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2・学園でのこと
2-2・理由は単純
しおりを挟む思えば乙女ゲームのことなんて、俺は最近ではすっかり意識しなくなっていた。あれほど、覚えておこうと努めていたというのに。もとよりうろ覚えだったというのもある。
自分は悪役令息で、妹はヒロイン。ついでに婚約者も殿下も攻略対象。あとは他に誰が出てきたのだったか。細かな展開も含めてさっぱり覚えていない。
ならばこそむしろアツコの存在はありがたいのでは? と、俺は思った。
とはいえ、これまでの記録上、前世で見聞きした何かにこの世界が似ている、といった場合でも、所謂、強制力のようなものはなかった、とは確認できているのだが。それでも、曖昧な記憶は補完しておいて損はないと思うし、知識というものは多ければ多いほどいい。
俺は初対面で人のことを呼び捨てにした上、悲鳴交じりの声を上げたアツコににっこり笑って答えた。
「貴方はこの世界のことを知っているんですね。そのお話、詳しく教えて頂けませんか?」
アツコはびきりと固まって、慌てたようにこくこくと首を縦に振っていた。
後から聞いたところによると、その俺の笑顔はどこか恐ろしかったのだとか。
失礼な。
とかくその後、ある程度、乙女ゲームの展開等を教えてもらっての今である。
アツコがこの世界に来てから3ヶ月と少し。3人揃って学園へと通うようになってから1週間。アツコは毎日、制服を着て、王宮から殿下と同じ馬車で、行き返りを共にしている。
同じクラスだから授業も一緒だし、自分の家である公爵邸へと帰る俺よりよほど、アツコの方が殿下といる時間は長いと思うのだが、何を言っているのだろうか。
昼休み。
学園の敷地内にあるカフェテリアの奥まった席を陣取って、3人で食後のお茶で一服していたら、俺と殿下の様子を見ていたアツコが、おもむろに口を開いたのだ。
貴人専用スペースのようなものが設けられているわけでもなく、奥まった席だとは言え、他と変わることのない場所なのだが、殿下がいることもあって、さりげなく人払いがされており、声が聞こえる範囲に、人の気配はない。
乙女ゲームの知識があるアツコの目には、どうやら、俺と殿下がこうまでずっと離れず行動していることそのものが奇異に映るらしかった。
いや、しかし、そうは言っても、アルフェスは一つ歳が下で、まだ学園に入学してもいないのだが。
そのまま告げると、アツコは首を横に振る。
「学園内のことだけじゃなくて。これまでもなんだかんだ、貴方達が私の授業、受け持ってくれてるとこもあったから、結構一緒にいたじゃない? それなりに色々雑談とかもしたと思うんだけど、ティアリィからアルフェス様の話題って、出たことないでしょう? もしかして仲が悪いの?」
歳が十も違うこともあって、アツコはすっかり俺達には砕けた口調で話すようになっている。愛称を敬称なしで呼ぶことさえ、俺は許容していた。流石に殿下のことは名前では呼んでいないようだが。アルフェスとは、面識がないゆえの様付けらしい。
俺は答えに窮した。なんと言えばいいのか。
「仲が悪い、わけじゃないんだけどね……今も週に、2、3回は顔を合わせるようにしてるし」
とはいえ、俺が学園に入学した以上、その頻度はどうしたって減っていく予定ではあるのだけれど。
俺がほぼ毎日王宮に出向いていた以上、アルフェスより殿下と会う頻度の方が高くなってはいたとは言え。それは俺が殿下の側近候補だというのもあったし、アツコの授業のこともあったから、ある意味では仕方のない話だ。
だから、仲が悪いわけではないのだ。決して。ただ。
「でも、確かに……ちょっと避けてはいるかな」
言いながら目の前に用意されていたお茶をこくり、一口、口に含む。
明確に距離が取れているわけではない。しかし、可能な限り、二人きりにはならないようにしているのは間違いなかった。
「でも婚約者ではあるんでしょ? どうして、って聞いても大丈夫?」
ゲームではとかくティアリィがアルフェス様にぞっこん!って感じだったんだけど。と、アツコが不思議そうに首を傾げる。そんな仕草を見ると、この女性は年より随分と幼く見えるなと思いつつ、俺は小さく苦笑した。ぞっこんって。それはないな。
「大丈夫、と言えば大丈夫なんだけど……なんて言えばいいのか」
俺はしばし言葉に迷う。理由は単純と言えば単純なのだ。ただ、口にするのは流石に躊躇うな、というだけで。特に、俺はともかく、アルフェス側の事情を勝手にアツコに明かすことになる。だが、次いで、まぁいいか、と開き直った。構うものか。そこを隠して説明するとなると、多分随分面倒くさいことになるのだし。
殿下は口を開かない。助け舟を出すつもりなどないらしい。それどころか、むしろ、おそらく殿下は俺がどう応えるのかを楽しみにしているのだろう。殿下は相変わらず、俺が困っている様子を眺めるのが好きなのだから。ちくしょうめ。
「性的嗜好が合わないんだよね。俺もあいつも受け手がいいんだから、合うわけないじゃない?」
単純と言えば単純なのだ。だから俺は、婚約も解消したいと思っている。アルフェスのことが嫌いなわけではない。決してそうではないのだけれど。
視界の端で殿下がおかしそうに口を歪めるのが見えて、無性に腹が立つ。殿下は面白がりすぎなのだ。
肩を竦めて言い放った俺に、アツコは目を丸くして驚いた。
「え?」
よほど意外だったのだろう。どういう意味なんだか。って多分、俺じゃなくてアルフェスがって方なんだろうけど。
わかっていても俺は余計に、どうしようもない気分になったのだった。
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