38 / 67
3・王宮にて
3-4・最後の平穏
しおりを挟むわかっていたことではあるが、ティアリィは優秀だった。
書類に手を付け始めてすぐ、瞬く間に山を切り崩していく。とは言え、ひとまずはと、軽く目を通して期限ごとに仕分けていっているだけではあるのだが、その目を通す速度自体がとにかく早い。
流石に僕ではこうもいかないなと思いながら、適当な山を同じように仕分け、ある程度が終わった所で期限の迫っているものから取り掛かっていった。
そうでなければ仕分けだけで随分と時間が取られそうだったからだ。其処をティアリィが請け負ってくれているのなら、僕は進められる物を先に進めていった方がいい。
黙々と手元にある書類に目を落としていた僕は、しばらくしてから改めて溜め息を吐いた。
ああ、本当に、どれだけあるんだ。
「しかし全部の書類がここに集まってるんじゃないかと思うね、この量は」
落とした呟きは愚痴のようなものだ。ティアリィは手を止めないまま肩を竦めた。
「それこそ、まさかでしょう」
全部、というのは言い過ぎだったとは自分でも思った。しかし、尋常じゃない量なのは確かで。心当たりはあったが同時に、こんなもので僕の衝動がどうにかなるとでも? と、逆に気持ちが固まった部分もあった。
もしそうだとしたら、僕を軽く判断しすぎというものだ。
ふと目に留まった、急ぎではない紙束の一番上の案件など、呆れるほど。
「でもほら、それなんか、侍従の選出だって。皇太子の仕事かい?」
言ってから、しかし、とも思い直す。すると案の定、同じことに思い至ったティアリィが僕の代わりのような言葉を返した。
「そういう内向きの決裁は皇后陛下の管轄だったかと思いますが……殿下にまで決裁権を下ろしたって事でしょうね。これからの為にも、慣れて頂こうと思っておられるのでは?」
加えて、皇后管轄の仕事をティアリィに目を通させる。そこに含まれる意味は、僕の意向に沿うものだった。ティアリィはそこまでは看過しておらず、何ら不審には思っていないようだ。
我が国は皇帝と皇后である両親ともにまだまだ健在で、僕が譲位されるのは最低でも数年は先になる予定だった。そしてその場合、余程のことがなければ僕の伴侶、つまり次の皇后となるのはティアリィで両親もそうなるだろうと考えているのだろう。つまりこれは妃教育の一環か。あるいはそれらの仕事にもティアリィを慣れさせるためか。
僕は思ってもいなかった援護射撃を両親から受けた気がして、妙に浮き立つ気持ちを抑えきれなくなりそうになる。だから、
「それにしてもね、急にこんな量を回してくるなんて。うちの親は頭がおかしいのかな?」
そんな憎まれ口のような言葉を吐きながらも、口調ばかりはだらしなく緩んだ。
「不敬罪ですよ」
僕の浮ついた様子には気づかなかったらしいティアリィが、呆れた調子で窘めてくる。
僕はやはり浮ついた心のまま言葉を返した。
「いいさ。この部屋には君と僕しかいない」
ああ、そうだ、この部屋には、僕とティアリィの二人しかいないのだ。とは言え、部屋の隅に侍従は控えているし、幾人かが見えない場所で護衛もしている。だが、彼らとて僕の側でそれを職としている以上、余計なことなどせず言わず、ならばほとんどいないのと同じだった。
ティアリィが溜め息を吐いて口を開く。
「人事的なことなら、ある程度はこちらで絞ってから、殿下に回しますよ。最終判断だけは殿下がなさってください」
「流石だね。君の人選なら間違いなさそうだ」
明日以降にはなるがと、予定を軽く告げられて、僕はひどく満ちた気分で頷いた。
ああ、彼は知らず自らで。僕の伴侶となる準備をしてくれると言ったのだ。これはどれほどの僥倖だろうか。
「軽く見た限りですが、こちらが急ぎの案件のようですよ。全て今日中、明日の朝までには各部署まで回す必要のある書類です」
話している間に仕分け終わったのだろう、そのうちの急ぎと思われる物にすでに取り掛かりながら、ティアリィが山の一つを指して告げてきた。
僕はその量にしばし押し黙る。ざっくりとであっても、ある程度仕分けが終わって、急ぎが、これだけ。
「……結構な量だね」
「全体の3分の1ほどかと」
「なるほど」
思わず零れた呟きにはティアリィが端的に応えをくれた。
なるほど。
これがすべて、明日の朝まで。
僕は考える。考えたが、まぁ、僕一人でも何とかなるかとも予想を立てた。
少し、睡眠時間は削れるかもしれないが、朝までには終わるだろう、ならば構うまい。
「……少し、休憩しようか」
出来るだけ早くと内心少し焦りながら、急ぎと示された書類を裁きつつタイミングを見計らって、そう、ティアリィへと言葉をかけたのは、それから数時間後。昼までにはまだ少しある、休憩とするにはちょうどいいぐらいの時間だった。
時間はある。逃がさない。
そんな決意を顔には出さず席を立った僕の視線の先で。ティアリィはいつも通り、ただひたすらに美しく、かわいかった。
そうして僕は罪を犯す。否、その先の行動すべてが。僕により罪へと成ってしまうのだ。
その時の僕はまだそれを知らず。浮かれ、慢心するばかりだった。
4
あなたにおすすめの小説
転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!
梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。
あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。
突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。
何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……?
人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。
僕って最低最悪な王子じゃん!?
このままだと、破滅的未来しか残ってないし!
心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!?
これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!?
前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー!
騎士×王子の王道カップリングでお送りします。
第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。
本当にありがとうございます!!
※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。
オークとなった俺はスローライフを送りたい
モト
BL
転生したらオークでした。豚の顔とかマジないわ~とか思ったけど、力も強くてイージーモードじゃん。イージーイージー!ははは。俺、これからスローライフを満喫するよ!
そう思っていたら、住んでいる山が火事になりました。人間の子供を助けたら、一緒に暮らすことになりました。
子供、俺のこと、好きすぎるのやめろ。
前半ファンタジーっぽいですが、攻めの思考がヤバめです。オークが受けでも別に大丈夫という方のみお読みください。
不憫オークですが、前向きすぎるので不憫さは全くありません。
ムーンライトノベルズでも投稿しております。
婚約破棄された俺の農業異世界生活
深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」
冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生!
庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。
そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。
皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。
(ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中)
(第四回fujossy小説大賞エントリー中)
だから、悪役令息の腰巾着! 忌み嫌われた悪役は不器用に僕を囲い込み溺愛する
モト
BL
2024.12.11~2巻がアンダルシュノベルズ様より書籍化されます。皆様のおかげです。誠にありがとうございます。
番外編などは書籍に含まれませんので是非、楽しんで頂けますと嬉しいです。
他の番外編も少しずつアップしたいと思っております。
◇ストーリー◇
孤高の悪役令息×BL漫画の総受け主人公に転生した美人
姉が書いたBL漫画の総モテ主人公に転生したフランは、総モテフラグを折る為に、悪役令息サモンに取り入ろうとする。しかしサモンは誰にも心を許さない一匹狼。周囲の人から怖がられ悪鬼と呼ばれる存在。
そんなサモンに寄り添い、フランはサモンの悪役フラグも折ろうと決意する──。
互いに信頼関係を築いて、サモンの腰巾着となったフランだが、ある変化が……。どんどんサモンが過保護になって──!?
・書籍化部分では、web未公開その後の番外編*がございます。
総受け設定のキャラだというだけで、総受けではありません。CPは固定。
自分好みに育っちゃった悪役とのラブコメになります。
異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった
カイリ
BL
16年間公爵令息として何不自由ない生活を送ってきたヴィンセント。
ある日突然、前世の記憶がよみがえってきて、ここがゲームの世界であると知る。
俺、いつ死んだの?!
死んだことにも驚きが隠せないが、何より自分が転生してしまったのは悪役令嬢だった。
男なのに悪役令嬢ってどういうこと?
乙女げーのキャラクターが男女逆転してしまった世界の話です。
ゆっくり更新していく予定です。
設定等甘いかもしれませんがご容赦ください。
完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?
七角
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。
その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー?
十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。
転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。
どんでん返しからの甘々ハピエンです。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる