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1・聞こえてきた言葉

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「お前も災難だな、あんな可愛げのない女が婚約者だなんて」
「そんな話はやめてくれないか。不愉快だ」

 通りがかりに、そんな言葉が耳に入ってきたのは、本当に全くの偶然だった。
 間違っても、聞き耳を立てていたわけでも、盗み聞きをしていたわけでもない。ただ本当に偶然たまたま、通りがかっただけだったのだ。
 くしくも昼休み。
 食堂で昼食を摂り終わった私は、図書館へと向かう途中だったのである。
 思わず足を止めた。
 聞こえてきた声に覚えがあったからだ。
 男子生徒が2人。
 災難だな、なんてもう一人のほうへと告げていた、少しばかり粗野な、だけど親しみやすそうな声は、高等部から我が国のこの学園へと留学してきている隣国の王太子。キューミオ・オシュニル殿下のもの。
 不愉快だ、そう吐き捨てた残る一人の不愛想な、いつ何時も感情の伺えない声は、もっと更に耳慣れていて。なにせ、キューミオ殿下と親しく、同等のやり取りが出来るという辺りでわかろうというものだろう、我が国の王太子であるルーミニアス・アズエイディカ殿下のものであり、それはつまり他でもない、私の婚約者の声だということなのだった。

(あんな女と婚約者で、災難……ルーミス殿下の婚約者は……つまり、私)

 キューミオ殿下は、私が婚約者では災難だと言っているということだ。
 改めて意味を、そんな風に考えなければならなかったのは、胸が苦しくなるぐらいに痛んだからだった。
 おまけに不愉快だとまで、ルーミス殿下は言っていて。

(わかっている、わかっていた……私が嫌われているってことぐらい。でも……)

 二人はいったいどんなやり取りを経たのか、立ち止まった私には気づかず、ルーミス殿下がすたすたと先に歩いて行ってしまったようで、残された形となったキューミオ殿下が、

「ちょ、おい、どうしたんだよっ! 先に言くなって。ったく。話題に出すのも嫌なほど嫌ってるってことかよ。仮にも婚約者だろうに……ま、あんな女じゃな……はは」

 なんて言いながら、ルーミス殿下の後を追いかけていったようだった。
 私は動けない。
 自分が、思った以上にショックを受けていることこそが自分でも意外だった。
 わかっていた、はずなのに。でも。

(直接聞くと……やっぱりショックだ……)

 ルーミス殿下に、話題に出すこと自体不愉快に思うほど嫌われていたなんて。
 キューミオ殿下の言う通り、仮にも婚約者なのに。
 今にも泣いてしまいそう。
 だけどきっと周囲から見ると、私はそんな風には見えないのだろう。
 きっと、いつも通り、完璧な淑女然として見えているはず。
 いつ、どんな時でも、心を乱さず、穏やかに。少なくとも見た目上は、その状態を保たねばならない。
 そう、小さい頃から教えられてきたまま。それをも早い気をするがごとく、当たり前に実践できるようになってしまった私はいつも通り。
 私がどれほど泣きたい気持ちでいるかなんて、誰にもわかりはしないのだ。

(この場で蹲って、いっそ泣いてしまえたら……)

 そういうことが出来ないからこそ、キューミオ殿下に『可愛げがない』だなんて言われるのだろう。
 わかっていても、今更私が変われるわけもなく。
 その場からまだしばらく動けずにいる、その事実だけが、私の胸の苦しさを、表してでもいるかのようだった。
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