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4・これからの為の覚悟
4-2・変わる立場、追いつけない心
しおりを挟むこの世界では子供は、望まないとできない。それも必ず、母体となる側が望む必要があった。
俺の前世、つまりアツコの元居た世界のような卵子だとか精子だとかそういった物も必要なく、そもそも、人間の成り立ち自体が彼の世界とは異なっている。
この世界そのものが魔素と魔力で出来ていて、この世界に存在するすべては魔素のみで構成されていた。魔素は魔力を発生させて、そして人間もまた、魔素と魔力で構成されている。魔法や魔術、魔導と呼ばれるものは全て魔力によって魔素に働きかけることを指していた。
子供を作るには、まず、性行為やそれに準じた行為で母体へと魔力を注ぐ必要があった。注ぐ魔力は多くなくてもいい。ただ、最低限、核と成すには足る程度の量。その注がれた魔力を核として、母体が子供を作るのだ。子供を望み、願うことによって。体内にある魔力を、子供へと昇華する。
だから、母体が望まない子供などできず。たとえ一時的な気の迷いでそうなったとしても、しっかり育ち切る前なら散らすこともできた。これもやはり、母体の意思一つで。
そこに性別は関係ない。性行為も必ずしも必要なわけではないが、一番効率のいい魔力の注ぎ方ではある。
いずれにせよ、俺が望んだことに違いはないのだ。
深層心理で知らず、願っていたのだろうか。あまりにも注がれ続ける魔力に、ずっと意識していたのは確かだが。
あんな、思考も定かではない状況で魔力に眩んだまま、いくら誘導されたからと言って、俺自身が本当に望まなければ出来るはずがない。
会いたかった。
ああ、そんなにも。俺は会いたかったのか。この子に。
腹を撫でる。
そこに宿る熱は今や、確かな形を作り始めている。とはいえ、まだまだ不十分。まだずっと、もっと確かな形へと育てなければいけない。その為には今のままでは、とても。
魔力が、足りなかった。
過ぎるほど注がれて、溢れんばかりだった殿下からの魔力を全てそこに回しても、まだ足りない。
もともと、核にした魔力が大きすぎたのだろう。正気じゃない時に作った弊害か。過分なほど魔力を必要とする存在へと成っている。
殿下は勿論、すぐにそれに気付いて、俺は家へ帰れなくなった。
魔力の供給元は、極論を言ってしまえば誰でもいい。魔力の供給なんて、意思をもって指先で触れる、それで足りた。治癒などと同じだ。だが、子供を安定させるには、そんなちっぽけな魔力では到底足りず。自然、より濃密な触れ合いが必要となり相手は勿論、心情や相性を含めても核の元となる人物が一番好ましかった。
特に、俺の腹にある魔力の核は皇太子である殿下の物で、つまり生まれれば高位の皇位継承権を持つことになる。そういった意味でも他者の魔力は混ざらない方が望ましい。
それがなくても殿下に俺を、他者に委ねるつもりがあるとは欠片も思えなかったけど。
俺はそこまで一度も使用したことがなかった、俺へと割り当てられていた部屋へと押し込められ、すぐに医師も派遣されてきた。
俺や殿下の診立てに間違いがあるとは思えないけれど、念のため。医師の意見も俺や殿下のそれと変わらず、魔力を充分な量注ぐ以外に方法はないと述べた。特に核がしっかりと子供に成るまで、最初の一か月ほどが重要だと。
その頃になると状況は落ち着いてくるだろうとも言われたが、俺はどうにも気が重かった。すっかり仕事どころではなくなってしまっている。否、体調的に問題がなければ働いても構わないのだけれど。同時に重篤な魔力欠乏の症状が出ることも予想されていて。
今はまだ行為の余韻もあり、それほどでもないが現段階ですでに、少し頭がぼんやりしている。それは一連のことに関する混乱故もあったが、それ以上に魔力が足りなくなりつつあるからでもあった。
俺が、まだ動けるうちに、と言うことだろうか。あるいは殿下の、俺を逃がさない、という意思の表れか。
いくらこの国では貞節はそれほど重要視されないとは言え、明確に殿下の子を成し始めた俺を、そのままにはしておけないと言う部分もあったと思う。俺はその日のうちに書類上だけなら殿下の妃となり、名前も正式にはティアレルリィ・ジルサ・ナウラティスへと変わってしまった。つまり皇族の一員となったのだ。
流石に周囲への通達や婚姻式までは、すぐに、と言うわけにもいかず、まずは体調が落ち着き次第……――余裕をもって、およそ二ヶ月後に婚約式の形で周知して、そこから1年以内、子供が生まれてから改めて、婚姻の議を執り行うことが決まった。驚くほどスムーズに。誰からも反論は出ず。まるで予め決まってでもいたかのように、瞬く間に整えられた状況には勿論、殿下の作意しか感じず、俺は陰鬱な気持ちになる。
俺の気持ちはどこまでも追いつけないまま。だけど現状は仕方がないと、諦めてもいた。
だって、俺は、この子を。
「ティアリィ」
殿下が触れる。俺に触れる。気づかわしげに、慈しみを持って。
俺は顔を歪め、唇をかみしめて。
だが、伸ばされた殿下の手を。決して、拒めはしないのだ。
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