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エピローグ
x-2・エピローグ、もしくは本当のプロローグ②
しおりを挟むよく晴れた日だった。
王都中から上がる歓声が、この王宮まで轟くように響いてくる。
俺はそれに胸を高鳴らせながら、同時に緊張で、少し硬くなった体を持て余していた。
どこか安心できない気持ちでいっぱいだ。
嬉しさ? 期待? あるいは覚悟だろうか。それは恐怖と言い換えてもよく、だが、その恐怖心さえ心地いい。
はは。俺はマゾじゃないつもりなんだけどなぁ。
内心で呟く。
だけど、結局この立場を受け入れると自分で決めた。なら、やっぱりちょっとマゾっ気があったのかもしれない。
こんな重圧だらけで、苦労が目に見えている立場なんて。一年と少し前には想像だにしていなかった。
俺が鈍すぎたから? まさか! ただ単に殿下の隠し事が、俺に対してだけは完璧だっただけ。
今日は、婚姻式だった。俺と殿下の。
婚約式はあくまでも周知の為だけの催しだったので、それほど派手にはならなかったが、婚姻式は違う。神殿で神に誓いを立てた後、国民へのお披露目もあるのだ。流石にパレードのようなものまではしないが、バルコニーに出て、顔を見せる。今日ばかりは解放されている王宮の前庭は、きっと今頃、詰め掛けた民に埋め尽くされていることだろう。その証拠のように、皆の歓声が近い。
改めて自分の格好を確かめると、分不相応なんじゃないかと思えるほど美麗な衣装。
白を基調とした騎士服にも似たデザインの盛装は、随所にあしらわれたレースやフリルも相俟って、何処か女性的なラインも描き出している。
見た目としては男性でしかない自分に、似合うとも思えないのだが、準備に携わっていたデザイナーもこの格好へと整えてくれた女官や侍女たちも、よく似合うと晴れやかな笑顔で称えていた。
多分きっとみんな、目が少しおかしいのじゃないかと思うが、この衣装を用意するに当たって、初めて見るのではないかというぐらいに浮かれていた殿下が、こだわりにこだわりぬいた衣装なのだから、殿下の為にも、今日は仕方がないかと諦めている。
この1年、伸ばした髪は細かく編み込まれ、頭にはベールとティアラ。
少し身じろぐだけでも、何処かしら汚してしまったり、崩してしまったりしてしまいそうで少しだけ恐ろしい。
なんだかとてもそわそわして仕方がないので、少しでも落ち着きたいのだけれど、その為に必要な誰もが、ここには一人もいなかった。
侍女が、少し離れて控えているけれど、それではもちろん、落ち着くには足りず。
ピオラとアーディの顔が見たかった。多分、子供たちが傍にいれば落ち着ける。それでなければルーファか、ファルテか、アリフィ。……――は、もっと無理だろうけど。
子供たちに会いたい。けど、終わるまでは無理かもしれない。
いや、あとで会えると言っていたっけか。どうだっただろうか。しまった、緊張で手順が飛んでる。失敗が許されない場だと思うのだが、不安だ。
だからと言って今日の式は、今更、中止も、また延ばすこともできるはずがなかった。
しばらくこの場所で待機しているように指示されて、さてどれぐらい経っただろうか。いつまでここにいればいいのか。多分きっと、それほど長い時間ではないだろうと思う。ほら、もうすぐだ。
心臓の鼓動が、ばくばくと五月蠅い。
近づいてきた気配が誰だかなんて、俺にはもうわかっている。
軽いノックの音。誰何を待たず開かれる扉。
こんな不作法が許される相手は、限られているのだから。
「ティアリィ」
やっぱり。
顔を見せたのは、予想通り。
「殿下」
殿下は俺を見て、目を瞬いて。
次いで眩しそうに目を細め、見惚れるようにほうと溜め息を一つ吐いた。
「ああ、なんて言ったらいいのか……キレイすぎて。上手い言葉一つも出てこないよ」
夢見るような眼差しで見つめながら、そんな風に言われたら、俺はなんだかいたたまれなくなる。
今から半年以上前。あの、一時的に、俺が殿下の魔力を受け付けなくなった時以降、殿下はそれまで以上に言葉を尽くしてくれるようになった。
今のような、面映ゆくなるような誉め言葉も、平気で口にする。俺のことをキレイだと。殿下は何度も口にするけど、でも、俺なんて。
「っ……! ……どこが何だか。目が悪いんじゃないですか」
一瞬、息を詰まらせた後、赤くなる頬を誤魔化すように吐き捨てた言葉が、照れ隠しなことなんて殿下にはきっと伝わっていることだろう。
いや、俺だって自分の容姿が、まぁ、悪くはない方なのだろうことぐらい自覚している。なにせあんなにかわいいルーファと、ほとんど同じ顔だと言われているのだ。ならばこそ多分、俺の顔だって、悪くはないのだろうけれど。しかし、俺からすると、ただの自分の顔である。
この世界の美しさの基準の一つに魔力量が関係しているので、そちらの基準に合わせると、確かに、キレイだと評されても不自然ではないのかもしれない。
近づいてきた殿下が、どんな顔をしていいのかわからなくなってしまった俺の頬にそっと手を添えて。この1年と少しで。すっかり慣れてしまった体温が、仄かに感じられた。
「相変わらず君は素直じゃない。否、自分のことをちっともわかっていないせいかな? よく似合っているし、君は美しいよ」
「知ってます? そういうの、あばたもえくぼって言うんですよ」
「惚れてしまえば、って? アツコが言ってたね。君が美しいことなんて、一般論なんだけどね。でも」
僕が君に心底惚れているっていうのは、信じてくれるようになったんだ?
甘すぎる雰囲気と言葉に、溺れないよう必死な俺の耳元に、とどめの様に囁かれる。
何を言っているのだか、本当に。殿下が俺のことを好きなことなんて、俺は一度たりとて疑ったことがない。
ああ、むしろ、そんなもの!
この1年と少しで嫌というほど思い知らされた。
殿下の気持ちなんて、そんな、そんなもの。信じられずにして、どうして俺がここにいるというのだ。
「……貴方はやっぱり意地悪だ」
頬を膨らませて吐いた悪態にも、殿下は笑みを深めるばかり。
「かわいいね、ティアリィ。さぁ、そろそろ行こうか。迎えに来たんだよ」
民も待っている。あの歓声が聞こえるだろう? あんまり遅いと暴動にでも発展しそうだ。
いたずらっぽく続けながら殿下は俺の手を取った。
遠く、近く。いまだ外に響く歓声は少しだって収まる様子が見えない。きっと、今日は一日収まりやしないのだろう。
ありがたいことだと思う。みんな、俺と殿下を祝福してくれている。
殿下のエスコートで、俺は歩き出す。
ちらりと見た殿下は。否、殿下こそがキレイ。艶やかな灰髪が揺れて、鮮やかな紫水晶は、満ち足りたように笑んでいる。
鼓動が早い。心臓がどきどきしている。今日は、いわば晴れの日で、だから緊張しているのだろう。
だって、今日は真実、殿下と俺が共に生きていく始まりの日になるのだ。
緊張しないはずがないだろう?
俺の手を取る殿下のそれは温かかった。慣れた体温。どうやら、もうずっと前から実は俺の物だったらしい殿下の体温。
そう考えると、どこかくすぐったい気持ちにもなって、小さく笑ってしまう。
歩きながら、殿下がそう言えばと口を開いた。
「君はいつまでも僕を殿下と呼ぶけれど。どうして名前では呼んでくれないの?」
僕の弟や妹のことだって、君は名前で呼んでいるのに。
言われて瞬く。確かに、俺は殿下のことを殿下としか呼ばない。反対に、俺が殿下と呼ぶのは、殿下ただ一人なのだけど。
唇がむずむずする。
「今日から正式に夫婦になるんだから、出来ればいい加減、名前で呼んでほしいのだけど」
ちらと、流す視線で窺われて、俺は少し顔を歪めた。名前、名前、名前。今更、殿下を、名前で?
「ミスチアーテ皇太子殿下」
小さな声で呼びかけると、殿下はふるりと首を横に振った。
「どうして遠ざかるかな。ほら、愛称で」
そんな、他人行儀な呼び方ではなく。
俺は躊躇う。どうしてか、躊躇って、ようやく。
「ミスティー殿下」
初めて口にした殿下の愛称は、あまりに言い慣れなくて変な感じがする。だけど殿下はまだ許してくれない。
「君も殿下じゃないか。ティアレルリィ皇太子妃殿下」
敬称も取れというのだろうか。それはあまりに一足飛びすぎやしないか?
再度の躊躇いにも、殿下は愉快そうに目を細め、笑うばかりだ。なんだか腹が立って、だから俺は。
「ミスティー」
少し怒る口調でミスティーを呼ぶ。はは。声を立てて笑ったミスティーが、もう一度、なんて言ってきた。こうなると自棄だ。
「ミスティー」
「もう一度」
「ミスティー」
「もういち、」
「あ~~~、もう! いい加減しつこい! ミーシュ!」
終わりがないのではと思うぐらい繰り返させられて、あまりに腹が立って、ほとんど誰も呼んでいない、更に親しい相手しか呼ばないような、愛称の更に短縮形を口にした。
するとミスティーは驚きにぱちり、一度目を瞬いて。次いで笑う。そして。俺を呼ぶミスティーの声から。
「なぁに、ティーア」
光がこぼれた。
よく晴れた日だった。
空は青く、輝いている。
Fine.
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