんなスェルが、微睡む僕に寄り添うようになったのは、果たしていつの頃からだったのか。
 僕はもう何も覚えていない。
 ただスェルはずっと僕の側にいてくれた。
 微睡む僕を抱きしめて、ずっと離さずにいてくれた。
 僕が彼を自分の番だと認識するようになるまで、それほど時間はかからなかったように思う。
 否、本当は遠く遠く、呆れるような時間がかかっていたのかもしれないけれど。
 その多くを眠って過ごしていた僕にはわからない。

 スェルは世界の意志の通り、僕と、新たな神人を作り出さなければならなかった、らしかった。

 詳しくはわからないが、僕はスェルにそう聞いている。
 新たな神人を作り出す。その方法はただ一つ。
 そもそも人は神人に似せて作られたのだ。
 繁殖方法もまた同じ。
 交わって、繋がって、腹に子を宿す。

 スェルは彼自身の本能に従って、眠る僕と交わったのだそうだ。

 僕は幸いにして『デュニナ』で、男性の形をしていたが、機能が男性のもののみとは限らなかった。
 元々神人は極端に低い繁殖力に相応しく、見た目の性別が機能しない。否、それだけに縛られないというべきか。
 皆が男であり、女だった。
 そんな中で、『デュニナ』はその傾向が顕著だ。
 何故なら『世界』は、単一の性ではないから。
 そして神人は繁殖力が低いということからわかるとおり、繁殖する為には、わけのわからない長い時間の交わりを必要とした。
 何年、何十年、何百年、何千年。
 気が遠くなりそうな時間、繰り返された交わりの果てに、ようやく新しい神人を生み出せる。
 スェルは長い長い時間をかけて、眠る僕に子供を与えてくれたようだった。
 僕が起きていられる時間は短く。
 だけど、起きる度、ずっと傍にいてくれるスェルに安堵した。
 僕にはスェルだけだった。
 ずっとずっと。僕のつがい



 子供は宿っても、生れるまでにまた幾度もの交わりがいる。

 僕は寝ていても起きていても、幾度も幾度も飽きることなく、スェルと体を交わし合った。
 気持ちよくて堪らなかった。
 ただひたすらに幸せだった。



 起きている時はスェルと戯れる。
 他に誰の気配もない、二人っきりのエリュナリアで、スェルと話したり、何かを食べたり、時には二人で花を愛でたり。
 一人にはならないようにと言われていた。
 僕は今、子供を宿しているし『デュニナ』だから。
 『世界』からどのような干渉があるかわからないって。
 でも、ちょっとだから、大丈夫って思ったんだ。
 だって珍しく僕は起きていて、近くの花畑が、ちょうど、キレイに花を咲かせる季節だった。
 だから。



「――……デュニナっ!」
「っ、スェル様っ!」

 お互いに伸ばし合った手は掴み合えることはなく……――僕は界の歪み・・に落ちていった。



 あるいはそれが世界の意志だったのか。
 わからない。
 僕には何もわからない。

 でも。
 ああ、スェル、スェル様。
 今、僕はあなたと共にいる。
 だからもう、それだけで。



 こうして僕の放浪の旅は終わった。


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