50 / 66
50.北萼二
しおりを挟む
門から禁衛が現れることもなく目的地に到着した。一見すると他と変わりない壁に見えるが、そこに扉があるのだろう。
まずは灰薙が正面に立つ。扉に触れたりしているが変化はない。続いて煌鷽や他の面子も同じように立ってみるが、変わりは無かった。
「壊れているんじゃない?」
「壊す?」
視線が煌鷽に集まる。
まだ騒ぎを起こすわけにはいかないが、他に方法が無いのであればやぶさかではないと、煌鷽は腰に差している刀に手を掛ける。
「待って」
一歩下がった位置で様子を見ていた涼芽が止めた。扉のすぐ横に立つと手を触れる。すると壁に、甲の文字に並んだ十種類の記号が浮かび上がった。
「数字ですか?」
涼芽が目覚める直前に視界の端に現れた記号だ。煌鷽の質問に頷く涼芽だが、顔色は悪い。
「困ったな。暗証番号なんて分からないよ」
どうしたものかと煌鷽たちが顔を見合わせる中、呂広と梯枇はにやりと口角を上げる。
「ここは俺たちの出番みたいだね」
「はーい、下がってて」
涼芽を押しのけると、梯枇が壁に手を振れて目を薄く閉じる。高速で囁く弟の言葉に集中する呂広。
しばらくして、
「いいぞ、梯枇」
と、肩を叩いて止めた。それから迷いなく壁に浮かび上がる記号を四つ、順に押していく。
ピッという鳴き声と同時に、扉が開いた。
「ハッカー……」
どこか遠くを見ながら、涼芽が呟いた。
何はともあれ開いた扉の先へと足を踏み入れる。
狭い通路の両端には一定間隔で扉と小さな銀板が並ぶ。涼芽が眠っていた場所とよく似た作りだ。ただし、受ける雰囲気は大きく違う。
灯りは薄暗く点滅を繰り返している。間隔も遠く一定ではないので、完全に壊れてしまった灯りのほうが多いのだろう。壁の表面もほとんど崩れ落ち、外れて倒れている扉もある。
全員が中に入った所で、北萼に通じる扉が音を立てて閉まった。
びくりと体を震わせた涼芽が煌鷽の襯衣を握りしめる。無意識に頬を緩めた煌鷽は、もう人目をはばかる必要はないだろうと、彼女を横抱きにした。
「えっと」
いつものことだというのに、未だ慣れることなく恥ずかしそうに俯く涼芽が可愛くて、つい笑みを零してしまう。
「なんだか薄気味悪いね」
「お化けが出てきそうだね」
などと言っている呂広と梯枇は、好奇心を抑えられないといった様子で先陣を切り、扉が外れた部屋の中を覗き込んでいる。
狭い部屋の中には、涼芽が眠っていた筒と同じものとみられる物の残骸が散らばっていた。扉が壊れて中が見える部屋は、大体同じような状態だ。
興味深そうに眺めている駈須たちと違い、煌鷽の心境は穏やかではない。
涼芽が眠っていた部屋は無事だったが、同じように壊れていた可能性だってあったのだと容易に想像がついてしまう。
無意識に涼芽を抱える腕に力が籠ってしまったようで、涼芽が不思議そうに見上げた。
「閉まってる部屋はどうなってると思う?」
「同じだろう? さあ、先に進むぞ」
楽しそうに探検しようとする呂広と梯枇を嗜めて、駈須は奥へと進む。涼芽を連れた煌鷽と灰薙も付いて行く。
つまらなそうに仲間の背中を見ていた呂広と梯枇だが、今は遊んでいる場合ではないと分かっている。仕方なく後を追う。
同じ景色が続く長い通路の先は行き止まりだった。
「結局何の進展もなし、か? 涼芽ちゃん、ちょっと調べてもらってもいい?」
などと言いながらも駈須は涼芽へと振り返る。
煌鷽が床に下ろすと、涼芽は行き止まりの壁に近付いた。手をかざすと錆びているような音がして、触れる前に扉が開く。
「自動ドアだね」
「なんで涼芽ちゃんだけ? やっぱり神様だから?」
梯枇が変わってとばかりに涼芽と交代して扉の前に立つ。扉は途中まで閉まりかけて止まった。
「壊れたみたいですね」
「俺のせいじゃないよ?」
反射的に否定した梯枇だが、みんな無言で見つめていた。
落ち込む梯枇は呂広に任して、煌鷽と駈須は扉の先を窺う。上へと続く階段が緩い曲線を描いて伸びている。人や魔物の気配はない。
「距離から考えるに、三枚扉の手前くらいだね」
垠萼から上の華弁に戻るためには、門から入り広間を通過して三枚の扉を潜る。一枚目の扉がある位置が、ちょうど階段を挟んだ向こう側の壁辺りになる。
「どうする? 行ってみるかい?」
駈須の問いに全員が目を合わせると、誰からともなく頷いた。このまま垠萼に居ても改善の糸口は見つからないだろう。どこに出るか分からないが、試してみる価値はある。
一度休憩を入れてから上ることに決め、それぞれが準備に動く。
「呂広、梯枇、余計なことはするなよ?」
「何のこと?」
「俺らにだけ厳しくない?」
「煌鷽、見張っとけ」
全く信用されていない兄弟が不平を並べる。取り合わずに駈須は手近な部屋に入る。
「涼芽、おいで」
涼芽も灰薙に連れられて、近くの部屋に入った。
「覗き、禁止」
釘を刺すのを忘れなかった灰薙は成長したのかもしれない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
短編『聖女を召喚したら、現れた美少女に食べられちゃった話』投稿しました。
まずは灰薙が正面に立つ。扉に触れたりしているが変化はない。続いて煌鷽や他の面子も同じように立ってみるが、変わりは無かった。
「壊れているんじゃない?」
「壊す?」
視線が煌鷽に集まる。
まだ騒ぎを起こすわけにはいかないが、他に方法が無いのであればやぶさかではないと、煌鷽は腰に差している刀に手を掛ける。
「待って」
一歩下がった位置で様子を見ていた涼芽が止めた。扉のすぐ横に立つと手を触れる。すると壁に、甲の文字に並んだ十種類の記号が浮かび上がった。
「数字ですか?」
涼芽が目覚める直前に視界の端に現れた記号だ。煌鷽の質問に頷く涼芽だが、顔色は悪い。
「困ったな。暗証番号なんて分からないよ」
どうしたものかと煌鷽たちが顔を見合わせる中、呂広と梯枇はにやりと口角を上げる。
「ここは俺たちの出番みたいだね」
「はーい、下がってて」
涼芽を押しのけると、梯枇が壁に手を振れて目を薄く閉じる。高速で囁く弟の言葉に集中する呂広。
しばらくして、
「いいぞ、梯枇」
と、肩を叩いて止めた。それから迷いなく壁に浮かび上がる記号を四つ、順に押していく。
ピッという鳴き声と同時に、扉が開いた。
「ハッカー……」
どこか遠くを見ながら、涼芽が呟いた。
何はともあれ開いた扉の先へと足を踏み入れる。
狭い通路の両端には一定間隔で扉と小さな銀板が並ぶ。涼芽が眠っていた場所とよく似た作りだ。ただし、受ける雰囲気は大きく違う。
灯りは薄暗く点滅を繰り返している。間隔も遠く一定ではないので、完全に壊れてしまった灯りのほうが多いのだろう。壁の表面もほとんど崩れ落ち、外れて倒れている扉もある。
全員が中に入った所で、北萼に通じる扉が音を立てて閉まった。
びくりと体を震わせた涼芽が煌鷽の襯衣を握りしめる。無意識に頬を緩めた煌鷽は、もう人目をはばかる必要はないだろうと、彼女を横抱きにした。
「えっと」
いつものことだというのに、未だ慣れることなく恥ずかしそうに俯く涼芽が可愛くて、つい笑みを零してしまう。
「なんだか薄気味悪いね」
「お化けが出てきそうだね」
などと言っている呂広と梯枇は、好奇心を抑えられないといった様子で先陣を切り、扉が外れた部屋の中を覗き込んでいる。
狭い部屋の中には、涼芽が眠っていた筒と同じものとみられる物の残骸が散らばっていた。扉が壊れて中が見える部屋は、大体同じような状態だ。
興味深そうに眺めている駈須たちと違い、煌鷽の心境は穏やかではない。
涼芽が眠っていた部屋は無事だったが、同じように壊れていた可能性だってあったのだと容易に想像がついてしまう。
無意識に涼芽を抱える腕に力が籠ってしまったようで、涼芽が不思議そうに見上げた。
「閉まってる部屋はどうなってると思う?」
「同じだろう? さあ、先に進むぞ」
楽しそうに探検しようとする呂広と梯枇を嗜めて、駈須は奥へと進む。涼芽を連れた煌鷽と灰薙も付いて行く。
つまらなそうに仲間の背中を見ていた呂広と梯枇だが、今は遊んでいる場合ではないと分かっている。仕方なく後を追う。
同じ景色が続く長い通路の先は行き止まりだった。
「結局何の進展もなし、か? 涼芽ちゃん、ちょっと調べてもらってもいい?」
などと言いながらも駈須は涼芽へと振り返る。
煌鷽が床に下ろすと、涼芽は行き止まりの壁に近付いた。手をかざすと錆びているような音がして、触れる前に扉が開く。
「自動ドアだね」
「なんで涼芽ちゃんだけ? やっぱり神様だから?」
梯枇が変わってとばかりに涼芽と交代して扉の前に立つ。扉は途中まで閉まりかけて止まった。
「壊れたみたいですね」
「俺のせいじゃないよ?」
反射的に否定した梯枇だが、みんな無言で見つめていた。
落ち込む梯枇は呂広に任して、煌鷽と駈須は扉の先を窺う。上へと続く階段が緩い曲線を描いて伸びている。人や魔物の気配はない。
「距離から考えるに、三枚扉の手前くらいだね」
垠萼から上の華弁に戻るためには、門から入り広間を通過して三枚の扉を潜る。一枚目の扉がある位置が、ちょうど階段を挟んだ向こう側の壁辺りになる。
「どうする? 行ってみるかい?」
駈須の問いに全員が目を合わせると、誰からともなく頷いた。このまま垠萼に居ても改善の糸口は見つからないだろう。どこに出るか分からないが、試してみる価値はある。
一度休憩を入れてから上ることに決め、それぞれが準備に動く。
「呂広、梯枇、余計なことはするなよ?」
「何のこと?」
「俺らにだけ厳しくない?」
「煌鷽、見張っとけ」
全く信用されていない兄弟が不平を並べる。取り合わずに駈須は手近な部屋に入る。
「涼芽、おいで」
涼芽も灰薙に連れられて、近くの部屋に入った。
「覗き、禁止」
釘を刺すのを忘れなかった灰薙は成長したのかもしれない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
短編『聖女を召喚したら、現れた美少女に食べられちゃった話』投稿しました。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
54
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる