要注意な婚約者

しろ卯

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二章

81.はっと目を瞠った父上は

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 はっと目を瞠った父上は馬車の窓から外を覗き、館とイーグル伯爵家の面々を交互に凝視する。

「イーグル伯爵は、屋敷の修繕が終わるまで伯爵家に逗留してはどうかと申し出てくださいました。もちろん安心してください。王都で暮らす伯爵家の方々は、イーグル一族と他の貴族の違いは理解してくださっていますので」

 私に多眼蝗ポポテプでも見るような目を向けた父上は、ひくりと口の端を引き攣らせた。

「お前は先に伯爵家に行きなさい。私は使用人たちに指示を出しておく。……ああ、私は仕事が残っているのですぐに城へ戻る。しばらく泊まり込みになりそうなので、折角だがお気遣いは無用と伯爵にお伝えしておいてくれ」
「分かりました。使用人たちには騎士団が取り逃した賊が襲ったと説明しております。それと、母上たちはどうなさいます?」
「……任せる」

 顔色の悪い父を残して馬車を下りる。

 母たちをスカーレットに近付けたくないけれど、ここに残しておくわけにもいかないだろう。離れは無事だが、使用人たちはいつも通りには動けない。
 それに改修工事の職人が入れば、母と愛人たちの噂が広まってしまう。
 我が家は自業自得としても、婚約者であるスカーレットに余波が及ぶことは避けなければ。

「お待たせしました。私と母たちがお世話になりますので、よろしくお願いします」
「オリバー、うちに来るの?」
「ああ、館が直るまでお世話になるよ」
「子供のころ以来ね!」

 頬を赤く染めて嬉しそうに笑うスカーレット。
 私の表情が微かに強張り、イーサン殿とユージーン殿もそっと顔を逸らした。

 生肉を体に括りつけられて、魔獣がいるイージー草原に放り出され瀕死の重傷を負った私は、一ヶ月ほどイーグル家で療養させてもらったことがある。
 あの時は酷く取り乱して泣いていたスカーレットだったけど、その後一か月間いつでも私と会える状態だったことが嬉しかったらしく、彼女の中では良い思い出として上書きされたらしい。
 私が怪我をしたこと自体は悲しい思い出として残っていても、トラウマにならなくて良かった。

「そうだね。また一緒に過ごせるなんて、結婚まで無理だと思っていたから嬉しいよ」

 童心に返ったように喜んでいたスカーレットの顔が、一瞬で真っ赤に染まる。

「ち、違うわ。そういう意味ではなくてよ? ……オリバーのいじわる」

 なんとか取り繕おうとつんと澄ました顔をしたけれど、すぐに眉が力なく下がってしまう。
 可愛い可愛い私の婚約者殿。

「早く結婚したいね?」

 耳元で囁くと、スカーレットは息を詰め、崩れ落ちていく。すかさず手を伸ばして彼女の体を支えた。

「お、オリバー……」

 ぎゅっと私の腕と胸元にしがみ付いて体を支えるスカーレット。彼女の手をそっと外すと、横抱きに抱える。

「さて、イーグル伯爵家に向かいますか」
「オリバーのお母さんたちも連れて行っていいんだよね?」
「ええ、御面倒をお掛けしますが、お願いします」
「気にしなくていいよ」

 奥庭に向かったイーサン殿とユージーン殿は、四人を両肩に担いで戻ってきた。

 その後、私はピジュン家の館が修繕されるまで、伯爵家の館でスカーレットとの幸せな時間を過ごさせてもらった。
 イーグル伯爵家の事務仕事を頼まれたり、騎士団の書類を任されたりと雑事を頼まれはしたが、お世話になるのだからこれくらいは当然である。
 外部の人間に見せてはならない資料も一部混ざっていたが、私が口に上らせなければ問題ないだろう。

「オリバー君、スカーレットが成人次第、婿入りしてはどうだ?」
「それはありがたい申し出です。私に異存はありません」

 居候中に、なぜかイーグル伯爵から婿入りを早める打診を頂いた。
 
 余談ではあるけれど、我が家の館が元通りとなり帰宅した日の夜、母上とヘンリーがなぜか父上に土下座して嘆願している姿を見た。
 翌日から本邸で暮らし始めた二人だが、私を見るとびくりと肩を震わせて逃げていく。住む場所が近くなっても、私は避けられているままらしい。
 愛人とエイミーとやらの姿は、アッシュ殿がピジュン子爵家を訪れた日を境に見ていない。

 話は変わるが、この年の社交界はちょっとした騒ぎになった。
 成人を迎えた第一王子殿下と第二王子殿下が、揃って竜種の鱗から作ったペンダントをもって成人の儀を行ったのだ。
 王子殿下が成人するときは竜種の鱗が与えられる。しかし側妃の子供ゆえに疎んじられていた第一王子殿下には、竜種の鱗は与えられないだろうと予想されていた。

 それが蓋を開けてみれば、第二王子殿下が火竜ぼっどらの鱗を身に付けて現れたのに対して、第一王子殿下は古代竜きらどらの鱗を首にかけていたという。
 第二王子殿下に肩入れしていた貴族たちは、さぞ慌てたことだろう。

「まあ、私には関係ないことだけれども」

 誰が王になろうとも、スカーレットが傍にいてくれるのならそれでいい。




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愛人とその娘は逃げただけです。
イーグル一族以外に対する拳の挨拶は自重していますが、親兄弟の間では拳の挨拶を続けていますので、イーグル家にお世話になれば毎日のように拝むわけです。
浮気禁止のイーグル家を恐れたのですな。

二章終了。
次、三章社交界編です。
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