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しおりを挟む子供の名前はソティレオ・ラセディス・パニレシエと言うらしい。
ソティというのは愛称なのだとか。
なんでもソティは生まれた直後から、両親の魔力に親和性を持たなかったのだそうだ。
これは非常に珍しい話で、通常、他者、あるいは父親からの直接の魔力を受け付けなくとも母親からの授乳を拒むことはない。
とは言え、珍しくはあってもいないわけではなく、単純に子供自身の好みの問題なのだろうと考えられている。
そうは言っても魔力の摂取がなくては命にかかわる。
そうなると子供が泣いて拒絶していやがっても半ば以上無理やり魔力を流し込む以外に方法はなく、ソティも同じようにそうして、これまでを過ごしてきたのだそうだ。
なお、ジセスの姉であるパニレシエ侯爵とトゥキニシア嬢、双方それぞれの両親や兄弟、親族、ソティの面倒を見る為に雇われた子育てに長けた世話係は勿論、末端の使用人に至るまで誰一人の魔力とてソティは受け付けず、随分と苦労していたのだとか。
おかげでパニレシエ侯爵もトゥキニシア嬢も疲弊しきっていたのだそうだ。
そこへきて見舞われた事故。
ジセスは三人兄弟で、下にも弟はいるそうなのだが、まだ学生だとのこと。
その上、ソティの抵抗が一番少なかったのがジセスだそうで、ジセスも快く姉の忘れ形見を引き受けたはいいものの、それでも無理やり魔力を流し込まなければならない状況に変わりはなく、少しでも状況を改善できないかと、藁にも縋る思いで教会へと相談に向かっていた所なのだとか。
そこへたまたま通りがかった俺にソティが興味を示し、手を伸ばした。
ソティがそんな反応を示すのは初めてで、慌てて馬車を降り声をかけたというのが、あの状況へと至った経緯だという説明を改めて受け取った俺は、自分の腕の中、拒絶など微塵も見せず、あどけない寝顔を晒すソティを信じられない気持ちで見降ろしていた。
同時に、通りで、突然あんなことを言い出すはずだと納得もする。
余程、余裕をなくしていたのだろう。
説明も何もかもをすっ飛ばして、突然の申し出になってしまうぐらいには。
もっとも、だからと言ってそのまま性急にベッドに引きずり込むのはどうかとは思うのだけれども。
とは言え、過ぎたことを言っても仕方がないし、受け入れたのは結局は俺自身。
つまり、俺を選んだのはソティでありジセスではない。
なら、ジセスは俺に好意を抱いていないのかというと、それはまた別の話であるらしい。
少なくとも、
「まさか! なんとも思っていない相手に手を伸ばしたりしませんよ!」
とのこと、あれほど早急に体をつなげるに至った理由の一端には、しっかりとジセス自身の心情も含まれていたのだとか。
そうでもなければ、いくら俺が魔力欠乏の症状を出していて、かつ、俺がいったいどのような人物であっても、ソティの親を頼むに当たって、自分がもう片親になるつもりがあったとはいえ、欠片も惹かれる所がないような相手であれば、急いで手を伸ばしたりなどするはずがなく、振り向いた俺を一目見たその時から惹かれていたと言われれば悪い気もしない。
もっとも体をつなげた辺りで俺はすっかりジセスからの好意など何故だか疑いもしなくなっていたのだけれども、もしジセスが俺に好意を抱いていなかったとしても、関係はなかったのだろうなと、そうも思った。
俺がソティの親となることも、俺がジセスに惹かれていることも、両方揺らぐようなことではないのだから。
もちろん、ジセスと間違いなく心も交わし合えたのは幸いだとも思うのだけれども。
ジセスにも告げた通り、俺の両親がかつてナウラティス帝国の皇帝と皇后という立場にいたのは事実だ。
しかし、一番上の兄が帝位に就いたのは俺が生まれる前のこと。その上、今の皇帝である甥さえ、俺より随分と年上で、つまり俺は王族ゆえに生活に困るというわけではないが、特に責任も仕事もほとんど担わない立場であるということだった。
現に3人いる兄のうち、1番上は帝位についているが、2番目は両親の側で半ば引きこもっていて、3番目は他国へと嫁いでいる。姉の1人は魔術師塔で魔術の腕を磨いていて、もう1人はなんだかよくわからないことを言って放浪の旅に出た。
下の三人のうち二人はまだ学生で、一番下の妹は10歳。学園にさえまだ通い始めていなかった。
ちなみに両親は、流石にこれ以上兄弟を増やす予定はないらしい。
王族、あるいは貴族としてはこの兄弟数も年の差も別に珍しくはなく、俺と同じような立場の者など、従兄弟などにいくらでもいて、従って俺が国内の高位貴族に嫁ぐと言って反対される理由など何処にもない。
むしろ親からすると、随分と手堅い相手を選んだと思うかもしれないぐらいである。
当然、数日経ち、ある程度状況が落ち着いてからソティとジセスを伴い挨拶に向かったが別段反対もされず、逆に子供がもういるのならと婚姻を急がれたぐらいで、俺が養子を育てることにも勿論、意見などさえろくに口に出されもせず、そのまま受け入れられ、逆に無理を言った自覚があったのだろう、ジセスが恐縮していた。
ジセスは元々の性質として説明も足りなければ思い込みも激しいところがあったようで、その後も度々、いろいろなことをいきなり行動に移しては俺を驚かせたが、自覚もあれば気を付けてもいるようで、その割に直せないらしく、指摘する度、身を縮こまらせるばかり。
そうすると俺の方こそが構わないと甘やかしてしまうのは、偏にジセスの見た目が好み過ぎるせい。
長じて後、ソティにも、
「母上は趣味が悪すぎるよね」
なんて言われたが、とにかくジセスの見た目が好みなのだから仕方がないだろうと開き直った。
なお、ジセスはかっこいいのはかっこいいのだが、俺以外から見るとやはり少々暑苦しく見えるのだそうだ。あんなにかっこいいのにおかしい。
だが、俺以外が俺ほどかっこいいと思わないというのであればそれはそれで構わないかとそうも思う。
ソティの授乳期間となる生後1年を過ぎてすぐ、俺はジセスとの間に子供を成した。
と、言うよりはあんなにも毎日欠かさず情熱的に魔力を注がれ続けて、子供を望まずにいられるはずがない。
むしろソティの授乳期間中に自制できたこと自体褒めて欲しいぐらいだった。
流石にその次は数年空けたのだが、2歳差の妹はソティに寂しさを感じさせないという意味でもよかったのではないか、そう思う。
俺は学園を卒業し成人してからそれまで、特に何をしていたというわけでもなかった。
やりたいことも何もなく、やる気もなく。
ただ立場を利用して、時折騎士団に顔を出し、訓練や仕事に混ぜてもらっていた程度。他では冒険者の真似事のようなことも少ししていたがそれだけだ。
魔法や魔術より剣術や体術の方がどちらかというと得意だったし、好きだったので。
ちなみに魔法や魔術も苦手というわけではない。
ただ、魔術士団やら魔術師塔に所属してまで何かをするようなこだわりもなかっただけ。
今から思うと随分とつまらない日々を送っていたものだが、そんなものだろうとしか思っていなかった。
そんな風、適当に過ごせる自分の環境のありがたさぐらいは自覚していたけれども。
ジセスは俺とは逆にあの他の者が暑苦しいというぐらいには大柄な見た目で、剣術やら体術が得意ではないのだそうだ。
魔術の方が好きだったのでそちらに進んだのだとか。
だが、そこまで突出して何かが出来るというわけでもなかったので、特に責任ある立場というわけでもなかったのだそうで、子供が小さい時は特に、そちらは随分休みがちになっていたようなのだが、それでも特に問題はないらしい。
ナウラティス自体が平和であるが故のことだろう。
そんな風に、俺はある日突然見ず知らずの男に、いきなり親になって欲しいだとかなんだとか意味の分からないことを言われたが、声をかけてきた男の見た目は物凄く俺の好みだったし、結果的に引き受けてよかった、そう思っている。
つまりこれは、幸運な俺が伴侶と出会った時の、あまりにありがちな、ある意味ではありふれた出来事の全てなのだった。
Fine.
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淡々としているこのお話すごく好きです。
大きくなったソテイとのその後とかも読みたいです。
また、面白い話を宜しくお願い致します
わー!ありがとうございます!
お気に召して頂けたならとっても嬉しいです🥰💕
その後ですか?
また書けそうだったら書いてみますね!
最近ちょっと書くのおやすみ気味ですが、また頑張りたいと思います!
感想ありがとうございました!
5ページ
区画からほど近い馬車 になってましたが
区画からほど近い場所 では?
ご指摘ありがとうございます~!
そうですね!ここは「場所」だと思います!
修正しておきました~!