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3・王宮にて
3-1・あるいは2つ目のプロローグ
しおりを挟むよく晴れた日だった。
王都中から上がる歓声が、この王宮まで轟くように響いてくる。
俺はそれに胸を高鳴らせながら、同時に緊張で、少し硬くなった体を持て余していた。
どこか安心できない気持ちでいっぱいだ。
嬉しさ? 期待? あるいは覚悟だろうか。それは恐怖と言い換えてもよく、だが、その恐怖心さえ心地いい。
はは。俺はマゾじゃないつもりなんだけどなぁ。
内心で呟く。
だけど、結局この立場を受け入れると自分で決めた。なら、やっぱりちょっとマゾっ気があったのかもしれない。
こんな重圧だらけで、苦労が目に見えている立場なんて。一年と少し前には想像だにしていなかった。
俺が鈍すぎたから? まさか! それは多分、きっと。
改めて自分の格好を確かめると、分不相応なんじゃないかと思えるほど美麗な衣装。
白を基調とした騎士服にも似たデザインの盛装は、随所にあしらわれたレースやフリルも相俟って、何処か女性的なラインも描き出している。
見た目としては男性でしかない自分に、似合うとも思えないのだが、準備に携わっていたデザイナーもこの格好へと整えてくれた女官や侍女たちも、よく似合うと晴れやかな笑顔で称えていた。
多分きっとみんな、目が少しおかしいのじゃないかと思うが、この衣装を用意するに当たって、初めて見るのではないかというぐらいに浮かれていた殿下が、こだわりにこだわりぬいた衣装なのだから、殿下の為にも、今日は仕方がないかと諦めている。
この1年、伸ばした髪は細かく編み込まれ、頭にはベールとティアラ。
少し身じろぐだけでも、何処かしら汚してしまったり、崩してしまったりしてしまいそうで少しだけ恐ろしい。
なんだかとてもそわそわして仕方がないので、少しでも落ち着きたいのだけれど、その為に必要な誰もが、ここには一人もいなかった。
侍女が、少し離れて控えているけれど、それではもちろん、落ち着くには足りず。
会いたいけど、終わるまでは無理かなぁ……いや、あとで会えると言っていたっけか。しまった、緊張で手順が飛んでる。失敗が許されない場だと思うのだが、大丈夫だろうか。
だが今更、中止も、また延ばすこともできるはずがない。
この場所でこのまま待機しているように指示されて、さてどれぐらい経っただろうか。いつまでここにいればいいのか。多分きっと、それほど長い時間ではないだろう。ほら、もうすぐだ。
心臓の鼓動が、ばくばくと五月蠅い。
近づいてきた気配が誰だかなんて、俺にはもうわかっている。
軽いノックの音。誰何を待たず開かれる扉。
こんな不作法が許される相手は、限られているのだから。
「ティアリィ」
やっぱり。
顔を見せたのは、予想通りの男だった。
男は俺を見て、目を瞬いて。次いで眩しそうに目を細め、見惚れるようにほうと溜め息を一つ。
「ああ、なんて言ったらいいのか……キレイすぎて。上手い言葉一つも出てこないよ」
夢見るような眼差しで見つめながら、そんな風に言われたら、俺はなんだかいたたまれなくなった。
「っ……! ……どこが何だか。目が悪いんじゃないですか」
一瞬、息を詰まらせた後、赤くなる頬を誤魔化すように吐き捨てた言葉が、照れ隠しなことなんて男にもきっとわかっている。
だからこそ近づいてきた男が、そっと俺の頬に手を添えて。この1年と少しで。すっかり慣れてしまった体温が、仄かに感じられた。
「相変わらず君は素直じゃない。否、自分のことをちっともわかっていないせいかな? よく似合っているし、君は美しいよ」
「知ってます? そういうの、あばたもえくぼって言うんですよ」
「惚れてしまえば、って? アツコが言ってたね。君が美しいことなんて、一般論なんだけどね。でも」
僕が君に心底惚れているっていうのは、信じてくれるようになったんだ?
なんて、甘すぎる雰囲気と言葉に、溺れないよう必死な俺の耳元に、とどめの様に囁かれて。
ああ、そんなもの! この1年でとことん思い知ったとも! この男の気持ちなんて、そんな、そんなもの。だから俺はここにいるのに。
「……貴方はやっぱり意地悪だ」
頬を膨らませて吐いた悪態にも男は笑顔を崩さない。
「さぁ、そろそろ行こうか。迎えに来たんだよ」
あんまり遅いと暴動でも起きそうだし。
いたずらっぽく続けながら示されたのは、いまだ外に響く歓声。どうにも収まる様子は見えない。きっと、今日は一日収まりやしないのだろう。
いいことだ。平和で、温かく、光あふれ。
男にエスコートされながら、俺は歩き出す。
心臓のどきどきは止まらない。でも。
ちらと伺った男は、いつも通り美しく頼もしい。
俺に惚れ抜いていると宣うこの男は、本当はもうずっと前から俺の物だったらしい。
そう思うと、どこか誇らしい気持ちにもなって、そして、今日からは、俺もまた。
ああ、本当に。俺は今日、この男と――……。
よく晴れた日だった。
空は青く、輝いている。
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