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3・王宮にて
3-5・希われることは、
しおりを挟むわからない。わからなかった。だって本当に全然気付かなかった。いつから? 本当に初めから? 殿下が、俺を。
好き?
混乱する頭で、俺は思い返した。殿下とのこれまでを。
ずっと、一緒に育ってきた。多分、殿下と一番親しいのは俺だと思う。兄妹であるルーファはともかく、婚約者だったアルフェスと同じか、それ以上の時間を共に過ごしてきたのだ。学園に入ってからはなおのこと、殿下と俺はずっと一緒だった。
一緒だったのに。
知らない、わからない。殿下の目に、こんな恋情、絶対になかった! それだけは自信を持って言える。
首をふるりと小さく横に振った俺に、殿下が微笑む。
「君は気付かなかっただろうね。僕は上手く演じられていただろう? アルフェスと君が婚約関係にある限り、君に気付かせないこと。それも条件の一つだったんだよ。だけど、今は違う。アルフェスと君の婚約は破棄された。他でもない、君の妹によってね。アルフェスは……あの様子だと、本意ではなかっただろうけど、事前に知っていたようなのに、ルーファ嬢を止められなかった時点で、彼の同意があったと見なしていいだろう。つまり、君は今フリーだ。僕はもう自分を偽らなくていい。堂々と君に好きだと言える」
甘い声、甘いまなざし。殿下からの全ては、蕩けるよう。間違いようもない恋情を湛えて、これでもかと俺に降り注いでくる。
殿下は完璧だった。俺に本当に気付かせなかった。これだけの熱情を、いったいどれだけの意思でねじ伏せていたことか!
俺はもう一度ふるりと首を横に振る。何も受け止めきれなかった。なのに殿下の熱は止まず、俺を待ちもせず、俺はいつしかソファの背に、押し付けられるようにして、殿下に囲い込まれている。手は、放してもらえない。捕らわれたままだ。それは片方の手を、片方の手でとらえられていて、残った方の殿下の腕は、すでに俺へと伸ばされている。
さわ、と、いつの間に触れていたのか、殿下の指が俺の腰の辺りを這った。
「ティアリィ。僕を、受け止めて。否、拒絶しないでくれるだけでいい。僕の父や母や、君の両親にも、もう話は通してあるんだ。君が頷きさえしてくれればそれで済む」
いつの間にそんな話を、両陛下はともかく、俺の親にまで?
あの、卒業記念パーティから数日。1週間も経ってはおらず、その間、俺と殿下は一度も顔を合わせていなかった。俺にとっては短い休暇のようなもので、殿下の方にも何がしかの準備があるのだろうと思っていた。
俺の両親と殿下が連絡を取り合っている様子に、俺は気付かず。こんな風に、今、退路を断たれている。
否、もしかして。ルーファが言っていた、両親に通っているという話に、これも含まれていたのだろうか。
殿下は俺が好きだと言った。俺に、好きだと、ようやく告げられると、そう。だが、これではまるで。
腰へと回っていた殿下の手が、俺をぎゅっと抱き寄せる。
どくり、どくりと心臓の音がする。常よりずっと激しい。これは俺の、それとも殿下の?
「ねぇ、ティアリィ。僕に触れられるのは嫌? こうして抱きしめられるのは?」
殿下の声が、耳元で。囁くようなそれさえ、どうしてこんなに甘いのか。
ああ、嫌か。嫌か、だって?
嫌ではなかった。
「ねぇ、ティアリィ」
殿下が俺を希う。
俺は拒めない。
殿下の声。熱い。
「ティアリィ」
多分、それが答えだった。
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